寡黙な消防士でも恋はする

晴 菜葉

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続編 愛くらい語らせろ

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 そのままチェックアウトして帰宅するものだとばかり思っていた。
 だから、手続きのためにフロントに向かおうとしたんだ。
 宿泊者専用のエレベーターを素通りしようとしたら、凄い力で腕を引かれた。危うく引っくり返りそうになっただろうが。
「おい、何考えて」
「こっちだろ」  
 言い終わらないうちに遮るな。
 日浦は黙々とエレベーターのボタンを押す。
「明日、仕事だろ。勘弁してくれ」
「ただ話をするだけだ」
 ホントかよ。
 たぶん日浦には心の声はしっかり届いているはずだ。
 だけど素知らぬ風で、エレベーターに乗り込む。
 その手はがっちりと俺の腰に巻きつき、逃亡を阻止している。だから、逃げないって。明日、嫌でも顔合わすんだし。信用ないな。
「誰かに見られたら困るだろ」
 誰が見ても明らかにおかしな距離だ。職場の女にでも見られたら、お前の評判が急降下だぞ。わかってんのか、日浦。
「あっちゃんは、困る?」
 当たり前だろ。
 翌日、玄関だの部屋の中だの、先々でぎゃあぎゃあと怪獣……じゃくて、女どもの喚き散らす声を想像しただけで、今から重苦しい溜め息が出る。
「俺は見せびらかしたいんだけどな」
 やめろ。


 生々しいシーツの乱れたベッドに、思わず後退りしてしまった。
 俺が一因ではあるものの、やはり客観的に見るにはきつい。
 シーツには跡がしっかり残って、何をしていたのかなんて一発で見破られる。
 シーツ交換の従業員がどんな顔をするのか簡単に予想出来てしまって、頭から血液が失われていく。やばい。目眩がしてきた。
 何とか力を振り絞ってベッドの端に腰を下ろせた。
 シーツに背を向けて、もう、見ないふりだ。
 目の前にミネラルウォーターのペットボトルが。
 無言で差し出してくるな。
 だけど、喉がカラカラだから、ありがたくいただいとく。
 上下する喉仏をひたすら日浦が凝視してくる。飲みにくいな。視線が気になって、つい飲み損ねて口の端から雫が垂れてしまった。
 それを指の腹で拭ったとき、軽く衣擦れがして空気が動いた。
「ただ話すだけじゃなかったのかよ?」
 光の速さで仰向けに倒されていた。
 蓋の空いたペットボトルは、いつの間にか回収されてしまっていた。
「話はするよ」
「じゃあ」
「話をしながら、ちょっと体操するだけだよ」
「ふざけんな」
「少しくらい激しく動いても大丈夫そうだな」
「おい」
 容赦なく顎を両手で押してやる。
 舌打ちの後、日浦は覆い被さるのを諦め、俺の真横に座り直した。
「何か誤魔化してるだろ」
 日浦の態度から勘づいて問いかけてみる。ぴくりと日浦の頬が痙攣した。図星か。
「刈谷のことで気になってることあるんだろ」
 またしても、日浦の頬が微かに動く。
 日浦は盛大に息を吐いた。
「凄いな、あっちゃんは。俺のことお見通しだ」
 誰だって気づくだろ、たぶん。
 俺みたいな鉄仮面じゃなくて、日浦には喜怒哀楽が備わっているから。
「刈谷がこっちに接触してきたんだ。事態は動き出すぞ」
 何やら事件が動き出すような言い方だな。
 刑事ドラマの見過ぎだろ。
 いきなり手を握られる。だから、力を加減しろよ。指、握り潰されかねない。勢いよく振り解けば、不満そうに鼻を鳴らされた。
「あっちゃんは、俺だけ見てたらいいから。余計なこと考えて勝手に動くなよ」
 俺は子供か。
 吸い込まれそうに澄んだ琥珀の瞳の中に確かに俺の姿を見て、気恥ずかしさは限界。微かに触れた肩がムズムズする。

 

 
 
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