73 / 95
イザベラの救出劇
しおりを挟む
どれくらいの時間が流れただろうか。
納屋の明かりとりから入る日の光は昼間の明るさから、夕暮れの橙色に変化している。日の沈む間際の鮮やかな太陽の光が、エルンストの痩せた顔を不気味に光らせていた。
「そろそろ、手紙が届いた頃だろうな」
そんなことを、ぶつぶつ呟いている。
まさかルミナスが自分を捜しているとは露にも思わないイザベラは、やきもきしながら屋敷で待つルミナスとアリアを思い浮かべた。
きっと、彼は怒っているに違いない。
周囲が止めるのも聞かず、先走って屋敷を抜け出したのだから。
イザベラは己の浅はかさに泣きたくなった。
イザベラには逃げないようにと手枷足枷がなされていた。石畳の冷たい床は、春先の肌寒さには沁みる。体の芯からじわりと寒さが全身に伝わり、小刻みに震える。
対するエルンストは、興奮で頬を上気させていた。
「間もなくアークライトが身代金を下げて、ここに来る」
ハッとイザベラの表情が固くなる。
まさか。
だが、ルミナスの優しさを、イザベラは知っている。どんなに口悪く、揶揄っていようとも、イザベラが救いを求めれば必ず助けに来てくれる。
御伽話の騎士様。
「警察に連絡すれば、お前の命はない」
エルンストは本気だ。
全ては金のため。
回りくどかろうと、必ず手に入れる手筈を整える。
「愚かな男だ」
エルンストは己に酔っていた。
「お前のような価値のない女に、命を擦り減らそうとは」
最早、エルンストは父ではない。
家族に絶望感を抱く。裏を返せば、その分期待して裏切られたというわけだ。
イザベラはまだ父になけなしの愛を求めていたのだと、自覚する。
だが、この瞬間、綺麗に潰えた。
最早、父への愛はない。
イザベラが過去と決別した瞬間だった。
そもそも、価値観も、考え方そのものが違う。
彼と相入れることは一生来ない。
「お前こそ、イザベラの価値がわからない愚か者だ」
不意に割って入った低い響きに、イザベラは目を見開いた。
「ルミナス様! 」
ロイの首根っこを掴んで引きずっていたルミナスは、イザベラの姿を見た途端、ロイを思い切り放り投げてイザベラへと駆け寄った。
ロイは茂みに叩きつけられ、一回転し、仰向けに倒れた。
「よくも、私の妻を」
素早く手枷足枷を解くと、この上なく怒り心頭でエルンストを睨みつける。
妻の父へ向けた目ではない。
まるで汚物を見るような、侮蔑の目だ。
「じきに警察が来る。さすがに無能なやつらでも、子爵の妻を誘拐した悪党は見逃さないぞ」
捲し立てるルミナスに、棒立ちになるエルンスト。
よもやルミナスがこれほど早く助けに入り、しかも警察に根回しまでしていたとは。
「私の妻をよくも痛めつけてくれたな。ただで済むと思うなよ」
「イ、イザベラは私の娘だ」
最後の足掻きでエルンストは言い返した。
「何が娘だ。籍にも入れていないくせに」
そこまでルミナスは調べているのか。エルンストは苦虫を噛み潰す。
「イザベラの母親は『貴族の監獄』の校長、レジーナ・セラティスだ」
「えっ! 」
声を上げたのはイザベラだ。
初耳だった。
イザベラは息を呑む。
「校長が私の母? 」
あやうく聞き損ないかけた。
「戸籍上のな。君が学校に通うには、必要な処置だ」
「だから私は学校に通えたの? 」
「そうだよ。イザベラ」
ルミナスは優しく目を細め、目の前の小さな体を胸元へと引き寄せた。
「エルンスト。お前はまずいことに手を出し過ぎた」
エルンストへと視線を戻したルミナスは、凍りつくほどの険しい双眸に変化している。
「いづれは裁判になるだろう」
がくり、とエルンストはその場に崩れ落ちる。
「金で揉み消せると思うなよ」
先回りしてルミナスは忠告した。
「裁判になれば、関係者が出頭しなければならない。そうなれば」
「わ、私は終わりだ! 」
わああああ! エルンストが奇声をあげた。
「口封じされる! 終わりだ! 」
ギョロリとした目玉をこれでもかと見開き、エルンストは叫んだ。
「公爵の非嫡出子にも手を出したらしいな」
ルミナスが追い討ちをかける。
「事態を重くみたアンドレア侯爵夫人が動き出している。逃げおおせると思うな」
エルンストの青白い顔が今や全くの色を失い、かなりのパニックを起こしている。彼は、自分の命を狙いかねない者の顔を一人一人思い起こしているようだ。ゼイゼイと喘ぎ、脂汗を滴らせ、髪を滅茶苦茶に掻き乱している。
完全に我を失った姿だ。
「ああ! ルミナス様! 」
イザベラはルミナスの首に手を回し、その厚い胸板に自ら飛び込んでいた。
彼はそうするのが当然のように、イザベラの腰を引き寄せ、密着の度合いを高める。
「あなたは、やっぱり私の騎士様だわ! 」
御伽話の赤髪の騎士とルミナスを被せて、目を潤ませる。鼓膜から伝わる心臓の速めの拍動。体温が肌を通して伝わってくる。
イザベラは薔薇色に頬を染めた。
納屋の明かりとりから入る日の光は昼間の明るさから、夕暮れの橙色に変化している。日の沈む間際の鮮やかな太陽の光が、エルンストの痩せた顔を不気味に光らせていた。
「そろそろ、手紙が届いた頃だろうな」
そんなことを、ぶつぶつ呟いている。
まさかルミナスが自分を捜しているとは露にも思わないイザベラは、やきもきしながら屋敷で待つルミナスとアリアを思い浮かべた。
きっと、彼は怒っているに違いない。
周囲が止めるのも聞かず、先走って屋敷を抜け出したのだから。
イザベラは己の浅はかさに泣きたくなった。
イザベラには逃げないようにと手枷足枷がなされていた。石畳の冷たい床は、春先の肌寒さには沁みる。体の芯からじわりと寒さが全身に伝わり、小刻みに震える。
対するエルンストは、興奮で頬を上気させていた。
「間もなくアークライトが身代金を下げて、ここに来る」
ハッとイザベラの表情が固くなる。
まさか。
だが、ルミナスの優しさを、イザベラは知っている。どんなに口悪く、揶揄っていようとも、イザベラが救いを求めれば必ず助けに来てくれる。
御伽話の騎士様。
「警察に連絡すれば、お前の命はない」
エルンストは本気だ。
全ては金のため。
回りくどかろうと、必ず手に入れる手筈を整える。
「愚かな男だ」
エルンストは己に酔っていた。
「お前のような価値のない女に、命を擦り減らそうとは」
最早、エルンストは父ではない。
家族に絶望感を抱く。裏を返せば、その分期待して裏切られたというわけだ。
イザベラはまだ父になけなしの愛を求めていたのだと、自覚する。
だが、この瞬間、綺麗に潰えた。
最早、父への愛はない。
イザベラが過去と決別した瞬間だった。
そもそも、価値観も、考え方そのものが違う。
彼と相入れることは一生来ない。
「お前こそ、イザベラの価値がわからない愚か者だ」
不意に割って入った低い響きに、イザベラは目を見開いた。
「ルミナス様! 」
ロイの首根っこを掴んで引きずっていたルミナスは、イザベラの姿を見た途端、ロイを思い切り放り投げてイザベラへと駆け寄った。
ロイは茂みに叩きつけられ、一回転し、仰向けに倒れた。
「よくも、私の妻を」
素早く手枷足枷を解くと、この上なく怒り心頭でエルンストを睨みつける。
妻の父へ向けた目ではない。
まるで汚物を見るような、侮蔑の目だ。
「じきに警察が来る。さすがに無能なやつらでも、子爵の妻を誘拐した悪党は見逃さないぞ」
捲し立てるルミナスに、棒立ちになるエルンスト。
よもやルミナスがこれほど早く助けに入り、しかも警察に根回しまでしていたとは。
「私の妻をよくも痛めつけてくれたな。ただで済むと思うなよ」
「イ、イザベラは私の娘だ」
最後の足掻きでエルンストは言い返した。
「何が娘だ。籍にも入れていないくせに」
そこまでルミナスは調べているのか。エルンストは苦虫を噛み潰す。
「イザベラの母親は『貴族の監獄』の校長、レジーナ・セラティスだ」
「えっ! 」
声を上げたのはイザベラだ。
初耳だった。
イザベラは息を呑む。
「校長が私の母? 」
あやうく聞き損ないかけた。
「戸籍上のな。君が学校に通うには、必要な処置だ」
「だから私は学校に通えたの? 」
「そうだよ。イザベラ」
ルミナスは優しく目を細め、目の前の小さな体を胸元へと引き寄せた。
「エルンスト。お前はまずいことに手を出し過ぎた」
エルンストへと視線を戻したルミナスは、凍りつくほどの険しい双眸に変化している。
「いづれは裁判になるだろう」
がくり、とエルンストはその場に崩れ落ちる。
「金で揉み消せると思うなよ」
先回りしてルミナスは忠告した。
「裁判になれば、関係者が出頭しなければならない。そうなれば」
「わ、私は終わりだ! 」
わああああ! エルンストが奇声をあげた。
「口封じされる! 終わりだ! 」
ギョロリとした目玉をこれでもかと見開き、エルンストは叫んだ。
「公爵の非嫡出子にも手を出したらしいな」
ルミナスが追い討ちをかける。
「事態を重くみたアンドレア侯爵夫人が動き出している。逃げおおせると思うな」
エルンストの青白い顔が今や全くの色を失い、かなりのパニックを起こしている。彼は、自分の命を狙いかねない者の顔を一人一人思い起こしているようだ。ゼイゼイと喘ぎ、脂汗を滴らせ、髪を滅茶苦茶に掻き乱している。
完全に我を失った姿だ。
「ああ! ルミナス様! 」
イザベラはルミナスの首に手を回し、その厚い胸板に自ら飛び込んでいた。
彼はそうするのが当然のように、イザベラの腰を引き寄せ、密着の度合いを高める。
「あなたは、やっぱり私の騎士様だわ! 」
御伽話の赤髪の騎士とルミナスを被せて、目を潤ませる。鼓膜から伝わる心臓の速めの拍動。体温が肌を通して伝わってくる。
イザベラは薔薇色に頬を染めた。
5
あなたにおすすめの小説
家出を決行した結果
棗
恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。
デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。
自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。
※なろうさんにも公開しています。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。
真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。
親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。
そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。
(しかも私にだけ!!)
社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。
最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。
(((こんな仕打ち、あんまりよーー!!)))
旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる