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自暴自棄の男爵
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「終わりだ……私は終わりだ……」
己の世界に閉じこもってしまったエルンストはふらつき、目の焦点があっていない。まるで夢遊病者のごとく、ふらふらと歩き出した。
「こうなれば……お前らも……」
微かに聞き取れた悪意。
たちまちルミナスの顔つきが険しくなる。
「お前らも……道連れだ……」
エルンストは傍に置いてあった油の樽を頭から被った。
大陸から燃料として仕入れたそれは、昔から世界市場への貿易発展には欠かせないものだ。そんな代物が、都会の工場群ではなく、一介の片田舎の納屋に用意されていたのか、甚だ疑問だが、もしやエルンストは不測の事態を想定して、予め用意していたのだろうか。
それは、このように自分が被るのではなく、口封じとしてイザベラを、もしくは救出に来たルミナスごと葬るために。
「わああああ! 俺は関係ねえよ! 」
今まで傍観者だった大工のロイが、一番に声を上げた。逃げ足はかなり早い。あの様子だと、難なく森を抜け出すだろう。
「ここで終わりだ! 」
エルンストが吼えた。
「きゃあああああ! 」
イザベラが叫ぶ。
目の前でマッチを擦ったかと思えば、たちまちエルンストは自分の髪にそれをつけたのだ。
炎が全身に行き渡る。
エルンストは火だるまになった。
「エルンスト! 」
慌てたルミナスだが、炎の塊となったエルンストはふらふらと行く宛てもなく彷徨い、最早、自我はない。
火を消すにも、長年放置されていた納屋には、消火剤すらない。
「駄目だ! もう! 」
炎が、納屋にあった藁の山に着火する。
たちまち藁が赤々と燃え上がった。
「逃げるぞ! 」
ルミナスはイザベラの手を引くと、納屋の扉を蹴破った。蝶番が外れて、扉は一枚の板となり吹っ飛んだ。
「愚図愚図していたら、巻き込まれる! 」
振り返ることなく命じるルミナス。
イザベラはキョロキョロ辺りを見渡した。
「ルミナス様! 馬は! 」
馬丁が毎日丁寧に飼育している、見事な黒毛の馬が見当たらない。
「危ないから、大衆酒場にいた男に命じて、屋敷に返させた」
「では、馬は無事なのですね」
「ああ。今頃は厩舎で休んでいるはずだ」
その言葉にイザベラはほっと息をつく。
そうこうしているうちに、火だるまが納屋の外に出て来た。苦しそうな呻き声を上げて、助けを乞うているのか。はたまた、自我を失くして徘徊しているのか。
「くそっ! 」
このままでは巻き込まれてしまう。
「走れるか! 」
「はい! 」
ルミナスに手を引かれたイザベラは、勢いつけて首を縦に振った。
とにかく走った。走って走って、ひたすら走る。
いつしか日は山の向こう側へと沈んで、辺り一面が暗がりとなっていた。今夜は新月にあたる。頼みの月光もない。
真っ暗な世界。
ロイのような地元に慣れ親しんだ者なら、容易に森を抜け出せただろうが、この森には滅多に入らないルミナスは別だ。進むべき道が果たして正しいのかどうか。
しかも、足元すら覚束ない。
方角の目安となる月すらない。
不意に、視界が高くなる。
違う。自分達が下がったのだ。
地面が崩壊した。
いや、確固たる地面だと思っていたのは、落とし穴のようなものだった。
「きゃああああ! 」
「イザベラ! 」
「ルミナス様! 」
二人は同時に、生い茂る雑草と砂粒まみれの流れに巻き込まれ、深い闇へと引きずり込まれた。
己の世界に閉じこもってしまったエルンストはふらつき、目の焦点があっていない。まるで夢遊病者のごとく、ふらふらと歩き出した。
「こうなれば……お前らも……」
微かに聞き取れた悪意。
たちまちルミナスの顔つきが険しくなる。
「お前らも……道連れだ……」
エルンストは傍に置いてあった油の樽を頭から被った。
大陸から燃料として仕入れたそれは、昔から世界市場への貿易発展には欠かせないものだ。そんな代物が、都会の工場群ではなく、一介の片田舎の納屋に用意されていたのか、甚だ疑問だが、もしやエルンストは不測の事態を想定して、予め用意していたのだろうか。
それは、このように自分が被るのではなく、口封じとしてイザベラを、もしくは救出に来たルミナスごと葬るために。
「わああああ! 俺は関係ねえよ! 」
今まで傍観者だった大工のロイが、一番に声を上げた。逃げ足はかなり早い。あの様子だと、難なく森を抜け出すだろう。
「ここで終わりだ! 」
エルンストが吼えた。
「きゃあああああ! 」
イザベラが叫ぶ。
目の前でマッチを擦ったかと思えば、たちまちエルンストは自分の髪にそれをつけたのだ。
炎が全身に行き渡る。
エルンストは火だるまになった。
「エルンスト! 」
慌てたルミナスだが、炎の塊となったエルンストはふらふらと行く宛てもなく彷徨い、最早、自我はない。
火を消すにも、長年放置されていた納屋には、消火剤すらない。
「駄目だ! もう! 」
炎が、納屋にあった藁の山に着火する。
たちまち藁が赤々と燃え上がった。
「逃げるぞ! 」
ルミナスはイザベラの手を引くと、納屋の扉を蹴破った。蝶番が外れて、扉は一枚の板となり吹っ飛んだ。
「愚図愚図していたら、巻き込まれる! 」
振り返ることなく命じるルミナス。
イザベラはキョロキョロ辺りを見渡した。
「ルミナス様! 馬は! 」
馬丁が毎日丁寧に飼育している、見事な黒毛の馬が見当たらない。
「危ないから、大衆酒場にいた男に命じて、屋敷に返させた」
「では、馬は無事なのですね」
「ああ。今頃は厩舎で休んでいるはずだ」
その言葉にイザベラはほっと息をつく。
そうこうしているうちに、火だるまが納屋の外に出て来た。苦しそうな呻き声を上げて、助けを乞うているのか。はたまた、自我を失くして徘徊しているのか。
「くそっ! 」
このままでは巻き込まれてしまう。
「走れるか! 」
「はい! 」
ルミナスに手を引かれたイザベラは、勢いつけて首を縦に振った。
とにかく走った。走って走って、ひたすら走る。
いつしか日は山の向こう側へと沈んで、辺り一面が暗がりとなっていた。今夜は新月にあたる。頼みの月光もない。
真っ暗な世界。
ロイのような地元に慣れ親しんだ者なら、容易に森を抜け出せただろうが、この森には滅多に入らないルミナスは別だ。進むべき道が果たして正しいのかどうか。
しかも、足元すら覚束ない。
方角の目安となる月すらない。
不意に、視界が高くなる。
違う。自分達が下がったのだ。
地面が崩壊した。
いや、確固たる地面だと思っていたのは、落とし穴のようなものだった。
「きゃああああ! 」
「イザベラ! 」
「ルミナス様! 」
二人は同時に、生い茂る雑草と砂粒まみれの流れに巻き込まれ、深い闇へと引きずり込まれた。
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