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第四章
開き直り
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松子がショックで気を失ってしまったことで、この日の聴取は一旦終了となり、それぞれの部屋へ引き揚げて行く。
母屋の廊下を歩いている最中、森雪の後ろ姿を呼び止めたのは香都子だ。娘と番頭の隠された因果に母の心は砕かれてしまったが、比べて、香都子は何故だか立ち直りが早かった。
客間でのことが嘘のように、毅然としている。腹部を円く撫でながら、香都子はふふふ、といつもの笑みを寄越す。
「さあ、お兄様。これで私を脅す手段はなくなりましたわね。これからは好き勝手にやらせていただきます」
のろのろと歩いていた吉森は、ぴりぴりと痺れるような空気に出くわして、思わず足を止めた。
そんな吉森に気付いた香都子は、意味深な笑みを残し、自分の部屋へと引っ込む。
未だ廊下の中央で突っ立ったままの森雪を越えなければ、部屋には戻れない。指先で頬を掻きながら、言いにくそうに吉森は声をかけてみた。
「香都子の弱みを握ったというのは、このことだったのか」
「たまたま蔵の中で、二人の逢引を目にしましてね」
黙っていても気配は感じていたようで、驚きもせず、森雪は済まして返す。
「今度は僕の方の分が悪くなった」
森雪はおどけたように肩を竦めてみせた。
きょとんとした吉森に、真意の伝わらなかった森雪はやれやれと息を吐くと、吉森に近寄り、おもむろにその髪の毛を掻き回した。
小馬鹿にしたその態度に、吉森は手を振り払う。
「何を他人事の顔をしているのです。あなたの立場も危うくなったのですよ」
酷薄な笑みを顔に張りつかせ、森雪は内緒話をするように腰を屈めると、吉森と同じ目線になる。ぞっとする暗い笑い方に、吉森は思わず身を竦めた。
「ここを使って、何度もいかがわしいことをしたでしょう。香都子にしっかり盗み見されていましたよ」
吉森の尻を撫で回しながら、森雪はまるで誘うように耳朶を甘噛みする。
森雪との情交の直後はおろか、その最中もしっかり見られていたことに、吉森は棒立ちになる他なかった。
官能を唆す森雪の手や声にはちっとも反応しない。
「傷のある者同士ということをお忘れなく」
愉快そうに森雪は目を細めて喉を鳴らした。
薄暗い部屋に引き籠る気も失せ、しかし店に出て客の応対をするほど余裕もない。こういったときには、小十菊の家にしけこんでいたのだが、その彼女も最早この世にはいない。いい女だったのに。気がつけば、出て来るのは溜め息ばかりだ。手持無沙汰で、手代から売上の帳面を取り上げると、数字を眺める。このところの落ち込み具合に、ますます気は滅入るばかりだ。
そこへ、渡邊が背を丸めて遠慮がちに表の暖簾をくぐって入ってきた。吉森の顔を見るなり、下駄を脱ぎ捨て、近寄ってくる。
「何だ、探偵」
帳簿の数字を確認しに来たのではあるまいかと疑うほどの渡邊の密着具合に、吉森は眉をひそめる。
「ちょっと、私の推理を聞いて下さいよ」
渡邊の得意満面の表情。そこには、すっかり答えを導き出したと書いてある。
この場は拙いと、吉森は藍染の暖簾で仕切られた、母屋へと続く廊下へ来いと、顎でしゃくる。
母屋の廊下を歩いている最中、森雪の後ろ姿を呼び止めたのは香都子だ。娘と番頭の隠された因果に母の心は砕かれてしまったが、比べて、香都子は何故だか立ち直りが早かった。
客間でのことが嘘のように、毅然としている。腹部を円く撫でながら、香都子はふふふ、といつもの笑みを寄越す。
「さあ、お兄様。これで私を脅す手段はなくなりましたわね。これからは好き勝手にやらせていただきます」
のろのろと歩いていた吉森は、ぴりぴりと痺れるような空気に出くわして、思わず足を止めた。
そんな吉森に気付いた香都子は、意味深な笑みを残し、自分の部屋へと引っ込む。
未だ廊下の中央で突っ立ったままの森雪を越えなければ、部屋には戻れない。指先で頬を掻きながら、言いにくそうに吉森は声をかけてみた。
「香都子の弱みを握ったというのは、このことだったのか」
「たまたま蔵の中で、二人の逢引を目にしましてね」
黙っていても気配は感じていたようで、驚きもせず、森雪は済まして返す。
「今度は僕の方の分が悪くなった」
森雪はおどけたように肩を竦めてみせた。
きょとんとした吉森に、真意の伝わらなかった森雪はやれやれと息を吐くと、吉森に近寄り、おもむろにその髪の毛を掻き回した。
小馬鹿にしたその態度に、吉森は手を振り払う。
「何を他人事の顔をしているのです。あなたの立場も危うくなったのですよ」
酷薄な笑みを顔に張りつかせ、森雪は内緒話をするように腰を屈めると、吉森と同じ目線になる。ぞっとする暗い笑い方に、吉森は思わず身を竦めた。
「ここを使って、何度もいかがわしいことをしたでしょう。香都子にしっかり盗み見されていましたよ」
吉森の尻を撫で回しながら、森雪はまるで誘うように耳朶を甘噛みする。
森雪との情交の直後はおろか、その最中もしっかり見られていたことに、吉森は棒立ちになる他なかった。
官能を唆す森雪の手や声にはちっとも反応しない。
「傷のある者同士ということをお忘れなく」
愉快そうに森雪は目を細めて喉を鳴らした。
薄暗い部屋に引き籠る気も失せ、しかし店に出て客の応対をするほど余裕もない。こういったときには、小十菊の家にしけこんでいたのだが、その彼女も最早この世にはいない。いい女だったのに。気がつけば、出て来るのは溜め息ばかりだ。手持無沙汰で、手代から売上の帳面を取り上げると、数字を眺める。このところの落ち込み具合に、ますます気は滅入るばかりだ。
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「何だ、探偵」
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「ちょっと、私の推理を聞いて下さいよ」
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この場は拙いと、吉森は藍染の暖簾で仕切られた、母屋へと続く廊下へ来いと、顎でしゃくる。
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