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婚約者の条件
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「で、婚約者の条件は? 」
「え? 」
「そこらへんに適当なやつがいなかったから、わざわざローレンスを訪ねたんだろう? 」
「え、ええ。そうよ」
私語が続いたかと思えば、急にビジネスの話に戻る。切り替えが早過ぎて調子が狂う。
そもそも、偽りの恋人になってくれそうな知り合いも、そんな男を紹介してくれる友人すらいない。
途方に暮れたマチルダの行き着いた先が高級娼館ローレンスだ。
勿論、会ったばかりの得体の知れない男にそこまで暴露する気はない。
「髪は黒。野生的なタイプが好みといったな」
「え、ええ」
「他には? 」
「ほ、他って」
「背の高さは? 」
「わ、私より高い方を」
「生粋のこの国の男か? それとも外国の血が混じっている男? 」
「どちらでも」
「年齢は? 」
「年上が良いわ。でも、あんまりお年を召した方は嫌です」
「ハンサムな男を希望する? 」
「出来れば。ハンサムな方が。ただ、清潔な方を第一条件に」
「成程。清潔な男だな」
「ええ。それから、絶対に口の堅い方を。これだけは譲れないわ」
「ああ。それは申し分ない」
愛想良くロイは笑う。屈託ない笑顔と、つい今しがたまでのマチルダへの皮肉が結びつかない。
「もう、どなたか当てがあるの? 」
「まあな」
ロイは自信満々に胸を張った。
「君の条件に当てはまるやつが一人いる」
余程、自信を持って紹介出来る人物なのだろう。彼の瞳は黒曜石と見紛うばかり。まるで何か楽しい悪戯を思いついたように煌めいている。
「幸い、スケジュールも空いている。派遣出来る手筈を整えよう」
金の万年筆を動かして、パルプ紙に何かを書き留める。万年筆には蔓模様と勿忘草の花が絶妙なデザインで彫刻されていた。
「家族に、うちより身分の高い方だと言ってしまったから。それまでに礼儀作法を仕込んで欲しいわ」
しばらく万年筆の動きを追っていたマチルダだが、慌てて付け加えた。
身分の高い方だと嘯いたのに、礼儀もなっていない男だと、全てが台無しになる。
「ああ。子爵の家に呼びつけられるんだからな。貴族らしく、そつなく振る舞えるよう仕込むさ」
「そんな短期間で出来るの? 」
「私を誰だと思っているんだ? 」
一旦、万年筆の動きを止めて、目だけ上を向く。
「失礼。言葉が過ぎました」
「素直なところは嫌いではないよ、マチルダ」
下衆っぽい投げキス。礼儀も何もあったものではない。
「何ですって? 」
たちまちマチルダの眉間に縦皺が入った。
「恋人に対してよそよそしいのは、駄目だろう? 」
「え、ええ。そうね」
結婚を前提として紹介するのだから、よそよそしければ、家族に速攻でバレてしまう。
「だからって、あなたまで馴れ馴れしくする必要ないじゃない」
「まあまあ。堅いこと言うな」
ニタニタと面白そうにロイは口元を歪めた。
完全に状況を楽しんでいる。
マチルダの方は、下手をすれば屋敷を追い出されかねない崖っぷちというのに。
彼が笑顔を垣間見せるのと反比例して、マチルダの顔からはどんどん表情がなくなっていく。
「いや。この堅さはまずいな」
そんなマチルダをまるで美術品を鑑賞するかのように、顔の角度を変えながら遠巻きに評するロイ。
呑気なその仕草に、ますますマチルダは仏頂面になっていく。
「これじゃあ、適当に見繕ってきた偽の恋人だと見破られるぞ」
言いながら、またもやマチルダの片方の手を両手で包み込んだ。
「きゃっ」
不意打ちをくらって、確実に三センチ飛び上がるマチルダ。
「手を握ったくらいで、いちいち騒がれたら敵わない」
すぐさま彼女から手を離すと、鬱陶しそうに前髪を掻き上げる。
「キスするくらいまで、馴れてもらわないと」
ぶつぶつと口中で何ごとか呟くと、ロイは唇を尖らせた。
「え? 」
「そこらへんに適当なやつがいなかったから、わざわざローレンスを訪ねたんだろう? 」
「え、ええ。そうよ」
私語が続いたかと思えば、急にビジネスの話に戻る。切り替えが早過ぎて調子が狂う。
そもそも、偽りの恋人になってくれそうな知り合いも、そんな男を紹介してくれる友人すらいない。
途方に暮れたマチルダの行き着いた先が高級娼館ローレンスだ。
勿論、会ったばかりの得体の知れない男にそこまで暴露する気はない。
「髪は黒。野生的なタイプが好みといったな」
「え、ええ」
「他には? 」
「ほ、他って」
「背の高さは? 」
「わ、私より高い方を」
「生粋のこの国の男か? それとも外国の血が混じっている男? 」
「どちらでも」
「年齢は? 」
「年上が良いわ。でも、あんまりお年を召した方は嫌です」
「ハンサムな男を希望する? 」
「出来れば。ハンサムな方が。ただ、清潔な方を第一条件に」
「成程。清潔な男だな」
「ええ。それから、絶対に口の堅い方を。これだけは譲れないわ」
「ああ。それは申し分ない」
愛想良くロイは笑う。屈託ない笑顔と、つい今しがたまでのマチルダへの皮肉が結びつかない。
「もう、どなたか当てがあるの? 」
「まあな」
ロイは自信満々に胸を張った。
「君の条件に当てはまるやつが一人いる」
余程、自信を持って紹介出来る人物なのだろう。彼の瞳は黒曜石と見紛うばかり。まるで何か楽しい悪戯を思いついたように煌めいている。
「幸い、スケジュールも空いている。派遣出来る手筈を整えよう」
金の万年筆を動かして、パルプ紙に何かを書き留める。万年筆には蔓模様と勿忘草の花が絶妙なデザインで彫刻されていた。
「家族に、うちより身分の高い方だと言ってしまったから。それまでに礼儀作法を仕込んで欲しいわ」
しばらく万年筆の動きを追っていたマチルダだが、慌てて付け加えた。
身分の高い方だと嘯いたのに、礼儀もなっていない男だと、全てが台無しになる。
「ああ。子爵の家に呼びつけられるんだからな。貴族らしく、そつなく振る舞えるよう仕込むさ」
「そんな短期間で出来るの? 」
「私を誰だと思っているんだ? 」
一旦、万年筆の動きを止めて、目だけ上を向く。
「失礼。言葉が過ぎました」
「素直なところは嫌いではないよ、マチルダ」
下衆っぽい投げキス。礼儀も何もあったものではない。
「何ですって? 」
たちまちマチルダの眉間に縦皺が入った。
「恋人に対してよそよそしいのは、駄目だろう? 」
「え、ええ。そうね」
結婚を前提として紹介するのだから、よそよそしければ、家族に速攻でバレてしまう。
「だからって、あなたまで馴れ馴れしくする必要ないじゃない」
「まあまあ。堅いこと言うな」
ニタニタと面白そうにロイは口元を歪めた。
完全に状況を楽しんでいる。
マチルダの方は、下手をすれば屋敷を追い出されかねない崖っぷちというのに。
彼が笑顔を垣間見せるのと反比例して、マチルダの顔からはどんどん表情がなくなっていく。
「いや。この堅さはまずいな」
そんなマチルダをまるで美術品を鑑賞するかのように、顔の角度を変えながら遠巻きに評するロイ。
呑気なその仕草に、ますますマチルダは仏頂面になっていく。
「これじゃあ、適当に見繕ってきた偽の恋人だと見破られるぞ」
言いながら、またもやマチルダの片方の手を両手で包み込んだ。
「きゃっ」
不意打ちをくらって、確実に三センチ飛び上がるマチルダ。
「手を握ったくらいで、いちいち騒がれたら敵わない」
すぐさま彼女から手を離すと、鬱陶しそうに前髪を掻き上げる。
「キスするくらいまで、馴れてもらわないと」
ぶつぶつと口中で何ごとか呟くと、ロイは唇を尖らせた。
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