【完結】華麗なるマチルダの密約

氷 豹人

文字の大きさ
35 / 114

海運会社の損害

しおりを挟む
「ロイ殿は大丈夫か? 」
 何の前触れもなく尋ねてきた父に、マチルダはきょとんと瞬きを止めた。
 ロイの名前を耳にするのは、彼とただならぬ出来事があってから、およそ一か月ぶりだ。
 いつしか五月の爽やかさはなくなり、毎日、じめじめした重苦しい天候が続いている。
 年の大半が雨というこの国では、雷雨が来る前に領地一帯の状況を把握しておかなければならない。土砂崩れ、河川の氾濫などになれば一大事だ。
 天候が崩れてしまう前に修繕すべき場所を早期に発見して、直ちに取り掛からなければならない。
 それらを管理するのも領主の勤め。
 朝、その任務を果たすために出掛ける父は、マチルダと二人きりになった頃合いを見計らい、すかさず尋ねたのだ。
 忘れたくとも忘れられない名前に、マチルダは明らかに狼狽える。
「ど、どどうなさったの? ロイが何か? 」
 いづれ、彼との仲が破談したと話さなければならない。嘘など貫き通せないから。
 だが、マチルダは愚図愚図してしまって、未だに言い出せないでいた。
 たとえ偽りであろうと、彼女はまだもう少し夢に浸っていたかったのだ。
「ロイに何かありまして? 」
 言い淀む父に、マチルダは再度尋ねる。
「彼の会社に損害が出たらしい」
 マチルダと同じ色の瞳が辛そうに揺れた。
「どう言うことかしら? 」
 父はロイが娼館の主人であるとは知る由もない。
 会社に損害が出たとは、どういうことなのか。
 怪訝に眉をひそめたマチルダに、父はおや、と目を見開く。
「聞いていないのか? 」
「何をですか? 」
「彼はお前に心配をかけまいとしているのだろうか」
「詳しくお話しして。お父様」
 顎に手を当てて、しきりに首を傾げる父。
 マチルダは一歩踏み出した。
 父は神妙に頷くと、言い出しにくそうに口をもごもご動かせる。
「ロイ殿が海運会社を経営しているのは、承知しているだろう? 」
「え、ええ」
 そのような設定だった。
「倉庫に何者かが侵入し、荷物の茶葉に異物を混入したらしい」
「まあ! 」
 思わずマチルダは声のトーンを上げてしまった。
 てっきり海運会社はロイの作り話だとばかり。
 ブライス伯爵といい、まさか、会社まで実在していたなんて。
 ロイのことだから、そう易々と露見することはないだろうが。
 出任せにしても危険過ぎる。
 マチルダはヒヤリと肝を冷やしたが、父に悟られぬよう表面上は平然を装う。
「それほど大きな損害ではないが」
「信用問題に関わりますわね」
「その通り」
 父は大きく頷く。
「警備は万全でなかったの? 」
 他所様の荷物を預かるのだ。管理は徹底しなければならない。
「いや。かなり金をかけて警護に当たらせていたようだ」
「それなのに、侵入者を許してしまったの? 」
「ああ。侵入経路は今、調べているらしいが。どうやって、その目をかいくぐったのか」
「不思議な事件ね」
「まったくその通りだ」
 
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

笑う令嬢は毒の杯を傾ける

無色
恋愛
 その笑顔は、甘い毒の味がした。  父親に虐げられ、義妹によって婚約者を奪われた令嬢は復讐のために毒を喰む。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

処理中です...