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ネズミの捕縛
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「お姉様が警察に? 」
マチルダは頭の中が真っ白になり、呆然とその場に立ち尽くすしかなかった。
ふわりと蒲公英の綿毛のように儚く、虫も殺せぬ繊細なイメルダ。一方のマチルダといえば、凛と咲く薔薇のように見た目が派手派手しく、平気で虫をパチンと叩けるくらいの強心臓。何もかも真逆な姉妹。
そんな姉が警察に?
あの人から最も縁遠い場所なのに。
「ああ。事情聴取を受けている」
ロイは前髪を掻き上げるなり、目を眇めた。
「一体、何があったの? 」
問いかけるマチルダの声が震える。
姉と、警察の拘束なんて、言葉が結びつかない。
妹に媚薬を盛るくらいだから、元々危なっかしい人ではあったが。
マチルダは、朝っぱらからの両親の挙動に合点がいった。二人はすでに情報を得ていたのだ。
「婚約者が不法侵入をやらかした」
淡々とロイが告げた。
「アンサー様が? 」
「ああ。野郎は自分がトールボット石鹸会社の跡取りだから、父に言いつけてやると喚いているらしい」
「どうして? どうして、そんな大それたことを? 」
「動機は今、聴取している」
「一体、どこに侵入したの? 」
「私の所有している倉庫だ」
「海運会社の? 」
「ああ」
ロイは三人掛けの布貼りソファにどかっと足を広げて座り込んだ。
疲弊そのものと言った深い溜め息をつくなり、背もたれにぐったりと身を預けた。
湖畔での交わりは、白い一等星が曙に取り込まれるまで繰り返された。
彼の愛をたっぷりと受けたマチルダは、すでに微睡の中におり、ロイはそんなマチルダを抱えながら馬に乗って屋敷へと戻った。
最初から良からぬことを企んでいたため、敢えて馬車は使わないといった周到さ。
マチルダはロイの思惑通りにコトが運んだことがこの上なく癪であるが、眠気が勝ち、うやむやのうちに文句は立ち消えてしまった。
新婚夫婦が枕を共にしたのは、ロイが仕事で出掛けるまでのたった三時間。
マチルダが目覚めたとき、彼はすでにシーツに肘をつき、目を細めながら妻の寝顔を観察していた。ちゃんと眠っていたのだろうか。
「ロイ。あなた、睡眠がとれていないのではなくて? 」
目の下には隈が出来ているし、いつもスッキリ整えた髪が乱れがちだし、野生味溢れる顔がますますそれによって強さを増している。
睡眠が取れていないのは一目瞭然。
しかも、倉庫への侵入者を捕縛したことに関連して、朝早くから王都へ戻るために、眠りを貪る時間すらなかったのかも。
「まあな。無防備な君の寝顔を見るためなら、睡眠など惜しくない」
「まあ! 」
心配そうに尋ねるマチルダに対して、ロイは当たり前のようにニヤニヤしながら答えた。
「阿保かしら? 」
横から呆れたように感想を述べるオリビア。
「やかましぞ、オリビア」
恋に狂わされっぱなしの阿呆は、ギロリと睨みつけた。
「ロイ。あなた、もしかして。アンサー様が忍び込むことが前もってわかっていたのではなくて? 」
ロイはイメルダやアンサーが捕らえられても、驚きすらしていない。
妻の姉が関わっているのに。
普通なら、動揺の色くらいは浮かべるはず。
なのにロイの態度はあまりにも冷静過ぎる。
「さすがは私の妻。なかなか賢い」
「茶化さないで」
実の姉が捕縛されたのだ。笑えない。
「以前、積荷に混入していたものが苛性ソーダだった」
ロイは彼らへの疑いを緩急のない声で述べていく。
「そ、それだけでアンサー様を特定出来たの? 苛性ソーダは、パルプや工業製品など多くに使用されているわ」
「ああ。だから、なかなかネズミを捕まえられなかった」
タイを緩めるロイ。喉仏が露わになる。
「だが、必ずどこかから情報が漏れるはずだ。隠し事など、目の荒いザルのようなものだからな」
ロイは気怠げに脚を組み替えた。
世界中の誰よりもセクシーな姿。
「そして、今になってやっとザルの中身が私の耳まで届くようになった」
不意にその漆黒の瞳に、今しがたとは明らかに異なる爛々とした光が不気味に差した。
マチルダは頭の中が真っ白になり、呆然とその場に立ち尽くすしかなかった。
ふわりと蒲公英の綿毛のように儚く、虫も殺せぬ繊細なイメルダ。一方のマチルダといえば、凛と咲く薔薇のように見た目が派手派手しく、平気で虫をパチンと叩けるくらいの強心臓。何もかも真逆な姉妹。
そんな姉が警察に?
あの人から最も縁遠い場所なのに。
「ああ。事情聴取を受けている」
ロイは前髪を掻き上げるなり、目を眇めた。
「一体、何があったの? 」
問いかけるマチルダの声が震える。
姉と、警察の拘束なんて、言葉が結びつかない。
妹に媚薬を盛るくらいだから、元々危なっかしい人ではあったが。
マチルダは、朝っぱらからの両親の挙動に合点がいった。二人はすでに情報を得ていたのだ。
「婚約者が不法侵入をやらかした」
淡々とロイが告げた。
「アンサー様が? 」
「ああ。野郎は自分がトールボット石鹸会社の跡取りだから、父に言いつけてやると喚いているらしい」
「どうして? どうして、そんな大それたことを? 」
「動機は今、聴取している」
「一体、どこに侵入したの? 」
「私の所有している倉庫だ」
「海運会社の? 」
「ああ」
ロイは三人掛けの布貼りソファにどかっと足を広げて座り込んだ。
疲弊そのものと言った深い溜め息をつくなり、背もたれにぐったりと身を預けた。
湖畔での交わりは、白い一等星が曙に取り込まれるまで繰り返された。
彼の愛をたっぷりと受けたマチルダは、すでに微睡の中におり、ロイはそんなマチルダを抱えながら馬に乗って屋敷へと戻った。
最初から良からぬことを企んでいたため、敢えて馬車は使わないといった周到さ。
マチルダはロイの思惑通りにコトが運んだことがこの上なく癪であるが、眠気が勝ち、うやむやのうちに文句は立ち消えてしまった。
新婚夫婦が枕を共にしたのは、ロイが仕事で出掛けるまでのたった三時間。
マチルダが目覚めたとき、彼はすでにシーツに肘をつき、目を細めながら妻の寝顔を観察していた。ちゃんと眠っていたのだろうか。
「ロイ。あなた、睡眠がとれていないのではなくて? 」
目の下には隈が出来ているし、いつもスッキリ整えた髪が乱れがちだし、野生味溢れる顔がますますそれによって強さを増している。
睡眠が取れていないのは一目瞭然。
しかも、倉庫への侵入者を捕縛したことに関連して、朝早くから王都へ戻るために、眠りを貪る時間すらなかったのかも。
「まあな。無防備な君の寝顔を見るためなら、睡眠など惜しくない」
「まあ! 」
心配そうに尋ねるマチルダに対して、ロイは当たり前のようにニヤニヤしながら答えた。
「阿保かしら? 」
横から呆れたように感想を述べるオリビア。
「やかましぞ、オリビア」
恋に狂わされっぱなしの阿呆は、ギロリと睨みつけた。
「ロイ。あなた、もしかして。アンサー様が忍び込むことが前もってわかっていたのではなくて? 」
ロイはイメルダやアンサーが捕らえられても、驚きすらしていない。
妻の姉が関わっているのに。
普通なら、動揺の色くらいは浮かべるはず。
なのにロイの態度はあまりにも冷静過ぎる。
「さすがは私の妻。なかなか賢い」
「茶化さないで」
実の姉が捕縛されたのだ。笑えない。
「以前、積荷に混入していたものが苛性ソーダだった」
ロイは彼らへの疑いを緩急のない声で述べていく。
「そ、それだけでアンサー様を特定出来たの? 苛性ソーダは、パルプや工業製品など多くに使用されているわ」
「ああ。だから、なかなかネズミを捕まえられなかった」
タイを緩めるロイ。喉仏が露わになる。
「だが、必ずどこかから情報が漏れるはずだ。隠し事など、目の荒いザルのようなものだからな」
ロイは気怠げに脚を組み替えた。
世界中の誰よりもセクシーな姿。
「そして、今になってやっとザルの中身が私の耳まで届くようになった」
不意にその漆黒の瞳に、今しがたとは明らかに異なる爛々とした光が不気味に差した。
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