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自暴自棄
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「私はイメルダ様のみ支えるんだ。これから先もな。今更、元には戻れない。たとえ悔やもうとな」
やけっぱちでヴィスコックが呻いた。
最早、後戻り出来ない位置にいる。このまま突き進むより道はない。
「何故、私がイメルダ様と繋がっていることがわかった? 」
悔しそうに奥歯を噛みながら、ヴィスコックは疑問を口にする。
「使用人が雇い主やその家族と恋愛をするのは、禁止だ。私の首が飛ぶ。だから、慎重になっていたと言うのに」
ロイはテイスティングしながら、グラスの中の濃赤を眺めている。
「慎重になるなら、屋敷内でキスはしないことだ。たとえ、誰も入らない物置きの中だとしてもな」
一息でワインを煽る。
丸きりヴィスコックに興味をなくした言い方だ。
ロイの意識はすでに、アニストン邸の門前で停まった馬車の車輌の軋む音にある。
「日頃からメイドに辛く当たるから、ここぞとばかりに暴露されるんだ」
たちまちヴィスコックが憤怒した。血管がはち切れそうだ。
「どの女だ。口の軽いやつは。鼻の骨を砕いてやる」
「そう言うところだ、ヴィスコック」
ヴィスコックの怒りとは対照的に、ロイはやけに落ち着き払っている。やれやれ、とグラスを置くなり立ち上がった。
「間もなく逮捕状を持って警察が乗り込んでくる。罪状は私の会社への不法侵入、器物損壊、偽計業務妨害、名誉毀損。それから、銃器の不法所持、殺人未遂も加わるな」
他人事で、罪状をずらずらとあげながら、ロイは後ろに手を回しながらゆっくりとヴィスコックとの距離を詰めていく。
「畜生! 」
ヴィスコックは叫んだ。
「俺はもう終わりだ! 」
懐に隠し持っていたリボルバーを取り出すや、迷いなく銃口をロイに突きつけた。
「せっかく、ここまで昇りつめたのに! 」
まだ十代の役職名もない雑用から始まり、着実に使用人階級を上り詰めていった。家令は最上級だ。誰もがなれるものではない。限られた者のみ。知識と経験と、運もある。それが積み重なって、やっとその地位を確立するのだ。
「厄介な女に引っ掛かったものだな。同情する」
「畜生! バカにしやがって! 」
小娘一人によって、何十年と重ねたものがガラガラと崩れ落ちる瞬間だった。
ヴィスコックには、最早、何も残されていない。
彼にはもう、小娘に命じられた一言しか。
自暴自棄になり、ヴィスコックは引き金に指を掛ける。
おもむろに、ロイが物凄い力でシリンダーを掴んだ。
「良い覚悟だな。自ら心臓を撃ち抜かれに来るとは」
ヴィスコックは薄ら笑いを浮かべ、引き金を引いた。
「な、何!? 」
ヴィスコックは声を引き攣らせた。
火を吹くはずの銃がびくともしない。
「言ったはずだ。使いこなせない銃など、所詮は玩具に過ぎないと」
ロイはニヤリと笑うと、ヴィスコックからリボルバーを奪い取った。
「リボルバーは撃鉄を上げないと撃てないんだ」
弾倉に補填していた銃弾を鮮やかな手捌きで抜くと、一つも残さず床に落とした。
撃鉄が起きときにシリンダーが回転する構造のため、起きていないと発砲が出来ない。即ち、シリンダーを握って押さえ込めば、撃鉄が起きない。
銃を扱う者ならば常識だ。
ヴィスコックは玩具を与えられたのみで、使いこなせない。
ロイはニヤニヤしながら、どたどたと踏み鳴らして階段を昇ってくる足音が確実に近づいてくるのに、耳を澄ませた。
やけっぱちでヴィスコックが呻いた。
最早、後戻り出来ない位置にいる。このまま突き進むより道はない。
「何故、私がイメルダ様と繋がっていることがわかった? 」
悔しそうに奥歯を噛みながら、ヴィスコックは疑問を口にする。
「使用人が雇い主やその家族と恋愛をするのは、禁止だ。私の首が飛ぶ。だから、慎重になっていたと言うのに」
ロイはテイスティングしながら、グラスの中の濃赤を眺めている。
「慎重になるなら、屋敷内でキスはしないことだ。たとえ、誰も入らない物置きの中だとしてもな」
一息でワインを煽る。
丸きりヴィスコックに興味をなくした言い方だ。
ロイの意識はすでに、アニストン邸の門前で停まった馬車の車輌の軋む音にある。
「日頃からメイドに辛く当たるから、ここぞとばかりに暴露されるんだ」
たちまちヴィスコックが憤怒した。血管がはち切れそうだ。
「どの女だ。口の軽いやつは。鼻の骨を砕いてやる」
「そう言うところだ、ヴィスコック」
ヴィスコックの怒りとは対照的に、ロイはやけに落ち着き払っている。やれやれ、とグラスを置くなり立ち上がった。
「間もなく逮捕状を持って警察が乗り込んでくる。罪状は私の会社への不法侵入、器物損壊、偽計業務妨害、名誉毀損。それから、銃器の不法所持、殺人未遂も加わるな」
他人事で、罪状をずらずらとあげながら、ロイは後ろに手を回しながらゆっくりとヴィスコックとの距離を詰めていく。
「畜生! 」
ヴィスコックは叫んだ。
「俺はもう終わりだ! 」
懐に隠し持っていたリボルバーを取り出すや、迷いなく銃口をロイに突きつけた。
「せっかく、ここまで昇りつめたのに! 」
まだ十代の役職名もない雑用から始まり、着実に使用人階級を上り詰めていった。家令は最上級だ。誰もがなれるものではない。限られた者のみ。知識と経験と、運もある。それが積み重なって、やっとその地位を確立するのだ。
「厄介な女に引っ掛かったものだな。同情する」
「畜生! バカにしやがって! 」
小娘一人によって、何十年と重ねたものがガラガラと崩れ落ちる瞬間だった。
ヴィスコックには、最早、何も残されていない。
彼にはもう、小娘に命じられた一言しか。
自暴自棄になり、ヴィスコックは引き金に指を掛ける。
おもむろに、ロイが物凄い力でシリンダーを掴んだ。
「良い覚悟だな。自ら心臓を撃ち抜かれに来るとは」
ヴィスコックは薄ら笑いを浮かべ、引き金を引いた。
「な、何!? 」
ヴィスコックは声を引き攣らせた。
火を吹くはずの銃がびくともしない。
「言ったはずだ。使いこなせない銃など、所詮は玩具に過ぎないと」
ロイはニヤリと笑うと、ヴィスコックからリボルバーを奪い取った。
「リボルバーは撃鉄を上げないと撃てないんだ」
弾倉に補填していた銃弾を鮮やかな手捌きで抜くと、一つも残さず床に落とした。
撃鉄が起きときにシリンダーが回転する構造のため、起きていないと発砲が出来ない。即ち、シリンダーを握って押さえ込めば、撃鉄が起きない。
銃を扱う者ならば常識だ。
ヴィスコックは玩具を与えられたのみで、使いこなせない。
ロイはニヤニヤしながら、どたどたと踏み鳴らして階段を昇ってくる足音が確実に近づいてくるのに、耳を澄ませた。
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