【完結】シンデレラの姉は眠れる森の騎士と偽装結婚する

氷 豹人

文字の大きさ
20 / 42

危険なお茶会

しおりを挟む
 シュプール伯爵邸は、別名を薔薇の城と呼ばれている。
 家紋にもなっている色とりどりの薔薇の花は、大振りのものから、可愛らしい小さな花弁まで、種々様々な品種を、庭師が丹精込めて開かせている。
 門から連なる淡いピンク色が、春も半ばの穏やかな風に乗り、ふわりと鼻腔をくすぐる。
 案内された中庭には、薔薇がデザインされたマホガニーのテーブルと椅子が整然と並べられていた。
 すでに何人かの招待客が席につき、にこやかな談笑を装いながら、腹の探り合いをしている。
 その令嬢や貴婦人の中でも、甲高い声を上げている、四十代に差し掛かった夫人が一際目を引いた。
 柿渋色の髪を後ろで一つに纏めて、最新のデザインである赤と黒のバイカラーのドレスを身につけている。王都でもいち早くそのデザインを取り入れている、小洒落た夫人。
「まあ!まあ!ようこそおいで下さいました、デラクール夫人!」
「このたびは、お招きいただきまして」
 この夫人こそが、シュプール伯爵夫人だ。

「シュプールには気をつけろ」

 ルパートの声が脳内で反芻する。
 ヒルダは引き攣りそうになる口元を、何とか笑顔にこしらえた。
「皆さん、今日の主役がいらっしゃいましたわ!」
 シュプール夫人の甲高い声に、わっと歓声が上がる。
「まあ。お会いしたかったわ」
「お話、お聞きかせくださいな」
「どうやってあの堅物公爵を骨抜きにしたのか」
 その場に招待されたのは、いづれも子爵夫人、男爵夫人、家庭教師、商家の娘、そして何故かカーソン公爵の愛人と、一風変わった顔ぶれだった。
 もしや、ヒルダの実家の身分を慮ったのだろうか。
 流行の服や菓子、音楽、観劇や、王都にある老舗のことなど、通り一遍の会話をすっ飛ばし、内容はいきなり社交界での猥談に入る。
 没落貴族は、茶会の招待など勿論受けたことはないが、母カサンドラは嗜みとして教えてくれたことがあった。
 だが、その嗜みも、今回の場には不用らしい。
「ご存じ?フレデリック子爵ったら、また隠し子がいらっしゃったそうよ。これで何人目かしら?」
「アスコット伯爵、娼館に通い詰めですって」
「コットン男爵、人には公に言えない病気をうつされたそうよ。ほら、あの方、愛人をたくさんお持ちで」
 耳に入るだけでムカムカするが、これらはまだ良い方で、猥談となると、聞くに堪えない。
「そういえば、シュプール伯爵夫人と公爵のロマンスも、何年か前にございましたわね」
「ええ。そんな噂、ありましたわ」
 仮にも新婚の妻がいる前で、あまりにも不躾な。
 噂は、ルパートの性癖にまで及び、ヒルダは奥歯を噛み締める。
 彼が情熱的なキス魔なんて、聞きたくない。
 そんなこと、知ってるし。
 主催のシュプール夫人といえば、せっかくの流行ドレスに誰も触れず、すっかり機嫌を損ねたようで、濃い化粧にひびを入れてばかり。
 ヒルダの左隣のカーソン公爵の愛人ときたら、相槌すら打たず、素知らぬ顔で紅茶に口をつけている。
 ぞくりと背筋に震えが走るほどの美人は、どのような仕草でも絵になる。

 永久に続くかと思われた猥談が、唐突に中断した。
「おい、随分楽しそうじゃねえか」
 一体、どこから入り込んだのか。
 山賊風の図体の大きな男が、同じような体格の屈強な男二人を従え、芝生をわざと荒らしながら、すでにテーブルの縁まで近寄ってきていた。
「きゃあああああ!」
 たちまち、阿鼻叫喚。
 金切り声を上げ、身を震わせ、ある者は椅子をひっくり返して、またある物はティーカップを割り、逃げ惑う。
 山賊はそんなむやみやたらと歳の重ねた夫人らには目も呉れず、ニタニタと笑いながら辺りを見渡す。
「ああ、いたいた。若い女。お前か」
 ヒルダのいる位置で視線を止めると、さらに下品な笑いを浮かべた。
「来い」
 ヒルダの細腕を掴もうと、丸太のような腕を伸ばす。
 三倍近くある腕の太さ。
 まともに向き合っても、勝ち目はない。
 ヒルダは動かず、正確に距離を測る。
 ジリジリと迫る巨体。
「おいおい、怖くて動けないのか?」
 まだだ。
「逃げなければ、この場で犯してやるぞ」
 あと少し。
「声もきけないってか?」
 今だ!
 ヒルダは父親仕込みの得意の回し蹴りを、股間に思い切り見舞ってやった。
 巨体は真後ろに吹っ飛び、椅子をバタバタと薙ぎ倒し、あっという間にその場に崩れ落ちた。
 白目を剥き、口から泡を吹いている。
 戦場では生きるか、死ぬか。
 騎士道精神なんて通じない。
 確実に仕留める方法を、即座に判断する。
 戦場の虎の教えだ。
「貴様あああああ!」
 残りの男二人が、驚愕の声を張り上げる。
「女!」
 憤怒の表情で、二人いっぺんに両脇から襲いかかってきた。
「よくも!」
 まずは右側。足をくの字に曲げ、鳩尾に入ったところで思い切り伸ばす。たちまち男の体は捻じ曲がり、倒れ伏した。
 次は左。延髄に手刀を入れる。前のめりになり、苦悶の表示で倒れ込み、土埃を巻き上げた。
 あっという間の出来事だ。
 額から垂れ落ちる汗を手の甲で拭い、招待客らは大丈夫かと振り返ったのに、シュプール夫人は別の意味に捉えたらしい。
「わ、私は、私は何も悪くないのよ!」
 青ざめ、腰が抜けてべたりとその場に座り込んだ夫人は、キンキンと声を張り上げた。
「仕方なかったのよ!お金がどうしてもいったの!」
 夫人は顔を両方の手で覆い、金切り声を繰り返す。
「言われるがままだったのよ!」
 とうとう、わっと外聞もなく泣き出す始末。
「私のせいじゃないわ!」
 涙でぐしゃぐしゃになり、化粧の剥がれてしまった顔を上げた、そのときだった。
「ぐわっ……!」
 潰れた悲鳴を上げ、夫人が瞠目した。
 そのまま、もんどりを打つ。
「シュプール夫人!」
 慌てて駆け寄り抱き起こせば、夫人は白目を剥いて、だらんと上半身が海老反りとなり、芝生に垂れた。
 喉仏が、矢で射抜かれている。
「ひいっ!」
 驚きと恐怖がない混ぜになり、悲鳴すら出てこない。喉奥が引き攣れる。
 咄嗟に手を離してしまった。
 夫人の肢体はぐにゃりと曲がって、芝生に仰向けになる。
 最早、息をしていないのは明らかだ。
 残りの招待客はと、ぐるりと首を回す。何とか命は無事だ。四つ這いになり、ヒイヒイとこの場から遠くを目指して逃げ惑っている。生まれたての子牛のごとく、地面についた両手両足が、大袈裟なくらい左右に揺れた。
 その姿があまりにも滑稽で、己の状態を客観視出来、ヒルダは何とか冷静さを取り戻せた。
「男たちは」
 巨漢らは、どうなったのか。
 ヒルダが股間を蹴り上げた男は、白目を剥いて悶絶していた。
 他の輩は、と辺りを見渡す。
「なっ!」
 またもや、言葉が喉で詰まる。
 シュプール夫人と同じように、残りの二人が喉仏を矢で正確に射抜かれ、息絶えていたのだ。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした

鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、 幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。 アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。 すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。 ☆他投稿サイトにも掲載しています。 ☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。

追放された薬師は、辺境の地で騎士団長に愛でられる

湊一桜
恋愛
 王宮薬師のアンは、国王に毒を盛った罪を着せられて王宮を追放された。幼少期に両親を亡くして王宮に引き取られたアンは、頼れる兄弟や親戚もいなかった。  森を彷徨って数日、倒れている男性を見つける。男性は高熱と怪我で、意識が朦朧としていた。  オオカミの襲撃にも遭いながら、必死で男性を看病すること二日後、とうとう男性が目を覚ました。ジョーという名のこの男性はとても強く、軽々とオオカミを撃退した。そんなジョーの姿に、不覚にもときめいてしまうアン。  行くあてもないアンは、ジョーと彼の故郷オストワル辺境伯領を目指すことになった。  そして辿り着いたオストワル辺境伯領で待っていたのは、ジョーとの甘い甘い時間だった。 ※『小説家になろう』様、『ベリーズカフェ』様でも公開中です。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!

エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」 華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。 縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。 そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。 よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!! 「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。 ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、 「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」 と何やら焦っていて。 ……まあ細かいことはいいでしょう。 なにせ、その腕、その太もも、その背中。 最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!! 女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。 誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート! ※他サイトに投稿したものを、改稿しています。

【完結】異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます

七夜かなた
恋愛
仕事中に突然異世界に転移された、向先唯奈 29歳 どうやら聖女召喚に巻き込まれたらしい。 一緒に召喚されたのはお金持ち女子校の美少女、財前麗。当然誰もが彼女を聖女と認定する。 聖女じゃない方だと認定されたが、国として責任は取ると言われ、取り敢えず王族の家に居候して面倒見てもらうことになった。 居候先はアドルファス・レインズフォードの邸宅。 左顔面に大きな傷跡を持ち、片脚を少し引きずっている。 かつて優秀な騎士だった彼は魔獣討伐の折にその傷を負ったということだった。 今は現役を退き王立学園の教授を勤めているという。 彼の元で帰れる日が来ることを願い日々を過ごすことになった。 怪我のせいで今は女性から嫌厭されているが、元は女性との付き合いも派手な伊達男だったらしいアドルファスから恋人にならないかと迫られて ムーライトノベルでも先行掲載しています。 前半はあまりイチャイチャはありません。 イラストは青ちょびれさんに依頼しました 118話完結です。 ムーライトノベル、ベリーズカフェでも掲載しています。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

処理中です...