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 赤い炎が混じる黒煙は、すでにその色を失い、巨大な白い煙のみを空に昇らせていた。鎮火が近い。
 かろうじて爆発という恐ろしい事態を回避出来たことで、全身の力はすっかり抜けて、工作車の影で人々から死角になる場所にぐったりと座り込んでいた。
 周囲は尚も消火活動に駆けずり回っている。
「よくやったと言うべきだろうな」
 目線の先に汚れた防火靴の先端があり、見上げると、煤で真っ黒になった日浦さんの顔があった。怒り心頭だと覚悟していたが、意外にも日浦さんの表情は穏やかだ。
「だがな」
「単独行動をしてしまったことは謝ります。でも、俺」
 日浦さんの言いたいことを先回りして、早口で謝罪を述べた。
 後悔はしていない。
 必死だった。ひたすら死を望む彼女を闇の深淵から捕まえようと、とにかく必死だった。
「彼女を救うことに、我を忘れたって言いたいのか」
「麗子さんだからじゃないです。亜里沙ちゃんのために、不幸の連鎖を避けたかったんだ」
 いかなる理由であろうと、隊長の指示を無視した行いだ。
 それなりの処分は覚悟の上だ。
 たとえ、ようやく袖を通すことが出来たオレンジの制服を脱いでしまうことになろうと、構わないと思っている。妙な充足感が広がっていた。
「二度目はないと思え」
 日浦さんはそれ以上は話を掘り下げることはしなかった。代わりに、やれやれとわざとらしく溜め息をつき、現状の後片付けに奔走する橋本の姿を目で追う。
「全く、橋本の野郎は。無茶しやがる」
 俺も俺だが、橋本も命令無視をおかしていたのだ。
 話の内容から察するに、上の制止を振り切って火の中に飛び込んできたようだ。
 橋本まで巻き込んでしまった。
 レスキューの仕事に誇りを持つ彼から全てを奪ってしまうことになるかも知れない。
 申し訳ない思いが胸に染みついた。
「橋本はああ見えて、現場では常に慎重に行動する、レスキューの見本のようなやつだ」
 それもこれも、前任署でマル4を出してしまった所以だ。日浦さんは付け加える。  
 それなのに敢えて橋本は火の中へ飛び込むという単独行動をやってのけた。
 バカだ。あの人は、本当にバカだ。
 万が一、こんなことでキャリアに傷でもついたら、どうするんだ。
 日浦さんは片付けを隊長と堂島に任せっきりで尚も悦に入っていたが、もう俺の関心は別の方を向いていた。
 橋本はどこだ。
 残水処理や検分のために縄で囲ったり、指揮隊が避難先の紹介や各自の連絡先や通報者への聞き取りで、火こそ消えたものの現場が未だに混乱をきたしている。
 炎が見えなくなって興味をなくした第三者がぞろぞろと引っ込み始めたので、余計に道は混乱を極めた。
 俺はそれらの人々の波に逆らい、擦れ違うたびに思い切り肩をぶつけ、何だよと睨まれながらも、そんなことには構っていられなかった。
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