【完結】蟻の痕跡

氷 豹人

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第四章 逆襲

6※

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 素直になれ。そうすれば楽になるだろう。頭の中で何者かが唆してきた。楽になれ。さっさと認めろ。悪魔の囁きが何度も何度も繰り返す。認めろ。
 刹那、俺の中の我慢の糸がぶつりと切れた。
 眼前の秋葉の首に腕を回すと、自分から唇に吸い付いていた。一瞬、相手がたじろいだ。だが、間を置かずに噛みつくようなキスが返ってくる。
 一刻も早く繋がりたい。滅茶苦茶にしてほしい。それしか頭にない。一旦認めてしまえば、呆気なかった。世間体とか男としての矜持とか、とにかく俺に纏わりつくあらゆることが、どうでも良くなってしまった。
 ベッドの上で縺れるように互いのズボンを脱がせると、下肢を愛撫する二本の腕が交差する。どちらが早く相手を昂ぶらせるか、まるで競争でもしているかのようだ。切羽詰まった息は俺か秋葉か、最早わからない。
「か、課長。俺……もう……」
 先に音を上げたのは俺だった。秋葉の指先が俺の体内に潜り、襞をいやらしく掻き乱す。
「いいえ……まだ、解れていません……」
 熱に浮かされたような声でありながらも、秋葉は理性を保っている。だが、それもぎりぎりの危うさだ。
「嫌だ……早く、早く挿入てほしい……」
 半泣きになって縋った。限界にきている。以前に受け入れた秋葉の形を思い出し、早くも後肛がひくついた。鼓膜に舌打ちが届く。
 秋葉は皮肉ったように口角を吊り上げると、眼鏡を外した。荒々しさが目立つその顔にオレンジの淡い光が当たって、ぞっとするほど綺麗だ。
「息、吐いて」
 短く命令される。
「挿入れますよ」
「あ……うあ! 」
 まだ慣らし切っていなかったそこを、怒張した秋葉のものが抉った。たちまち全身の筋肉に力が入る。秋葉も俺と同じように苦しそうに顔を歪めた。あまりの痛みに、食い千切らんばかりの強い収縮が起こったからだ。
「力、抜けますか? 」
 声を掠れさせ、かなり苦しいはずなのに、秋葉は丁寧な口調で問いかけてきた。だが、力を抜けと言われて、はいそうですかと簡単にいくものでもない。体を緩めようとすると痛みが走り、飛び上がって、そのたびに内部の秋葉を締めつけてしまう。
「橘さん」
 耳に心地良い重低音で名前を呼ばれる。秋葉の長い指先が俺のものを包み込み、ゆっくりと上下する。なかなか昂ぶる兆しを見せなかったが、丹念な指遣いに次第に強張りが解れ、いつしか取り戻していた。ようやく、体から力が抜けていく。向かい合った二人、ほぼ同時に安堵の息を吐いていた。絶妙のタイミングがおかしくて秋葉に笑いかける。目が合う。相手は真顔だった。
「うあっ」
 いきなり秋葉が突いてきた。欲望のスイッチが全開になったらしい。目の色が変わっている。巧みに腰を使い、甘く攻められるほどに喘ぎ声を出す俺の反応に、満足そうに口元を弧の字に曲げる。
 長い、長い時間が過ぎた。当初の痛みはすっかり快感にと取って変わり、もっと秋葉を感じたくて無我夢中で体にしがみつく。すると、それに応えるかのようにさらに律動が激しくなった。脚を伸ばした弾みでサイドテーブルを蹴っ飛ばし、枕元の間接照明が倒れた。飛び散る汗。ひっきりなしに続く嬌声。炎と炎がぶつかり合い、溶けてどろどろになる映像が脳裏に溢れる。
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