【完結】蟻の痕跡

氷 豹人

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第五章 虚構

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「全て話した方が良さそうだな」
 観念したような溜め息が、豊麗線の深い、いささか老け気味の口元から漏れる。その表情は、余計なことを喋り過ぎて引くに引けないという、苦々しいものだった。
「あいつの父親は警視庁副警視総監、遠野宗徳とおのむねのりだ」
 警視庁に所属している者ならば、知っていて当然の名前だ。俺のような下っ端などがそうそうお目にかかれる人物ではない。
「まさか」
「秋葉はこれまで難事件を幾つも解決しているだろう。副警視総監に顔を知られるのも時間の問題だった。あいつが誰の子なのかもな。あいつの容貌は母親に瓜二つらしい。表彰があって、そこでようやく父子の対面だ」
 またもや沈黙となる。血が凍りつくという感覚を身を以って知った。爪先から見る見る内に冷たくなっていく。秋葉課長は、比喩ではなく実際に手の届かない人物だったのだ。
「かつての愛人の息子が、名を挙げて自分の下にいたんだ。副警視総監は優秀なあの男をそばにつかせたがった。だが、秋葉は所轄に固執したんだ」
 以前、秋葉はキャリアでありながら所轄を回るのは、自身の境遇とは全くの別物だと言っていたことを思い出す。
「個人の一方的な思いで人事を動かせるわけがないのが、組織というやつだ。秋葉の我が通るのは、父親の肩書きゆえだ」
「何で秋葉課長はそんな馬鹿なことを」
「……さあな」
 俺の疑問は、意味ありげな坂下の一瞥のみでかわされた。口振りからして、どうやらその理由を承知しているのは明らかだ。
「まさか、本当に恨みを晴らすために所轄をうろうろしていたんじゃ」
「あくまで可能性の一つと言ったはずだ」
 否定しているようには聞こえない。坂下は肯定しているような含みを持たせる。
「とにかく。秋葉の過去が表だって出ることは、どうしても避けたい」
 坂下理事官が捜査にストップを掛ける理由がこれだ。
 本当に秋葉は大島の死とは無関係だろうか。
 悩む方がどうかしている。復讐など馬鹿げた妄想だ。秋葉がそんなことを仕出かすなど、有り得ない。信じて当然と思いつつ、もう一方ではひょっとしたらと悪い考えがむくむくと膨らみ出していた。
 治まっていたはずのこめかみの痛みがまたもや蘇ってきて、思わず呻いた。
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