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場末の喧嘩
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帽子の影に半分覆われた眼光は、鷲を彷彿させるほど鋭く尖っている。
酒場の優男のそれではない。
殺人さえ厭わないような不気味な目つきに、喧嘩を吹っ掛けた男はたじろぎ、踵を二、三歩後ろにずらす。
真昼間の広場は今しがたまでざわめいていたが、喧嘩が始まると知るや一目散に家の中へ駆け込んで、錠前まで落とした。そして、窓硝子にべたりと張り付き、外の様子を伺う。
興味深い視線をマシンガンのように浴びながら、敢えてシェルビーはそれらには一切触れない。
「抜け」
男は銃を構える。
四.七五インチの金属薬莢式拳銃。
一方のシェルビーの五.五インチの金属薬莢式は、未だ腰元のホルスターに収まったままだ。
「やめておけ。弾の無駄遣いだ」
やれやれ、とシェルビーは首を横に振った。
「お前ごときに、銃を抜く必要もないな」
「ふざけるな! 」
「素手で充分」
ファイティンポーズを取るなり、ちょいちょいと、指を曲げて来いと煽った。
「いい度胸だ、小僧」
男はたちまち憤怒し、禿げ上がった頭から煙を吹き出した。
「吠え面かくなよ」
男が一歩踏み出したことで、どすん、と地面が響いた。
いきなり重々しい拳がシェルビーの真正面に来た。
シェルビーはひょいっと身をかわすと、易々とそれを避ける。
勢いづいていた男は空振りし、よろめいた。
ギラリとシェルビーの眼光が増す。
ふらつく男の膝に足を引っ掛けるや、ぐっと振り上げた。
巨体がバランスを崩す。
舞い上がる砂煙。
またもや地響きが鳴る。
呆気なく尻餅をついた男は、そのまま仰向けに倒れ込んだ。
シェルビーは、男の顔すれすれで靴裏を地面に叩きつけた。
あれほど偉ぶっていたくせに、びくびくと怖気づく男に、シェルビーはわざとらしく溜め息を吐く。
「どうした、さっきの勢いは」
「た、たまたまだ」
のろのろと立ち上がるなり、男は拳を構えた。
「そうか」
ニヤリとシェルビーは口元を吊り上げた。
不意に風が横切る。
男がハッと目を見開いたとき、シェルビーはすでに男の真後ろに回っていた。
「くそっ」
「どこを向いてるんだ。こっちだぞ」
男が振り向いたときには、シェルビーは真正面に来ている。
容赦なく男の鼻面に拳を入れてやる。
勢いよく鼻血を吹き出し、男はまたもや仰向けに倒れ込んだ。
「畜生! 」
歯噛みしながら、先程よりもさらに遅い動きで起き上がる。
と、額に銃口が。
「警察に突き出されたくないなら、さっさと町から出て行け」
シェルビーは自身のリボルバーを男に突きつける。撃鉄は上げていない。あくまで脅しだ。
だが、命の危機を間近に感じた男は、ガタガタと震え始めた。
「な、ななな何者だ、お前! 」
唇が戦慄き、呂律が回っていない。すっかり腰を抜かしてしまったらしい。
「シェルビー・ヒルだ」
シェルビーは帽子の鍔をちょっと上げ、その翠緑の双眸を晒す。
鷲のような眼光。顔半分を覆った赤いスカーフ。五.五インチの金属薬莢式拳銃。
かつてこの町を牛耳っていたスペンサー一家に身を置いていた者なら、当然、知らないわけがない。
「何だと! お、お前があの! 」
最末端の男は、顔など知らない。
が、名前は仲間内で知れ渡っている。
「さっさと出て行け」
シェルビーの声が一オクターブ低くなる。
「ひ、ひいいい! 」
悲鳴によって、宙空を彷徨っていた鳥が一斉に羽ばたき去った。
飛び上がった男は確実に体を浮かせ、丸太が転がるように四つ這いになりながらヒイヒイと逃げて行く。
靴裏が乾いた地面を蹴って、一気に砂塵が巻き起こった。
どたどたと物凄い音は、やがて遥か彼方へ。
「まだスペンサー一味の下っ端が彷徨いているんだな」
シェルビーは忌々しく舌打ちする。
ホルスターに拳銃を仕舞い込んだときだった。
「シェルビー・ヒル! 」
スイングドアが大きく開き、居酒屋の中から飛び出してきたのは、若い男だ。
酒場の優男のそれではない。
殺人さえ厭わないような不気味な目つきに、喧嘩を吹っ掛けた男はたじろぎ、踵を二、三歩後ろにずらす。
真昼間の広場は今しがたまでざわめいていたが、喧嘩が始まると知るや一目散に家の中へ駆け込んで、錠前まで落とした。そして、窓硝子にべたりと張り付き、外の様子を伺う。
興味深い視線をマシンガンのように浴びながら、敢えてシェルビーはそれらには一切触れない。
「抜け」
男は銃を構える。
四.七五インチの金属薬莢式拳銃。
一方のシェルビーの五.五インチの金属薬莢式は、未だ腰元のホルスターに収まったままだ。
「やめておけ。弾の無駄遣いだ」
やれやれ、とシェルビーは首を横に振った。
「お前ごときに、銃を抜く必要もないな」
「ふざけるな! 」
「素手で充分」
ファイティンポーズを取るなり、ちょいちょいと、指を曲げて来いと煽った。
「いい度胸だ、小僧」
男はたちまち憤怒し、禿げ上がった頭から煙を吹き出した。
「吠え面かくなよ」
男が一歩踏み出したことで、どすん、と地面が響いた。
いきなり重々しい拳がシェルビーの真正面に来た。
シェルビーはひょいっと身をかわすと、易々とそれを避ける。
勢いづいていた男は空振りし、よろめいた。
ギラリとシェルビーの眼光が増す。
ふらつく男の膝に足を引っ掛けるや、ぐっと振り上げた。
巨体がバランスを崩す。
舞い上がる砂煙。
またもや地響きが鳴る。
呆気なく尻餅をついた男は、そのまま仰向けに倒れ込んだ。
シェルビーは、男の顔すれすれで靴裏を地面に叩きつけた。
あれほど偉ぶっていたくせに、びくびくと怖気づく男に、シェルビーはわざとらしく溜め息を吐く。
「どうした、さっきの勢いは」
「た、たまたまだ」
のろのろと立ち上がるなり、男は拳を構えた。
「そうか」
ニヤリとシェルビーは口元を吊り上げた。
不意に風が横切る。
男がハッと目を見開いたとき、シェルビーはすでに男の真後ろに回っていた。
「くそっ」
「どこを向いてるんだ。こっちだぞ」
男が振り向いたときには、シェルビーは真正面に来ている。
容赦なく男の鼻面に拳を入れてやる。
勢いよく鼻血を吹き出し、男はまたもや仰向けに倒れ込んだ。
「畜生! 」
歯噛みしながら、先程よりもさらに遅い動きで起き上がる。
と、額に銃口が。
「警察に突き出されたくないなら、さっさと町から出て行け」
シェルビーは自身のリボルバーを男に突きつける。撃鉄は上げていない。あくまで脅しだ。
だが、命の危機を間近に感じた男は、ガタガタと震え始めた。
「な、ななな何者だ、お前! 」
唇が戦慄き、呂律が回っていない。すっかり腰を抜かしてしまったらしい。
「シェルビー・ヒルだ」
シェルビーは帽子の鍔をちょっと上げ、その翠緑の双眸を晒す。
鷲のような眼光。顔半分を覆った赤いスカーフ。五.五インチの金属薬莢式拳銃。
かつてこの町を牛耳っていたスペンサー一家に身を置いていた者なら、当然、知らないわけがない。
「何だと! お、お前があの! 」
最末端の男は、顔など知らない。
が、名前は仲間内で知れ渡っている。
「さっさと出て行け」
シェルビーの声が一オクターブ低くなる。
「ひ、ひいいい! 」
悲鳴によって、宙空を彷徨っていた鳥が一斉に羽ばたき去った。
飛び上がった男は確実に体を浮かせ、丸太が転がるように四つ這いになりながらヒイヒイと逃げて行く。
靴裏が乾いた地面を蹴って、一気に砂塵が巻き起こった。
どたどたと物凄い音は、やがて遥か彼方へ。
「まだスペンサー一味の下っ端が彷徨いているんだな」
シェルビーは忌々しく舌打ちする。
ホルスターに拳銃を仕舞い込んだときだった。
「シェルビー・ヒル! 」
スイングドアが大きく開き、居酒屋の中から飛び出してきたのは、若い男だ。
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