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第3章 独身男の会社員(32歳)が長期出張を受諾するに至る長い経緯

第7話「クリスマス特別餅つきパーティー②局地戦 前編」

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 大いに盛り上がっている餅つき大会だが、俺は腕を組んだまま屋上のネット際にもたれ掛かって微動だにしていない。

 場所は屋上だが、本来は主催会場の家主で恭子の保護者であることから、率先して色々な工程に参加して、普段恭子がお世話になっている友人たちに挨拶のひとつでもせにゃいかんことはわかっている。

 だが、俺は微動だにしない。ちょっと思うところがあって最初ナイーヴだったってこともあったが……なんか、もう乗り遅れた感満載でぶっちゃけ『俺も混ぜて♪』って言う勇気がないのだ。


 それでも、やはり恭子の保護者である俺のことが気になるのか、入れ替わり立ち代わり色々な人が俺の元へやってくる。もしかして、気を使われているんだろうか?一応、それらも順々に紹介しておこう。


※ ※ ※ ※ ※ ※


 VSサオリちゃん

「ねぇねぇ、おっちゃんおっちゃん。何、黄昏てんの?ひょっとしてぼっち?」

 ぼっちじゃねえし!

 この子は学園祭の打ち上げで見たことはある。ギャルっぽい3人衆のひとりだ。だが正直話したこともないのに、突拍子も遠慮もなく俺のパーソナルスペースに入り込んできやがった。 

「いや、まあこういうことは若い子にまかせて、俺はしゃしゃり出ん方がいいのかな、と」

 なんか言い訳じみてて嫌だな。

「ふーん。それよかさー、おっちゃんって恭子ちんと血が繋がってないんでそ?一緒に住んでてムラムラしない?」

「ブッ!」

 俺はチビチビ飲んでいた缶コーヒーを吹き出してしまった。若干サオリちゃんの顔にもかかったんだけど、この子はなんのリアクションもなく平然と会話を続けてきた。

 かなり大物かもしれない。

「いやー、サオリ的には恭子チン見てるとめっちゃムラムラするしさー。ま、サオリ的にはヒトミのおっぱいがあるからー、まだ手をつけてないけどねー」

 手をつけるって何をだ!?

 この子はアカン子だということを、俺の直感がサイレンを鳴らしている。

「あーあ。おっちゃんなら一緒に恭子チンの揉み友になれるとおもったんだけどなー、興味ないのかー」

 サオリちゃんはそう言うと『ほいじゃー、またねー』と去って行った。

 揉み友ってなんだよ……恭子の学園生活が心配で仕方がない。


※ ※ ※ ※ ※ ※


 VS恭子

 サオリちゃんの一件もあってか、ネット際に佇む俺は心配になって恭子の姿を目で追っていた。

 すると恭子は夏海に声を掛けられ、ファンシーな紙袋に包まれた何かを手渡されていた。

 またまた、俺の直感がサイレンを鳴らしている。多分アレは何かよからぬものだ!警報レベルがさっきよりも一段階UPしていることから尋常ではないものと予測される。

「おーい!!恭子!!」

 俺は夏海が恭子から離れたタイミングで呼んで手招きした。

 パタパタとこちらへ駆け寄ってくる恭子。

「あ、おじさん。すみません、お相手もできなくて……それに今日はせっかくのお休みなのに……」

「いや、そんなこと全然いいんだ。それより恭子よ……」

「はい?」

「俺は今まで恭子のやることに一切口出しをしなかったし、これからも余程のことでなければするつもりもない。でも今回ばかりはそうもいかん。さっき夏海に手渡されたものを黙って寄こせ」

「え?これですか?なにか布教、用?みたいでして、面白いから読んでみてとなっちゃんさんから頂いたものなのですが…………どうぞ」

 俺の警報レベルは既にMAXだ。

 恭子がとても素直に差し出してきたので、それを奪い取った。

 そのあと恭子は誰かしらに『次のもち米そろそろ焚けたんじゃないー?』と、呼ばれたようで『おじさん、すみません。いってきますね』と再びパタパタと駆け戻っていった。

 俺は恭子が遠く離れたのを確認してから、豪快に紙袋を破く。……そして、その中に入っていたのは一冊の本。

『尻に願いを~お前の尻に三連斉射~』

「…………」

 俺はこっそりともち米を焚いているドラム缶の釜戸に近づいて、そのよからぬものを火の中にくべ、何事もなかったかのようにネット際の定位置に戻る。

 新たな燃料が追加された釜戸の火は激しさを増し、その燃える炎はこころなしか邪悪染みているように感じられた。


※ ※ ※ ※ ※ ※


 VS夏海(諸悪の根源)

「渡辺サン!!さっき見てたんスけど、ウチが恭子ちゃんに渡した本なんで燃やしちゃったんスか!!」

 どうも俺の救済行動を見ていたらしく、夏海がイチャモンをつけに来た。

「それに説明が必要か?」

 本当にそれに説明が必要か?

「まだ布教用のはいくつかあるんで、別にいいんスけどね」

 夏海がトートバックから個別に包装された同様の紙袋をとりだしたので、俺は躊躇なくバックごと奪い取る。

 そして、再びカツカツと釜戸の方へ足を運んで残りの全てを火の中へ放り込んだ。

「あ、あ、あーー!!!」

 追いかけてきた夏海が手を伸ばし阻止しようとするも、それは叶わなかった。

「全部燃やしちゃうなんで渡辺さん酷いッスよ……まあ、恭子ちゃんを同士に加えられなかったのは残念スけど、今日のノルマは達成できたことですし、良しとするッス」

 夏海のぼやきが気になり、ふと女子高生連中を見てみると、燃やされずに手渡ってしまった本を目をギラギラさせながら読んでいる子たちが幾人か存在した。

 南無三、俺は自身の無力を思い知る。恭子の友達の全てを救うことができなかったようだ。


 とりあえず夏海を向こう一ヶ月間、我が家へ出禁にしておいた。
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