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第参章 水龍神様と涙雨の巫女と小さな龍の雫!~パパママ神様、今日も育児に奮闘中です!~
第22話 収穫祭と小さな願い、そして優しすぎた大失敗
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水見里の収穫祭当日は、雲一つない、とは言えないまでも、過ごしやすい秋晴れに恵まれた。
社殿へと続く参道には、村人たちが持ち寄った野菜や果物がずらりと並び、手作りの料理のいい匂いが漂ってくる。子供たちは走り回り、大人たちは酒を酌み交わし、村中が一年で一番の笑顔に包まれていた。
「わあー! おまつり、すごいねぇ、お母様!」
「ふふ、本当ね。みんな、すごく楽しそう」
私の手をぎゅっと握りしめながら、娘の雫が目をキラキラさせている。水晶様は、そんな雫を肩車して、いつもより少しだけ口元が緩んでいるように見える。うん、幸せだ。この光景を守るために、私たちは頑張ってきたんだ。
「水晶様、あそこの焼き団子、美味しそうですよ!」
「…ああ。買ってくるか」
「しずく、おだんごたべるー!」
そんな和やかなやり取りをしていた、その時だった。
東の空から、ぽっかりと、一つだけ灰色の雲が流れてきて、お祭りで賑わう広場の真上に影を落としたのだ。
「おや、少し雲行きが怪しくなってきたかな?」
村人の一人が空を見上げて呟く。パラ…パラ…と、ほんの数滴だけ、雨粒が落ちてきた。
「あめさんだー」
雫が、水晶様の肩の上で空を見上げる。そして、次の瞬間、ぱっと顔を輝かせた。
「しずく、おてつだいしゅる!」
「え、雫!? ちょっと待っ――」
私の制止の声も間に合わない。
雫は、水晶様の肩の上で、小さな両手をぐっと空に突き出した。彼女の純粋な願い――「お祭りが雨で中止になりませんように! みんなが楽しめるように、もっといいお天気になぁれ!」――が、彼女の体に秘められた強大な神力と結びついてしまったのだ!
雫の体から、ふわりと優しい光が放たれる。すると、頭上にあった雨雲は、まるで魔法のようにすうっと消え去り、代わりに小さな、可愛らしい虹が架かった。
「おお! 虹だ!」
「さすがは水龍様のお子様だ!」
村人たちから、歓声が上がる。私も、ほっと胸をなでおろした。
(よかった…! 上手くいったみたい…って、あれ?)
だけど、おかしい。虹が消えた後も、太陽の日差しが、どんどん、どんどん強くなっていく。じりじり、と肌を焼くような熱気。さっきまでの涼しい秋風はどこへやら、まるで真夏に戻ったかのような、むわっとした空気が広場を包み込み始めたのだ!
「な、なんだか、急に暑くなってきたな…」
「おい、見てみろ! お供え物の果物が、もう傷み始めてるぞ!」
「あちちち…! このままじゃ、日射病になっちまう!」
広場は、さっきまでの和やかな雰囲気から一転、うだるような暑さと混乱に包まれていた。
水晶様は、いち早く事態を察知し、すっと片手をかざして、広場全体にひんやりとした冷気を送り始めた。さすが私の旦那様、対応が早い!
でも、雫の力の暴走は、それだけでは収まらなかった。
「う、うぅ…? なんで…? しずく、いいおてんきにしたかっただけなのに…」
自分の力が思った通りにならなかったことに、雫の大きな瞳が不安そうに揺らめく。その感情に呼応するように、太陽の熱気はさらに勢いを増していく!
「雫! もういいのよ!もう十分だから、力を解いて!」
私が必死に呼びかけると、雫は泣きそうになりながら、ぶんぶんと首を横に振った。
「やだ! もっと、もっといいおてんきにしゅるの! みんな、よろこんでくれるもん!」
(違うの、雫! もうみんな喜んでないの! むしろ悲鳴なのよぉぉぉ!)
その時だった。
暑さでぐったりしていた村のおばあさんの一人が、悪気なく、本当に悪気なく、呟いた言葉が、私の耳に届いてしまった。
「まあ…なんちゅう力じゃ…。まるで…化け物じみとるわい…」
「ッ!!」
その言葉は、小さな小さな刃物となって、雫の純粋な心を、深く、深く傷つけてしまった。
雫の顔から、さっと表情が消える。彼女の体から放たれていた光が、まるで壊れたみたいに明滅し始め、そして――プツン、と完全に消えた。
同時に、異常なほどの暑さも嘘のように収まり、広場にはただ、気まずい沈黙と、傷んでしまった供え物の悲しい匂いだけが残った。
***
その夜。
収穫祭は、結局中止同然のまま終わりを迎えた。
家に帰ってきてから、雫は一言も口をきかず、自分の部屋の隅っこで、膝を抱えてうずくまっているだけだった。
「雫…? ご飯、食べないの? あなたの好きな、お団子もあるのよ?」
「…………」
返事はない。ただ、小さな肩が、小刻みに震えているだけだ。
「……そっとしておいてやれ、萩乃」
水晶様が、静かに私の肩に手を置いた。その表情は、いつものクールさの裏に、深い苦悩と、そして父としての無力感が滲んでいるように見えた。
「でも、水晶様…! あのままじゃ、雫が…!」
「今のあの子には、どんな言葉も届かん。…自分の力の大きさと、それがもたらした結果に、誰よりもあの子自身が打ちのめされているのだ」
分かってる。分かってるけど…!
部屋の隅で、小さな影となってしまった娘の姿を見ていると、胸が張り裂けそうだった。
「みんなと違う」という、残酷な現実。良かれと思ってしたことが、最悪の結果を招いてしまったという、深い絶望。
それは、かつての私が経験した痛みに、少しだけ似ているのかもしれない。
(どうすればいいの…? 私に、この子にしてあげられることは、一体何…?)
私は、固く閉ざされた娘の部屋の扉の前で、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
神様である夫も、奇跡を起こした巫女である私も、たった一人の愛する娘の心の傷の前では、あまりにも無力だった。
そして、この時、私たちはまだ知らなかった。
傷つき、孤独に沈んだ娘の心に、甘い言葉で囁きかける、新たな黒い影が、すぐそこまで忍び寄ってきていることを――。
(次回、忍び寄る妖しい影! 娘の心の隙につけ込む、新たな敵の正体とは!?)
社殿へと続く参道には、村人たちが持ち寄った野菜や果物がずらりと並び、手作りの料理のいい匂いが漂ってくる。子供たちは走り回り、大人たちは酒を酌み交わし、村中が一年で一番の笑顔に包まれていた。
「わあー! おまつり、すごいねぇ、お母様!」
「ふふ、本当ね。みんな、すごく楽しそう」
私の手をぎゅっと握りしめながら、娘の雫が目をキラキラさせている。水晶様は、そんな雫を肩車して、いつもより少しだけ口元が緩んでいるように見える。うん、幸せだ。この光景を守るために、私たちは頑張ってきたんだ。
「水晶様、あそこの焼き団子、美味しそうですよ!」
「…ああ。買ってくるか」
「しずく、おだんごたべるー!」
そんな和やかなやり取りをしていた、その時だった。
東の空から、ぽっかりと、一つだけ灰色の雲が流れてきて、お祭りで賑わう広場の真上に影を落としたのだ。
「おや、少し雲行きが怪しくなってきたかな?」
村人の一人が空を見上げて呟く。パラ…パラ…と、ほんの数滴だけ、雨粒が落ちてきた。
「あめさんだー」
雫が、水晶様の肩の上で空を見上げる。そして、次の瞬間、ぱっと顔を輝かせた。
「しずく、おてつだいしゅる!」
「え、雫!? ちょっと待っ――」
私の制止の声も間に合わない。
雫は、水晶様の肩の上で、小さな両手をぐっと空に突き出した。彼女の純粋な願い――「お祭りが雨で中止になりませんように! みんなが楽しめるように、もっといいお天気になぁれ!」――が、彼女の体に秘められた強大な神力と結びついてしまったのだ!
雫の体から、ふわりと優しい光が放たれる。すると、頭上にあった雨雲は、まるで魔法のようにすうっと消え去り、代わりに小さな、可愛らしい虹が架かった。
「おお! 虹だ!」
「さすがは水龍様のお子様だ!」
村人たちから、歓声が上がる。私も、ほっと胸をなでおろした。
(よかった…! 上手くいったみたい…って、あれ?)
だけど、おかしい。虹が消えた後も、太陽の日差しが、どんどん、どんどん強くなっていく。じりじり、と肌を焼くような熱気。さっきまでの涼しい秋風はどこへやら、まるで真夏に戻ったかのような、むわっとした空気が広場を包み込み始めたのだ!
「な、なんだか、急に暑くなってきたな…」
「おい、見てみろ! お供え物の果物が、もう傷み始めてるぞ!」
「あちちち…! このままじゃ、日射病になっちまう!」
広場は、さっきまでの和やかな雰囲気から一転、うだるような暑さと混乱に包まれていた。
水晶様は、いち早く事態を察知し、すっと片手をかざして、広場全体にひんやりとした冷気を送り始めた。さすが私の旦那様、対応が早い!
でも、雫の力の暴走は、それだけでは収まらなかった。
「う、うぅ…? なんで…? しずく、いいおてんきにしたかっただけなのに…」
自分の力が思った通りにならなかったことに、雫の大きな瞳が不安そうに揺らめく。その感情に呼応するように、太陽の熱気はさらに勢いを増していく!
「雫! もういいのよ!もう十分だから、力を解いて!」
私が必死に呼びかけると、雫は泣きそうになりながら、ぶんぶんと首を横に振った。
「やだ! もっと、もっといいおてんきにしゅるの! みんな、よろこんでくれるもん!」
(違うの、雫! もうみんな喜んでないの! むしろ悲鳴なのよぉぉぉ!)
その時だった。
暑さでぐったりしていた村のおばあさんの一人が、悪気なく、本当に悪気なく、呟いた言葉が、私の耳に届いてしまった。
「まあ…なんちゅう力じゃ…。まるで…化け物じみとるわい…」
「ッ!!」
その言葉は、小さな小さな刃物となって、雫の純粋な心を、深く、深く傷つけてしまった。
雫の顔から、さっと表情が消える。彼女の体から放たれていた光が、まるで壊れたみたいに明滅し始め、そして――プツン、と完全に消えた。
同時に、異常なほどの暑さも嘘のように収まり、広場にはただ、気まずい沈黙と、傷んでしまった供え物の悲しい匂いだけが残った。
***
その夜。
収穫祭は、結局中止同然のまま終わりを迎えた。
家に帰ってきてから、雫は一言も口をきかず、自分の部屋の隅っこで、膝を抱えてうずくまっているだけだった。
「雫…? ご飯、食べないの? あなたの好きな、お団子もあるのよ?」
「…………」
返事はない。ただ、小さな肩が、小刻みに震えているだけだ。
「……そっとしておいてやれ、萩乃」
水晶様が、静かに私の肩に手を置いた。その表情は、いつものクールさの裏に、深い苦悩と、そして父としての無力感が滲んでいるように見えた。
「でも、水晶様…! あのままじゃ、雫が…!」
「今のあの子には、どんな言葉も届かん。…自分の力の大きさと、それがもたらした結果に、誰よりもあの子自身が打ちのめされているのだ」
分かってる。分かってるけど…!
部屋の隅で、小さな影となってしまった娘の姿を見ていると、胸が張り裂けそうだった。
「みんなと違う」という、残酷な現実。良かれと思ってしたことが、最悪の結果を招いてしまったという、深い絶望。
それは、かつての私が経験した痛みに、少しだけ似ているのかもしれない。
(どうすればいいの…? 私に、この子にしてあげられることは、一体何…?)
私は、固く閉ざされた娘の部屋の扉の前で、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
神様である夫も、奇跡を起こした巫女である私も、たった一人の愛する娘の心の傷の前では、あまりにも無力だった。
そして、この時、私たちはまだ知らなかった。
傷つき、孤独に沈んだ娘の心に、甘い言葉で囁きかける、新たな黒い影が、すぐそこまで忍び寄ってきていることを――。
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