悪役令嬢と断罪されたはずなのに、攻略対象全員が「以外ありえない」と言ってきます

ゆっこ

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夜風に冷やされた庭園は、さきほどの大広間とは別世界のように静まり返っていた。
けれど、私の心臓は静まるどころか、むしろさっきよりもうるさい。

だって。

私の周囲を固めるのは、ルーファス、レオンハルト、ユリアン、そしてシリル。
誰一人として離れようとせず、それぞれが「自分こそ隣に立つべきだ」と言わんばかりの眼差しを向けてくる。

「……落ち着いてください。私は一人しかいませんから」
必死で笑顔を作ってみせたが、効果は皆無だった。

「だからこそ、譲れない」
真っ先に返したのはルーファスだ。
知的な顔に珍しく熱が差し、眼鏡の奥の瞳は真剣そのもの。

「リディア様の知識と聡明さを理解できるのは私だけです。政務の補佐も共にできる。あなたが隣に立つなら、私は必ず国を導ける」

「おい、堅苦しいことばかり言うなよ」
レオンハルトが一歩踏み出し、私を庇うようにルーファスとの間に立つ。
「リディア様に必要なのは守る力だ。俺なら命を賭けてでも守れる。剣に誓ってな」

「守るだけでは足りません」
今度はユリアンが静かに言う。
「人は心が弱るときもある。神殿で祈りを共にすれば、必ず癒やされます。リディア様には安らぎも必要なのです」

「……ふむ」
最後に口を開いたのはシリル。
月明かりに銀の髪を揺らしながら、わずかに唇を歪める。
「お前たち、見ていて滑稽だな。結局、誰もリディア嬢を得られはしない」

「なに……?」
三人が同時に睨みつける。

「彼女を手にするのは、この私だ。愛しているから……では足りない。私はリディア嬢を妻として迎え、この国ごと連れて行く」

「……っ!」
呼吸が止まった。

国ごと?
さすが隣国の王子、スケールが違いすぎる。

「待て。外交問題を引き合いに出すな!」
ルーファスが眉をひそめる。

「それが現実だ。誰よりも強い立場で彼女を守れるのは私だけだ」

四人の間にピリピリとした空気が走る。
まるで剣を抜く直前の騎士たちみたいに、互いを牽制し合っていた。

私はといえば、完全に蚊帳の外。
いや、むしろ四方から迫られて逃げ場がない。

「ちょ、ちょっと皆さん! 喧嘩をしないで!」
両手を広げて止めようとするが、誰も譲る気配はない。

「リディア様。私を選んでください」ルーファス。
「俺だ。お前を幸せにできるのは」レオンハルト。
「共に祈りを」ユリアン。
「私の隣へ来い」シリル。

「…………」
息が詰まった。

どうしてこんなことになってるの?
断罪イベントのはずが、逆に求愛イベントで取り合いなんて――。



と、そのとき。

「――こんな茶番、認めん!」
鋭い声が響いた。

振り返ると、顔を怒りで歪めたアルベルト殿下が立っていた。
クラリッサを伴い、庭園まで追いかけてきたのだ。

「殿下、もうお引き取りください」ルーファスが冷たく告げる。
「リディア様は無実です。これ以上の侮辱は許されません」

「無実なものか!」
アルベルトは吐き捨てるように言い、クラリッサの肩を抱き寄せる。
「リディア、お前はこの女を妬んで虐げた! 悪役令嬢としての罪を償え!」

……まだその設定を押し通すつもり?
正直、呆れを通り越して笑いそうになった。

だが、クラリッサの目が一瞬ギラリと光る。
その顔には涙ではなく――怒りと焦りが混じっていた。

「殿下。わたくしに任せてくださいませ」
小声で囁いた彼女は、すぐに私へ向き直り、芝居がかった声を上げる。

「リディア様! あなたはどうしてわたくしを目の敵になさるのですか? ヒロインであるわたくしを妬むのはやめてくださいませ!」

……ヒロイン。
また言った。

さっきは言い間違いで誤魔化したけど、今度ははっきりと。
しかも、まるで自分が役割を知っているみたいに。

「クラリッサ……あなた、一体――」
問いかけかけた瞬間、彼女の顔が歪んだ。

「あなたさえいなければ! 攻略対象は全員わたくしのものなのに!」

――攻略対象?

その単語に、四人が同時に私を見た。
視線には「聞き間違いか?」という疑問が宿っている。

私は震える唇で呟いた。
「……やっぱり、この世界はゲームだったんだわ」

場の空気が凍りつく。

アルベルトは意味がわからないという顔をしていたが、クラリッサは歯ぎしりし、私を睨みつける。

「そうよ! これはわたくしがヒロインの物語! あなたは悪役令嬢で、断罪されるべき存在なの!」

「……っ!」

彼女の叫びに、私の背筋が冷たくなる。
でも同時に、胸の奥で何かが燃えた。

――ふざけないで。
私は、ただ筋書き通りに破滅するために生きてるんじゃない。

「リディア様」
すぐそばから声が降りた。
ルーファスが真剣な眼差しで、私の手を取る。
「信じてください。どんな物語だろうと、私が選ぶのはあなただ」

「俺もだ」
レオンハルトが剣を抜き、光を反射させる。
「誰がヒロインだろうが関係ない。俺の心は一つだけだ」

「神の御心も、クラリッサ嬢ではなく、あなたに宿っている」
ユリアンが微笑む。

「物語? ならば私が書き換えてやる。リディア嬢を愛する王子としてな」
シリルが挑発的に笑った。

……全員、迷いなく私を選ぶ。
クラリッサが叫ぶ「ヒロイン」という言葉すら、彼らには響かない。

「な、なんで……! わたくしは特別で、愛されるべきヒロインなのに……!」
クラリッサは絶叫した。

その姿を見て、私は思った。
――彼女が自称するヒロインこそ、この物語の本当の悪役かもしれない。



月明かりの下、剣と祈りと愛と権力が交錯する。
筋書きは完全に崩壊し、新しい物語が始まろうとしていた。

けれど、それがどんな結末を迎えるのかは――まだ誰にもわからなかった。
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