「いらない」と捨てられた令嬢、実は全属性持ちの聖女でした

ゆっこ

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ヴァルガドと唇を重ねたまま、しばらく時間が止まっていた。

こんなに長いキスがあるなんて知らなかった。
ただ触れているだけなのに、身体の奥が熱くなる。

「……慣れよ」

彼が私の唇をそっと離し、額にキスを落とす。

「リリアーナは少し触れただけで震える。可愛い」

「そ、そんな……からかわないで……!」

「からかってなどいない。事実だ」

低く掠れた声で言われると、反論できない。

もう、どうしたらいいの。

ヴァルガドに抱き締められながら、私は自分の鼓動を落ち着けようと深呼吸した。

「……アレクシス様、悲しそうな顔をしていましたね」

ふと、さっきの光景が脳裏をよぎった。

「後悔する顔だ。お前を捨てたことを悔いている」

「でも……だからといって、戻るつもりはありません」

私はきっぱり告げる。

「そうだ。それでいい」

ヴァルガドの大きな手が、優しく髪を撫でた。





翌朝。
神殿の外で、私は魔力の制御訓練をしていた。

炎・氷・風・雷――
属性を一つずつ呼び出すと、空中で美しく形を変えて踊る。

(すごい……昨日よりずっと上手く使える)

「集中しすぎるな。まだ暴走の危険がある」

声の方を振り返ると、ヴァルガドが腕を組んで立っている。

「大丈夫ですよ、ヴァルガドがいてくれるから」

「……その言葉、信じよう」

ほんの少し照れたように視線を逸らす姿が可愛い。
――竜なのに。

(好きだなぁ、この人の全部)

ぼんやり見惚れてしまうと、ヴァルガドがこちらへ歩み寄ってきた。

「……見るな」

「見てません!」

「嘘だ。体温が上がっている」

「やめてよその能力!!」

彼はくくっと喉で笑った。

そして、私の手をそっと握り、

「リリアーナ。力を人のために使う覚悟はあるか?」

「人の……ため?」

私は考え込む。

拒絶された世界のために、力を振るうべきか。
それが正しいのか――

「……まだわかりません。でも……」

目の前の彼をまっすぐ見つめる。

「あなたのためなら、どんな力でも使えます」

ヴァルガドの瞳が一瞬揺れた。

「……危険な言葉だ」

「どうして?」

「私は欲深い。お前が“私のためだけに”生きると言うなら……閉じ込めたくなる」

ぐいっと腕を引かれ、胸元へ引き寄せられる。

「冗談……?」

「冗談ではない」

息が触れそうな距離。
私の喉が小さく鳴る。

(ああ、もう、この人……)

さらなる熱が走りそうになった、その瞬間――

「――失礼します」

静かな声。

振り返ると、黒い外套を羽織った青年が立っていた。

長い銀髪。透き通るような青い瞳。
ただの人間じゃない、そんな空気。

「……誰?」

ヴァルガドが唸るように言う。

「我は《神殿の騎士》、レオン・アルヴェインと申します」

青年は丁寧に頭を下げた。

「――聖女リリアーナ様。お迎えに参りました」

「お迎え?」

「神殿は、真なる聖女をお守りせよという神託を受けました。どうか私たちと共に――王国を救ってください」

王国を、救う……?

それは、私が放り出された場所。

そこに――戻れと?

躊躇う私を、ヴァルガドが守るように抱き寄せる。

「帰る必要はない。あんな国、滅ぼしてやればいい」

「お待ちください。聖女様は救世の象徴……」

「ふん、人間が勝手に崇めているだけだ」

レオンの眉が僅かに動く。

「竜よ、あなたがいくら強大でも……これは神意。逆らうことは許されません」

「許しなどいらない」

二人の視線が空気を裂く。
ただの会話なのに、氷の刃が飛び交うような緊張感。

「レオンさん。私は――」

言いかけた時。

「リリアーナ!!」

叫び声が森に響いた。

(え――)

現れたのは、ボロボロになったアレクシス。

「やっと……見つけた……」

彼は膝をつき、必死に手を伸ばす。

「戻ってきてくれ……頼む、リリアーナ……私が悪かった……!」

その声はかつて私が恋した優しい声に、少し似ていた。

「王都は……今、混乱している。ミレイユが……“闇堕ち”したんだ……!」

「闇堕ち……?」

「お前の力を奪おうとして……禁術に手を出した。今や手が付けられん……!」

息苦しそうにアレクシスは続ける。

「リリアーナ、お前が必要なんだ。どうか……どうか助けてくれ……!」

かつて私を「いらない」と捨てた人が、今は――必死に求めている。

その事実に、胸のどこかが冷めていく。

「……今さら何を言っているのですか」

私はアレクシスを見下ろした。

「私を捨てたのは、あなたです」

「そ、それは……あの時は、知らなかったんだ! お前が聖女だって……!」

「知らなかったのは、あなた自身でしょう?」

アレクシスの顔が歪む。

ヴァルガドが私の肩を抱き、宣言する。

「リリアーナは私の伴侶だ。二度と差し出させない」

アレクシスは拳を震わせながら叫んだ。

「なぜだ……! 俺よりも、竜なんかを選ぶのか……!?」

その愚かな問いに――私は迷いなく答えた。

「はい。彼は、私を捨てなかったから」

アレクシスは唇を噛み、やがて伏せた。

「……わかった。俺は、お前に償う」

涙を落としながら立ち上がる。

「ミレイユを止めなければ……。神殿の騎士よ、援護してくれ!」

レオンが小さく頷いた。

「リリアーナ様、あなたのお力が――どうか王国を救うと信じています」

アレクシスとレオンが急ぎ足で去っていく。

残された私は――震える手で胸を押さえた。

ヴァルガドがそっと抱き寄せる。

「戻るつもりか」

「……わかりません。でも」

私は顔を上げる。

「誰かの“依存”のためじゃない。私が、自分の意思で決めたい」

「なら、私はその選択を尊重する」

ヴァルガドは、私の手の甲にくちづけた。

「だが忘れるな。どんな道を選んでも――私はお前を手放さない」

心臓が跳ねた。

(絶対、と言い切ってくれる。……嬉しい)

「ヴァルガド。もし私が王国に力を貸すと言ったら、あなたは……怒りますか?」

「怒りはしない。ただ」

「ただ……?」

もう一度抱き寄せられる。

「戦場での嫉妬を、お前に押し付けるかもしれん」

「嫉妬……?」

「これ以上、お前が他の男に頼らぬように。私を選び続けるように」

その瞳には――私への欲だけが宿っていた。

(ずるい。そんな風に言われたら……)

迷う気持ちを、簡単に連れ戻してしまう。

「……私も、あなたを選び続けたい」

その言葉にヴァルガドは小さく笑った。

「なら、決めろリリアーナ。どちらの未来を選ぶ?」

私は深呼吸し、真っすぐに答えた。

「――王都へ行く」

そう言った瞬間。
ヴァルガドの表情がゆっくりと変化する。

「いいだろう。ならば私も行く」

「え?」

「お前を一人で行かせると思ったのか?」

キスで蓋をするように、唇を重ねられた。

「戦場だろうと、王都の中心だろうと。私はお前の隣にいる」

胸が熱くなる。

私は決めた。

私を捨てた人たちに――また後悔させる。
今度は、誰にも言い訳できないほどに。

ヴァルガドと共に、私は空へと舞い上がる。

向かうのは、私が追放された場所。
今や、救いを求めて泣き叫ぶ王国へ。

私は、新しい力に満ちた声で告げた。

「さぁ――見せてあげましょう。
“いらない”と言われた私の、本当の力を」

闇堕ちした元・自称聖女ミレイユとの対決が
今、幕を開けようとしていた。
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