大魔導士は果てのない愛を金の環にこめて

柳葉うら

文字の大きさ
29 / 34
第三章 運命を巡らせる金の環

05.報せ

しおりを挟む
 その日の夜、めずらしく急な来客があった。
 ドリスさんと一緒にお茶を飲んで談笑していたら、蒼白になった執事がやって来てドリスさんを連れ出してしまう。

(エドが留守なのに来客?)

 大きな違和感が横たわり、胸の中にざわりとした感覚が広がる。

 戻ってきたドリスさんもまた執事のように蒼白で足元が覚束ない。
 倒れそうな体を支えると、わたしの肩に顔を埋めて泣き出した。

「騎士団から派遣された騎士様だったよ。旦那様が率いる部隊が……魔物の襲撃に巻き込まれたそうなんだ!」
「そんな……!」

 敵軍が魔物を戦場に持ち込んで放ったようで、不意打ちの作戦にエドたちは苦戦しているらしい。

 冷たい手で心臓を撫でられたような心地がした。
 頭の中が真っ白になり、ただ茫然と立ち尽くすことしかできなかった。

 そう、何もできないのだ。

 遠く離れた場所でエドの身に危険が迫っているのに、わたしはただこの部屋で帰りを待つことしかできないのが悔しい。

(ああ、なんて無力なの)

 悔しさと悲しみが綯交ぜになり、視界が滲んで目の前の景色は輪郭を失う。
 ドリスさんと一緒に涙が枯れるまで泣いた。
 真夜中になってドリスさんに眠るよう促されたけれど、布団の中に入っても全く眠れなかった。

「……このまま朝まで読書でもしましょうか」

 本棚に寄りかかると、ドサリと音を立てて、大魔導士シンシアの日記帳が床に落ちた。
 おもむろに手に取り開いた瞬間に、日記帳の真っ白な頁の上にインクが滲むようにして文字たちが現れる。

 とてつもなく高度な魔法なのだろう。
 この日記帳は私以外の人間がいるとたちまち文字を消してしまう。

(エドが帰ってきたらこのことを話そう。これが大魔導士シンシアが付与した魔法のせいであるのなら、エドが喜ぶかもしれない)

 まだ読めていなかった後半部分に視線を走らせる。
 そこには相変わらず淡々と日々の記録や仕事について綴られていたが、ダレンが居た時に比べると無機質なものだった。

 大魔導士シンシアはダレンの求婚を拒んだとはいえ、愛していないのではないだろう。
 愛の種類が異なっていただけで、彼を深く愛していたに違いない。

 頁を捲っていると、ダレンの名を見つけた。

『ダレンが戦地に送られるらしい』

 その一文を読んで、心臓がどくりと脈を打つ。
 戦争の二文字が他人事のように思えず、食らいつくように続きに目を走らせる。

『別れの挨拶をしに来たダレンに契約魔法を使ってくれと頼まれたが、拒否したら逆に魔法をかけられてしまった。本気を出したダレンにはもう敵わないのだと、力の差を見せつけられてしまった。ダレンが戦争から帰ってきたら、大魔導士の座を彼に譲ろう』

(偶然、なのかしら?)

 昼に見た夢に出てきたあの光景も、ダレンが《おししょうさま》に契約魔法を使ってもらおうとしていた。
 
 それからは戦況について書かれている。
 弟子のことがとても心配だったのだろう。ダレンを想う記述も必ず一緒に書かれている。

 日記によれば、ダレンが率いる部隊は順調に敵軍を追い込んでいるようだった。
 この調子だとすぐに戦争が終わりそうだと、安堵する記述がある。

『あの子が帰ってきたら、好物のクリーム煮を作って夕食に招待しよう』

 そのような微笑ましい一文を見て頬が緩む。
 ――しかし、次の頁を捲った途端、これまでにないほど異質な書き込みがされており、嫌な予感がした。

 インクが酷くにじんでおり、書き殴られた文字たちには彼女の激しい感情が込められているようだ。

(一体、何があったの?)

 文字をなぞる指先が震える。
 そこに書いてあったのは、絶望だった。

『ダレンが戦死した、と連絡があった。私はもう、あの子に会うことができない。こんなことになるのなら破門するべきではなかった。結婚でもなんでもしたらよかった。あの子が望む通りにしてでも、一緒に居るべきだったんだ』

 日記の上に雫が落ちる。散々泣いたのにまだ涙が出てくるのか、と苦笑した。
 目元を拭い、日記の続きを読む。

「この金の環が本当に来世でも、ダレンに会わせてくれるのだろうか?」

「仮に出会ったとして、この記憶や想いは全て来世の私に受け継がれているのだろうか?」

「もし記憶がなかったら私はダレンに謝ることができない。この気持ちを伝えるために、魔法でこの日記帳に記憶を刻み込もう」

 日記の最後には複雑な文様が描かれている。
 指先で触れると文様が光り、わたしの体を包み込んだ。

 眩さに目を閉じると、瞼の裏に金色に光る環が現れる。
 しかしその形は完全なものではなく、環になる途中のようだ。

 わたしの目の前で、欠けていた箇所がみるみるうちに補われていく。

「そういう、ことだったのね」

 金色の光は完全に繋がり、私の意識は元居た部屋に戻ってきた。
 エドが用意してくれた姿見を覗けば、瞳の中に金色の――フェデーリタースの環が現れている。

「大魔導士シンシアは――、私のことか」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。

あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。 宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。 対極のような二人は姉妹。母親の違う。 お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。 そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。 天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。 生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。 両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。 だが……。運命とは残酷である。 ルビアの元に死神から知らせが届く。 十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。 美しい愛しているルビア。 失いたくない。殺されてなるものか。 それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。 生まれてくる価値のない、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。 これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

転生者と忘れられた約束

悠十
恋愛
 シュゼットは前世の記憶を持って生まれた転生者である。  シュゼットは前世の最後の瞬間に、幼馴染の少年と約束した。 「もし来世があるのなら、お嫁さんにしてね……」  そして、その記憶を持ってシュゼットは転生した。  しかし、約束した筈の少年には、既に恋人が居て……。

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

死にキャラに転生したけど、仲間たちに全力で守られて溺愛されています。

藤原遊
恋愛
「死ぬはずだった運命なんて、冒険者たちが全力で覆してくれる!」 街を守るために「死ぬ役目」を覚悟した私。 だけど、未来をやり直す彼らに溺愛されて、手放してくれません――!? 街を守り「死ぬ役目」に転生したスフィア。 彼女が覚悟を決めたその時――冒険者たちが全力で守り抜くと誓った! 未来を変えるため、スフィアを何度でも守る彼らの執着は止まらない!? 「君が笑っているだけでいい。それが、俺たちのすべてだ。」 運命に抗う冒険者たちが織り成す、異世界溺愛ファンタジー!

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 【ご報告】 2月28日より、第五章の連載を再開いたします。毎週金・土・日の20時に更新予定です。 また、誤字脱字の修正および一部表現の見直しを行いました。ただし、記載内容の趣旨に大きな変更はございません。 引き続きよろしくお願いいたします。

処理中です...