【本編完結済】うろ覚えの転生令嬢は勘違いで上司の恋を応援する

柳葉うら

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侯爵きっと裏ボス説

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 図書塔に帰ると、私とエドワール王子は侯爵の執務室に通されてそこで王宮で起こったことを報告することになった。

 王子殿下は、私が本を通して隠された歴史を知ったこと、女神の愛し子であることが判明したことを説明してくれた。その間、侯爵の顔をちらと見たが、彼は表情を変えず淡々と話を聞いている。微塵も驚いていないようだ。

 王宮で国王陛下から愛し子について聞いた時のエドワール王子や側近の浮足立つような反応とは対極的である。

 まあ、なんでもできる候爵からすると女神の愛し子くらいじゃ何も特別さを感じないかもしれないわね。裏ボス級に強いお方なんだから。

 エドワール王子の説明が終わると、沈黙が降りて重たい空気が流れる。侯爵に名前を呼ばれ、私は隣に座っている彼の方に顔を向ける。彼は、神妙な面持ちで私を見た。

「モルガンについて、君に隠していたことは申し訳なく思う」
「いえ、そうそう話せる内容ではないと分かっています」

 ハワード侯爵はすっと目を細くしてエドワール王子に視線を移す。

「フェレメレンへの協力要請は私を通せよ?間違っても今回みたいにお茶会の招待状の中に潜り込ませるなよ?」
「ディランとエルランジェ嬢は恐ろしく勘が鋭いよなぁ。本当はこれから何が起きるのかわかっているんじゃないか?」
「お前のツメが甘いだけだ」

 お茶ぐらい良いじゃん~と文句を垂れる王子殿下に対して侯爵はダメだと一蹴した。

「愛し子の仕事と称して不要なことで呼び出すなよ?」
「怖いなぁ~。束縛が強いと嫌われるぜ?」

 エドワール王子が煽るように言うとハワード侯爵の眉根が微かに寄せられる。王子殿下が塔を出てゆくと、ハワード侯爵はまた塩を撒いていた。

 この人、見送りの時に既に塩の瓶持ってたよ。

   ◇◇◇

 王子殿下も戻られたことだし、私はノアに王宮での出来事を話すことにした。

 10階に行くと、ノアはいつものように床に寝っ転がって本を読んでいる。

 苦しくなると分かっていても活字を追い、自分を締め上げてきたのだとおもうと胸が苦しい。もう読むのをやめて欲しかった。言葉に表せる感情もそうでないものも瞬時に湧き上がり、私の喉を詰まらせて塞ぐ。

 絞り出すような声で、彼を呼んだ。

「……ノア」
「ん?」
「私、全部きました」
「そんな顔してるね」

 困ったような笑顔で、彼は私を見た。本を閉じて、大儀そうに起き上がる。私の目の前に立つと、しゃがんで目線を合わせて両掌で私の頬を撫でる。なんだか、小さい子にするような接し方だ。そう思っているからなのか、ノアの瞳がとても優しく映る。

 初めて出会った日の妖艶さや、本の中で見た神秘的な瞳とは違った。

「悲しそうな顔するなよ。あれ?もしかして俺って可哀そう?って思っちゃうじゃん」
「ノアの罪じゃないのに……」
「でも、俺しか負えない罪だと思ってるよ」

 罪は負える人が償うものじゃないですよ?

 そう言い返そうとすると、彼は私の頬を抓ったり押したりして遊び始めた。完全に、話を逸らそうとしている。人の気も知れず誤魔化してくるのがむっとしたので、彼の両手を掴んで止めた。

「セレスティーヌ王女殿下と約束しました。必ずノアを助けるって」
「もぉ~シエナちゃん、いたずらにそんなこと言っちゃダメだよ?」

 ノアは気が抜けたような声を上げると私の肩に顔を埋めた。

「今だけ甘えさせて?」
「今だけですよ?」
「そういうところ本当にセレスティーヌに似ているなって前から思ってたんだよねぇ~。あと本を見て目を輝かせているところとか」

 かすかに体重をかけられるとノアの髪がさらさらと頬をくすぐる。

 ふと、視界の端に人影が見えた。ものすごい眼力でこちらを見ているハワード侯爵だ。目が合った瞬間、彼の眼力はすっと消えて奇妙な一拍があった。その間に侯爵が何を考えていたのかと思うと恐ろしい。身構えていると、彼は私の腕を掴んでノアから引き離す。

「はーいはいはい、何をしているんだ2人とも!」
「シエナちゃんに泣かされました」
「ノアがほっぺ抓ってきたからですよ」
「じゃあ仲直りして解散だ」

 私とノアはハワード侯爵に手を添えられて握手をした。予想外の出来事に私は思考が停止しかける。

 侯爵、どうしちゃったんですか?

 呆気に取られていると私は侯爵に手を引かれて2階の執務室に連れていかれた。普段は開けっ放しの扉が閉められると、いよいよこれ忠告か?と思いゴクリと唾を呑み込む。
 
 私は扉と侯爵に挟まれ、なんなら背中は扉に当たっていてこれ以上の逃げ場がない。

「束縛ではないが……君は私の婚約者となるのだから気を付けてくれ。束縛ではないのだが」
「申し訳ございません。先ほどの状態を誰かに見られたら疑われてしまいますよね」
「……全くわかっていないようだな」

 いえ、わかっています。すごく回りくどいけど、侯爵のノアに不必要なスキンシップを取るなという事ですよね?嫉妬しちゃうから。

 わかっていますよ!といった顔でしっかりと侯爵の目を見たのだが、半眼になった顔が近づいてくる。その迫力に気圧され後ろに下がると、扉が押し返してくる。あっという間に、侯爵の頭が視界の端にまで距離を詰め、肩に乗っかってきた。

 彼の頭の重みに気づいた途端、頭から湯気が出そうなほどに顔中が熱くなっていく。頭の中がこんがらがり、とり敢えず香水か何か良い香りがするなと思った。
 しかしその頭がもぞりと動くと、落ち着かない気持ちになる。

「距離の取り方には気を付けるように」
「わかりました……」
「君がモルガンの過去を知ってどうにかしたいと思うのは分かっている」
「愛し子の力ならどうにかできるかもしれないんです」
「明日は神殿に行って関連文献を探そうと思ったんだろ」
「?!はい」
「アフタヌーンティーの時間に抜け出すつもりで」
「どうしてそれを?!」
「ちょっと多めに菓子を持って来たらどうにかなると思ってる」
「うっ……」

 ちらっと頭に思い描いていた予定をことごとく言い当てられて、背中を冷汗が伝う。侯爵の頭が揺れてクスクスと笑う声が耳に届く。なんだか心をかき乱されているような、くすぐられているような感覚に困惑してしまう。

 彼は頭を離すと私の手を掴んでいた手を離し、その甲で私の頬をなぞった。

「君は私に隠し事ができない」

 反則級に艶やかな微笑みを向けられてしまい息を呑んだ。

 侯爵、どうしちゃったんですか?

 やっとの思いでまとめた考えがそれだ。
 それっきり、侯爵は「仕事に戻るぞ」と言って扉を開けると執務机に向かい何事も無かったかのように資料を読み始めた。 

 侯爵はノアと同じことをしていたはずなのに何だか、ノアの時と全く違うかった。

 やはりハワード侯爵は裏ボスだ。全く敵いそうにない。
 本当は私の応援なんて不要かもしれない。

 なんだったんだあの表情は?
 なんでもお見通しのような顔だった。

 それから私は仕事を追加されて帰りが遅くなり、侯爵に呼び出されたパスカル様に侍女寮まで送っていただいたのであった。

 明日は神殿に行けそうにない。

 平然と私に仕事を放り込んでくる侯爵の表情は通常運転で、あれは一時のご乱心だったのだろうかと思う。
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