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Find a Way
4・悪役β、それもいい
しおりを挟む日曜日、榊の部屋に注文していたベッドと寝具が届いた。
クイーンサイズのベッドといっても、組み立ての簡単なものを選んだので一人でも難なく設置できた。マットレスは二つ並べるタイプだ。包装の段ボールをまとめると、早速、大の字になって転がり寝心地を堪能する。
引っ越してきてからというもの簡易マットレスの上に寝袋で寝ていたのだ。まだ午前中だが、このまま眠ってしまいそうな心地である。
いけない、と自戒して起きる。あまりだらしなくもしていられない。
明日からいよいよ花園高校での勤務が始まるのだ。
花園高校は県内で一二を争う不良高校で、全日制と定時制に分かれている。榊は定時の出身であったが、このたび勤務することになったのは全日制の方だ。
確かに花園高校は不良の巣窟ではあるが、全日制の入学試験では落ちる者など存在しないくらいにレベルが低い。ゆえにヤンキーではないがどこにも受からなかった生徒、というのも僅かだが存在する。
ちなみに男子高ではないものの、全日の生徒は男子のみである。そして定時はというと、これは男女が混合している。かつての小田桐麗子率いる〔檸檬姐弩〕のメンバーもほとんど花園定時の生徒であった。無論、不良の度合いでいえば定時のほうが数倍上だ。
榊は、社会人なのだから今のうちに規則正しい時間を体に覚えさせておかなければ、と昼まで荷解きや掃除をして過ごす。おかげでリビングはすっかり片付き、空の本棚にも書籍が並べられた。
寝室の他にもう一部屋、玄関を入ってすぐ左に六畳ほどの部屋がある。そこは物置として使うつもりだ。壁沿いに消耗品をストックし、キャンプ用品を含む季節ものを収納しておく。真ん中のスペースはトレーニング用に空けておくことにした。
喧嘩の絶えない御磨花市の花園地区を離れ、県外の上品な都市部に移り住み大学生生活を送ることになった四年前の榊は、あまりの長閑さに辟易したものだった。気分が優れない。
とはいえ自分から喧嘩をふっかけたり、因縁をつけて揉め事を起こしたくはない。暴力が好きなわけでもないのに。高校時代は平和が一番だと身に沁みて分かってはいた。
ではなぜこうも気が沈むのか?
要は運動不足なのだ、と気づいてから筋トレを始めたところ鬱々とした気分は解消された。
それからなんとなく体を動かすサークルにでも入ってみようと考えた。だが勝ち負けのある競技系のサークルともなると、熱中の挙句「昔の血が騒い」でしまう恐れがある。とそこで考えたのが、山登り、キャンプ、といった競わない系のサークルだった。
そして榊は初心者から中級者向けのキャンプサークルに入会した。そこで彼の身に起こった災難は、後に良太へも伝えられることだろう。
片付いたリビングに敷かれたラグマットの上には、仮に、といった佇まいでキャンプチェアが置かれた。
一人ならこれはこれでいいが、やはり良太と座るためのソファが欲しい、と榊は思う。
二人がけ、いや三人がけが丁度いいな、良太は体格がいいから。
横幅はちょっと寝転がれるくらいが目安か。
素材は丈夫で、デザインは渋めのがいいな。
ソファで恋人同士らしい戯れをする機会がないとはいえない。
しかしあまり立派すぎても邪魔になる、ベッドもあることだしそういうことはソファでは──するかな?するかも。
寸法は?デザインは?使用目的は?と良太と使うソファについてあれこれ思いを馳せて、榊は近い未来を思い描く。
αの恋人にΩの番ができるまで、と諦めがつくよう期限を設定したのは自分だ。
そのくせ良太と一緒に居るのは嬉しくて心地よくて、もう別れたくないと思ってしまう。
一番初めに良太から思いを打ち明けられたとき、何かの罰ゲームか下級生の肝試し、あるいは趣味の悪い冗談だと判断して受け流した。
だがどうやら真剣らしいな?と気付いたのはかなり後になってからだ。それも麗子に、
「あの桧村って一年のこと、どうすんの?あいつかなり本気だよ」
と教えられてから。
初対面から良太のことは嫌いではなかったし、むしろ好感を持っていた。なので、そのまま告白を受け入れて付き合っても良かったのだ。
しかし人伝に良太の第二性がαだと聞いた。本人にも確認したところ、やはりαであるという。
それからは彼が何度もめげずに「好きだ」とぶつかってくるたびに感じていた微かな陶酔と甘美な切なさが、心苦しくなってしまった。
相手がαで自分がβである事実に葛藤し、かつてαの男に与えられた屈辱の記憶が強烈な苦味となって、気を緩めるな!と己に警告を発するのだ。
良太には、αはΩと一緒になるべき、βはαを幸せにはできない、と聞かせた。
Ωの紹介所の連絡先も教えた。
Ωに興味が湧くように番の素晴らしさを語った。
βの肉体と精神ではαを満足させられないのだと説いた。
本人の知らぬところで彼の両親とともに対策をし、年下の子供だからと距離を置いた。
でも、何度も告白されて「ダメだ」と断ったけれど、「嫌いだ」と言ったことは一度もない。
こちらの本音を晒さず、かといって嘘を吐いてもいない。学校の先輩として好かれたまま、彼の方から恋愛感情だけを諦めてはくれないだろうか、と都合のいい願望を抱いた。
この浅ましく狡賢いやり方に良太は気付いただろうか。
大学を出て母校の花園高校に配属が決まり、故郷に帰ってきて、車を買い求めに桧村自動車を訪れたのはなぜだったか。車だったら良太の実家でなくても入手できるのに。
麗子からは、良太はまだΩと番っていないと聞いていた。それをわざわざ確かめに行った──いや、番がいないならばチャンスだと、彼が欲しくなったのではないか。
大人になってもなお番のいない良太ならば、まだ自分を恋慕ってくれているかもしれないと淡い期待があったから。
結果として彼はまた告白してくれて、自分はそれを期限付きで受け入れた。
私はもう非力な子供ではない。
相手がαであっても、楽しむ余裕があるはずだ。
多少傷ついたって今ならきっと自己修復できる。
いずれαはΩと番う。
承知の上だ。
どうせ番ができるまでの仮初の恋人。
αのヒーローがΩのヒロインと結ばれて断罪される悪者、なんだっけなそういう役──
悪役令嬢か!私の場合、男だけど。
なるほど悪役ね、それもいいかもな。
最初は、αにとってβなど使い勝手のいい慰み物なのだから、こっちもせいぜい楽しませてもらおう、とそれこそ「悪役」のような気持ちでいたことは間違いない。ドラマや映画に描かれる「運命の番」の乗り越えるべき障害となるβのようにだ。自分たちαとβの組み合わせに未来なんて無いと分かっている。
だがどうにも良太を前にすると悪役たるβの心意気というか、悪の気概みたいなものが暖められて溶けて、消えていってしまうらしい。真っ当な未来ある恋人同士のような錯覚に陥るのだ。
おかげで独りになった時処分に困るようなものまで買ったし、また買おうとしている。
いかんいかん、悪役らしくな。
悪い男として、さあ何をすべきか。
この間言ったこと気になってるだろうな。
抱かれるのに向いていない実績がある──という部分。
今夜にでも薄汚れた私の過去を教えてやろう。
充電器からスマホをとりあげ、キャンプチェアにどっと腰をおろす。
少し浮ついた気分で、寝室に無事ベッドが設置されたことを良太に知らせた榊であった。
午後からは食料品や日用品を買いに出かけた。
地元のスーパーマーケットとドラッグストアで買い物をした帰り、小田桐洋菓子店、通称オダカシに寄る。
菓子を買うついでに、麗子に報告をしておこうと思ったからだ。良太と付き合うことになったと。
「あら、いらっしゃい」
ショーケースの向こう側から麗子が声をかけた。
花園地区に戻ってきた榊が彼女に会うのは今日で二度目だ。一度目と同じく、昔から好物のタヌキケーキと焼き菓子を包んでもらった。
「実はご報告があって」
「なあに?」
「良太と付き合うことになりまして」
と榊が報せると、
「そう!ようやく!」
と麗子は目を見開いた。
「榊くんも腹を括ったってことか」
「そうなるんですかねえ。相手も自分も大人になった、ということで」
「良太はどんな感じよ」
「今のところ、αらしい束縛みたいなものは発揮されてないですね。付き合い始めてからまだ一週間ですけど」
「もし何か困ることがあったら遠慮なく知らせて。あたしはあんた達にβだとかαだとか、そんなことで不幸になって欲しくないからね」
「すみません、この後に及んで」
「いいのいいの。もしあいつが何処の馬の骨とも知れない奴と浮気でもしたら、あたしが捥いでやっからさ」
軽くいうが麗子は本気である。
「あははは、それは自分でやります」
笑っているが榊も本気である。
そうして歓談してからオダカシを後にした榊はアパートへ帰宅した。
日中、ベッドがきたとの一報を受けていた良太は、その日の仕事が終わってからすぐさま榊の部屋へ向かった。
「広いっすね!」
「寝てみ?」
「失礼します!」
大きくバウンドしながら良太がベッドに倒れ込む。その横に榊が静かに横たわる。
「やっぱマットレス、二分割のやつにしといて良かったな。あ、そうだ、隙間パッド買っときゃよかった」
な?と仰向けだった榊が、良太の方へ身をかえす。
真新しい寝具のにおいの中に、榊の身体からシャンプーか、あるいはフレグランスの香りが漂ってくる。高校時代に彼が愛用していたものとは違う品を使っているらしい。今の榊にふさわしい、爽やかさの中に官能的な大人の余裕を含んだ香りだ。
まさかこうも簡単に隣に榊が寝てくるなんて、良太にとっては予想外だった。少し手を伸ばせば簡単に触れられる距離。夢にまで見た「榊さんと一緒に寝る」の状態が再現されている。
ひょっとして誘われてる?
いやしかし、榊さんは俺を抱こうとしているわけで。
このままなだれ込むわけにはいかない。
迫られたら間違いなく、力づくで榊さんを「やられる側」にしてしまう。
それはダメだ。
そもそもシャワー浴びていない、俺は別に全然いいけど。
でも綺麗好きな榊さんは嫌がるだろう。
てかこのサイズのベッドでも実際二人で寝てみると意外と近いな。
にしても榊さん無防備すぎじゃね?
忍耐力を試されてんのかも。
耐えろ俺!!
榊は、狭いか?とか寝る時タオルケット使う派か?とかそんなことを聞くばかりで、残念ながら甘く誘うような仕草は見られない。
「なあ、セックスの話なんだけどさあ」
いきなり直接的な言葉が切り出されたので良太は身を硬くする。といっても下半身の一部分のことではない。
良太はがばりと起き上がってベッドに正座し、
「お、俺は!もうずっと前から榊さんを抱きたいって思ってたんですよ!」
と堰を切ったように喋りだす。
「俺別に男が好きなわけでもないのにゲイの人たちの動画とかSNSとかで、相手に気持ち良くなってもらう方法とか、そういう情報見て勉強してました。そんで一回だけ高校んときに、榊さんとの本番に備えて経験積んどこうと思って、マチアプで出会った慣れてるっぽい人とラブホ行ってみたんですけど、チンポ反応しなくて金置いて撤退したことあります」
榊は寝転んだまま面白そうに良太を見上げて、おお、と言う。
「でも家帰って榊さんの画像見たら全然余裕で反応しました!」
「ははあ」
のろのろと身を起こした榊は胡座をかいて、
「私、明日から花高に出勤だからさ、仕事に慣れるまでその件しばらく保留にしないか?」
と言う。
続けてこう告げた。
「昔、まだ花園に入る前にさ、雪城地区にいた時期があって……」
そこで語られたのは、榊が中学を卒業してから花園高校の定時制へ入学するまでの空白期間に起こった出来事。
良太の推察とはだいぶかけ離れてはいたが、「特定のα」そして「白いビル」で起きた榊の過去であった。
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