からだにおいしい料理店・しんどふじ ~雨のち晴れときどき猫が降るでしょう~

景綱

文字の大きさ
5 / 21
雨のち晴れときどき猫が降るでしょう

人生のやり直し

しおりを挟む

 裕は波音を耳にしながら事故当時のことを思い出していた。もちろん、フォークリフトがぶつかったあとのことは記憶にはない。頭を打って意識不明だったのだから当然だ。

 事故原因もあとから話は聞いた。地面が凍りついていてスリップしてフォークリフトの制御が利かなくなったとのこと。
 運が悪かったってことだ。いや、死んでいたら運が悪いでは済まない。フォークリフトを運転していた新田は会社を辞めてしまったと聞く。辞めることはなかったのに。きっと責任を感じてしまったのだろう。なんだか胸の奥におりが沈んでいく。

 新田とはそれほど親しくはなかったが同僚だ。事故のときどんな顔をしていたのだろうか。少し考えれば顔面蒼白の新田が想像できる。真面目な奴だ。だからこそ、辞めるという選択をしたのだろう。
 事故は新田のせいではない。恨んではいない。不思議なのだがそれが本心だ。もしかしたら恨む気持ちがないのは事故の記憶がほとんどないせいかもしれない。他人事のようにも感じてしまう。どこか脳の回路に異常がきたしているなんてこともあるのだろうか。いや、それはない。検査結果で異常はなかったのだから。
 新田も自分も何も悪いことはしていないのに、なぜこんなことが起きてしまったのだろう。所謂いわゆる、不慮の事故だ。

 過去のことをいつまでもウジウジ考えていてもしかたがない。わかっているけど、つい考えてしまう。
 奇跡的に生還できたことを喜ぶべきだ。唯一の救いだ。それなのにモヤモヤした気分になるのはなぜだろう。やっぱり無職になってしまったせいだろうか。新田に申し訳ない気持ちがあるせいだろうか。考えたところでこれだという答えに出会うことはなかった。
 あの事故は誰の責任でもない。強いて言うのなら自然の責任だろうか。なんだそれって感じだ。

 今、こうして生きている。奇跡的に助かったと言われても正直実感がない。死の淵を彷徨っていたなんて信じられない。フォークリフトが襲って来たのが昨日のことのように思えてしまう。けど現実は違った。事故が起こってから三ヶ月も経っていた。

 ずっと意識不明だったらしい。
 なんとなく三途の川を眺めていたような気もするが、それもただの夢のように感じる。誰かの声が聞こえて振り返ったら病院のベッドだった。
 頭がぼんやりしてなにがどうなっているのか理解するのに時間がかかった。目覚めたときは眩しくてしかたがなかったが、慣れるとそんな眩しがるような明るさではなかった。きっと目の筋肉も衰えてピントを合わせられなかったのだろう。

 死後の世界に自分は足を踏み入れようとしていたのか。不思議なものだ。
 死か。いったい死ってなんだろう。死後の世界って本当にあるのだろうか。あのとき見たものが三途の川で向こう側があの世だとしたら。ちょっとは覗いてみたかった。いや、行ってしまったら戻って来ることはできなかったのか。それなら覗かなくてよかったのか。
 なんだかやっぱりピンとこない。
 それでも死んでいてもおかしくない状況だったのかと思うと震えがきた。

 ある程度体力が回復してからはリハビリの毎日だった。リハビリってやつがあんなにも辛いものだとは思わなかった。まだ、左手に麻痺が残ってしまっているけどあとは事故前と変わりはないくらいまで回復している。厳しくリハビリに付き合ってくれた理学療法士に感謝しなくてはいけない。

「もういい。やめる」

 そう何度口にしたことだろう。車椅子生活でもいいなんて甘えた考えでいた自分が恥ずかしい。そんな厳しいリハビリでも左手だけはうまく機能していない。動くだけマシだと思えればいいのかもしれないけど、人の気持ちはそう単純なものではない。

 医者に言わせれば、どこも異常はみられないし左手の麻痺も治っていておかしくはないらしい。だが、実際に麻痺は残っている。気のせいではない。

 裕は気合を入れようとおもいっきり息を吸い込みパシンと膝を叩いた。そのつもりだった。パシンと響いたのは右手のほうだけだった。やっぱり左手のほうは力が弱い。この痺れはいつとれるのだろうか。気がかりではあるが前向きに考えないといけないだろう。

 それに、いつまでもダラダラとしていたらダメだ。
 左手の痺れを理由にしてはダメだ。前に進まなくてはダメだ。
 左手の痺れも気持ちの持ちようで良くなるかもしれない。もっとリハビリに力を入れよう。気合を入れてギュッと握り拳を作ってみても、今の握力はゼロ近い。
 利き手が右手でよかったとつくづく思う。

 自分の気持ちを奮い立たせてその場に立ち上がる。
 その瞬間、波が大きく盛り上がりザブンと波音を立てた。
 波も『ガンバレ』と応援してくれている。そんな気がした。そうだ、こんなふうに思うほうが自分らしい。
 そういえば、占いでは『チャーハン』もラッキーアイテムだって言っていた。アイテムなのかとの思いはあったが昼飯はチャーハンにしよう。なにかいいことが起きるかもしれない。占いを信じているわけではないが、なにかいいことが起きると期待したい。今はなんでもいいからすがりたくなってしまう。

 今の自分はもしかしたら怪しげな宗教団体に騙されるかもしれない。幸運になる壺とか買ってしまうかも。フッと裕は笑みを零した。きっと大丈夫だ。こんなこと考えているのだから、騙されないだろう。

「おっ、青年まだいたのか」

 出た。謎のおしゃべりお爺さん。

「あっ、今」
「そうか、今、このジジイのこと考えていたんだな。そりゃ光栄だ」

 いや、違う。今帰ろうと思っていたって言おうとしただけだ。

「それはそれとして、まあ、なんだ。まさかとは思うが死のうなんて思っていないだろうな」

 お爺さんが急に笑顔から真顔になってドキッとした。

「ま、まさか」

 真顔のお爺さんの迫力に思わず声が上擦ってしまった。

「ふむ、それならよろしい。青年よ、大志を抱けなんて言葉があるくらいだからな。未来に向けて新たな一歩を進むのだぞ。それじゃな」

 お爺さんは再び笑顔に戻りバシンと背中を叩いてきた。

『それ、痛いんですけど』とは言えずただただ苦笑いを浮かべることしかできなかった。

 気づけば少し先を大笑いしながら歩み進めていた。
 またしても言いたいことだけ言って行ってしまった。いったいあのお爺さんはなんなんだ。それに、『青年よ、大志を抱け』じゃなくて『少年よ……』だろう。
 そう思ったらなんだか笑えてきた。やっぱり不思議な人だ。次会うことがあれば『ありがとう』と言ったほうがいいかもしれない。言えるかはわからないけど。一方的に話されて終わりになる確率のほうが高いだろうから。

 そんなことよりも商店街にでも行くとするか。
 新田の顔がふいに浮かんで消えた。どうしても新田の顔がちらついてしまう。元気にしているだろうか。辞めた会社から新田には自分のことを知らせてもらった。退院する前に連絡していたら、お見舞いにも来たかもしれないけどそうしなかった。やっぱり、どこかで恨んでいるところがあるのだろうか。
 会いたくない。そんな思いがどこかであったのかもしれない。

 そういえば、意識がないときに会社の人がお見舞いにきたと母が話していた。もしかしたら、数人いた会社の人の中に新田はいたのかもしれない。母は会社の人としか憶えていなくて名前はわからないと話していた。
 待てよ、そこに新田がいたとしたら謝罪したはずだ。母が憶えていないはずがない。いや、そうとも言えないのだろうか。
 もしもそこにいたとしたら新田はどんな顔をしていたのだろう。
 そう思ったら胸が痛んだ。

 新田、元気だといいけど。

 今だったら会ってもいいと少しは思っている。けど、どう話していいのかわからない。事故が起こっていなかったら、新田は会社を辞めることもなかったのだから。なんだかそのことに責任を感じてしまう。すぐに反応して機敏に動いていたら避けられたかもしれない。そう思ってしまう。自分が悪かったのだろうか。
 そんなことはない。誰にも責任はないはずだ。

 ダメだ、あの事故のせいで後ろ向きなことばかり考えてしまう。自分はこんな性格ではなかったはずなのに。それにしても新田のことを心配するなんてお人好しだ。他人の心配をするよりも自分の心配をしろ。

 今は嫌な記憶は忘れてチャーハンを食べに行こう。きっとこの先、楽しいことが待っていると信じよう。
 裕は深呼吸をして商店街へと続く道へと歩みを進めた。

しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

処理中です...