猫縁日和

景綱

文字の大きさ
2 / 107
第1章 猫がくれた新たな道

(1-1)

しおりを挟む
『777』

 スリーセブン。
 なんてラッキーな数字だろう。それなのに気持ちは沈んでいく。

 小城梨花おぎりかは、項垂うなだれて溜め息を漏らす。
 もうダメだ。人生の終わりだ。どうして、こんなことになってしまったのだろう。
 今、この数字を見てもラッキーだとは思えない。

『私って、馬鹿なの』

 ふたたび、溜め息を漏らす。

『私は、なんの計画性もない大馬鹿者だ』

 自分自身をののしったところで、何も変わらない。
 本当に馬鹿過ぎて、笑えてくる。
 なんだか情けない。
 きっと、今の自分の笑顔は、能面みたいに見えるだろう。想像しただけで、怖い顔だ。

 梨花は、何気なく空を仰ぎ見た。
 眩し過ぎる。それだけ、自分が暗い世界に落ちてしまったってことだろうか。

 あそこへ行きたい。
 あの雲みたいに何も考えずに、風に身を任せて過ごしたい。もう一度、溜め息を漏らして首を振る。

 無理。人間であって、雲じゃない。そんなこと、わかっている。明るい世界で笑いたいだけ。
 それなら、どうしたらいいのだろう。

 再び、目を落として三つ並んだ『七』の数字をみつめる。これが、預金通帳の残高でなかったらどんなによかったことか。

 残高、七七七円。

 奈落の底へ突き落す最悪の数字だ。

 この先、どうやって暮らせばいいのだろう。新しい仕事もみつからないし、三度の食事の心配もしなきゃいけない。光熱費すら払えない。
 やっぱり、会社を辞めるんじゃなかった。

 いやいや、それは違う。後悔なんてしていない。
 あんな会社は辞めて正解だ。

 あの会社で仕事をやり続けるよりも、生活が苦しくなるほうを選ぶ。たとえ、このアパートを追い出されて住む場所がなくなったとしても、会社を辞めるという選択をしただろう。

 やっぱり、自分は馬鹿なのだろうか。きっと、そう。間違った選択をしたんだ。もっと、辛抱強く耐えるべきだった。あの会社で。
 青い世界を仰ぎ見て、首を振り項垂れる。

 突如、辞めた会社の上司の顔が浮かぶ。

 なんで、あんな嫌な奴のことを思い出すのだろう。無性に腹が立ってきた。

 セクハラ部長に、パワハラ課長の最悪上司コンビのもとで働くなんて、絶対に無理。部長は最初からエロオヤジな空気感あったけど、まさか課長があんなに傲慢ごうまんな人だと思わなかった。ほとんど部下に仕事をやらせて、本人はいったいなんの仕事をしていたのか。ちょっとしたミスも、ねちねち説教してくる始末。ミスは悪いことだけど、説教が長いのは次の仕事に支障をきたしてしまう。かっこいい女性の上役だから、最初は憧れていたのに。

 ああ、もう、むしゃくしゃする。

 やっぱり、辞めて正解だ。間違ってなどいない。
 そんな環境で二年も頑張ったんだから、自分をめてあげたいくらいだ。
 そうでしょ。自分にも非があったとしても、言い方ってものがあるでしょ。間違っているの。そんなことはない。いや、とんでもないミスを犯していたとしたら文句は言えないのか。どうだろう。

 違う。そんなことはないはずだ。
 当時の記憶を思い出してみても、どうだったかはわからない。もしも、言い訳できないほどの非があったのなら、申し訳なく思う。

 待て、待て。十分、謝っている。申し訳なく思わなくていい。あの上司たちのほうが、どう考えたって悪い。

 ああ、もう。過去のこと、うだうだ考えていたってしかたがない。
 考えるべきことは、今のこと。

 生き延びるには、どうすればいいかってことを真剣に考えなきゃいけない。大袈裟おおげさでもなんでもない。

 死活問題だ。
 残高が、七七七円だなんて。本当に情けない。

『ああ、もう。私は、どうしたらいいの。誰か、教えてよ』


しおりを挟む
感想 138

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

処理中です...