猫縁日和

景綱

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第1章 猫がくれた新たな道

(1-8)

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「お待たせしました」

 梨花は、精一杯明るい声で客へと進み出た。
 あっ、カッコイイ。

 こんな人が花を買いに来るのか。彼女いるのかな。それとも彼女へおくる花束を買いに来たとか。いや、違う。すでに黄色い花の鉢植えを手にしている。でも、彼女へのプレゼントかもしれない。嫌だ、自分は何を考えているのだろう。

「日向ぼっこしている猫、可愛いですね」

 可愛いだなんて。初対面でそんなめられても。
 んっ、猫って言った?

「ニャッ」

 ああ、ツバキか。何を勘違いしているんだろう。馬鹿みたい。
 ツバキは、入り口脇の出窓のところでじっとこっちをみつめている。

「可愛いですよね。あっ、その子、ツバキって言うんです。今、ツバキは『可愛い』って言ってくれてありがとうって、お礼を言ったんだと思いますよ」

 あっ、何を言っているんだろう。変な人だと思われたかも。

「ツバキちゃんか。あっ、そうそう。あの、これも可愛いですよね。店頭にあって気になってね。それに『花ホタル』って名前にも惹かれちゃって」

 猫のお礼の話、スルーした。やっぱり、変な人だと思われているかもしれない。

 それはそうと、この花、さっき自分も可愛いって思ったやつだ。同じこと思うだなんて、運命かも。また、変なこと考えてしまった。

 それにしても、花ホタルなんて花があるのか。知らなかった。花がホタルの光みたいだからかな。本当に、可愛い。花を見て、可愛いって思う男性もいるのか。なんだか、ちょっとキュンとしちゃう。

 どうしよう。こんなにも、この人のことが気になるなんて。
 やっぱり、運命の人なのかも。男性の顔をみつめて、小さく首を振る。今は、花屋の店員として対応しなきゃダメでしょ。しっかりしなきゃ。

「本当にこれ可愛いですよね。私も見ているとキュンとじゃなくて、笑顔になりますよ」

 何がキュンよ。ああ、また変なこと言っちゃった。春だからってボケちゃダメだ。

「確かに笑顔になりますね。これ、いただけますか」
「あっ、はい」

 笑顔で花ホタルを差し出されて、心臓が跳ね上がる。きっと、顔が赤くなっているに違いない。
 どうしよう。どうしよう。

「あの、これ」
「は、はい、えっと」

 今は、しっかり花屋の店員やらなきゃ。
 花ホタルの鉢植えを受け取ると、これいくらだろうと鉢植えを見遣る。値札は貼っていないか。店頭に行けばわかるかも。いや、いたほうが早い。

「慣れてなくて、すみません。ちょっとお待ちください」

 梨花は、節子のもとへ行き値段を訊き、すぐにレジへきびすを返す。

「二九八円になります」

 そう笑顔で伝えると、レジ脇にあった白いビニール袋を取り、花ホタルの鉢植えを入れようとした。

「あの、袋はいりません。そのままで」

 そう話す男性に、キョトンとした顔を向けてしまった。

「有料ですよね」と続けた言葉に、納得した。

 そうだった。今はどこも袋は有料だったっけ。客に教えてもらうなんて、最悪。

「す、すいません」
「大丈夫ですよ。気にしないでください」

 恥ずかしくて、顔を上げられない。ダメダメだ。やっぱり、接客は向いていない。

「でも、私。ダメダメで」
「そんなこと、ないですよ。素敵な笑顔をしてますよ。新人さんなんですよね。しかたがないです。それじゃ、また」

 男性は、微笑み背中を向けて扉の方へ向かった。
 行っちゃう。新人じゃないのに。何しているの。そもそも、ここの店員じゃない。違う、違う。今は、代わりとは言え店員だ。

 まったくもう、そんなのどっちでもいい。正直に話せばいいだけのこと。ダメな人だと思われたくない。

「あの」

 思わず帰ろうとする男性の背中に、声をかけていた。
 男性は振り返り、「はい」と首を傾げていた。
 そのとき、奥から節子の呻き声が微かに聞こえて、ハッとする。そうだ、節子を病院に連れて行かなきゃいけなかったんだ。
 梨花は、唐突にひとつの考えが浮かび、男性に向けて頭を下げていた。

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