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第3章 花屋『たんぽぽ』に集う
(3-4)
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「あの人も悪い人じゃないんだけどねぇ。つい余計なこと言っちゃうんだよ。あまり気にしないでおくれよ」
「はい」
梨花は苦笑いを浮かべて頷くと、何気なく出窓のところに目を移す。
あれ、ツバキがいない。
どこへ行ったのだろう。さっきまで、日向ぼっこしていたのに。
もしかして、小百合の登場にこっそり逃げ出したとか。大きな声が苦手なのかも。猫の耳は人より感度がいいから、うるさくて昼寝どころじゃなかったってことだろうか。そう思っていたらどこからともなくツバキが現れて、出窓にひょいと飛び乗って目を閉じた。
自分の考えが当たっている気がして、少しだけ口元をあげた。
梨花の目線に感づいたのか節子が「ツバキは、小百合さんが苦手なんだよ」と話した。
やっぱり、そうなんだ。
「声が大きいからですか」
「おそらくね」
そんな会話をしていたら、奥から庄平が「今日のお昼は、塩焼きそばでいいかい」と声をかけてきた。節子と目が合い頷くと、節子は「庄平さん、お願いするよ」と返していた。
お昼も夕飯も毎日ご馳走になってしまって、なんだか申し訳ない。食費がかからなくてありがたいけど、やっぱり気になってしまう。
『私って、もしかして甘え過ぎ』
もしかしてじゃない。間違いなく、そうだ。
いつか、二人には恩返ししなきゃいけない。けど、何をしたらいいだろう。花屋の店員として一人前になることが、恩返しに繋がるだろうか。それとも、他に何かあるだろうか。
『孫が来てくれているようで、嬉しいんだよ』との言葉をふいに思い出す。
そうだ、孫だ。
自分の存在が役立っているのなら嬉しいけど、本心は本物の孫に来てほしいのだろう。そう思うと、複雑な気持ちになる。
息子さんは、福岡のほうで働いていると話を聞いた。結婚もしていて、男の子と女の子の双子がいるそうだ。ここは千葉だから、なかなか帰って来られないのだろう。家族四人の写真をたまに送ってきたり、スカイプでたまに話したりはしているみたいだけど、やっぱり直接会いたいだろうな。
福岡か。
会わせてあげたいけど、自分が出しゃばっていいことじゃない。
まあ、人のこと言っていられないか。自分も実家にずっと帰っていない。こないだ、電話では話したけど、やっぱり寂しいのだろうか。自分の場合は帰ろうと思えば車だったら一時間半で行ける。
今度の休みにレンタカーでも借りて帰ろうか。そうだ、何か花でもプレゼントしてあげようか。節子はフラワー装飾技能士の資格も持っているみたいだし、ちょっとしたアレンジメントの仕方を教わってプレゼントしたらどう思うだろう。いや、その前に花の名前を覚えなきゃ。
わかる花は、ヒヤシンス、パンジー、チューリップ、バラ、ユリ、菊、キンセンカ、カーネーションくらいか。あっ、スターチスは覚えた。それと、キキョウだっけ。
んっ、なんか頭についたような。何キキョウだっけ。何とかマムとかもあったはず。
仏花に使うものは、覚えたはずなのに。
えっと、店内を見回す。
あっ、あれだ。トルコキキョウとスプレーマム、ピンポンマムだ。
何か語呂合わせで覚えたら、うまくいくだろうか。いや、それはダメな気がする。訳がわからなくなりそうだ。どう覚えればいいだろう。
ああ、もう。わかんない。暗記って、学生時代から苦手だったからな。
いずれ、スラスラ言えるようになるかな。
ダメダメ、そんなんじゃダメ。頑張って、早いところ覚えるの。
仏花だけじゃない。他にも花はある。
えっと、あれは水仙か。うーん、あれはなんだっけ。そんな思いが通じたのか、節子が口を開く。
「あれは、スイートピー。あっちがアイリスで、こっちがストックだねぇ」
梨花は、頭を掻いて苦笑いを浮かべた。
「すみません、なかなか覚えられなくて」
「気にすることはないさ。仕事をしていれば自然と覚えるものだよ」
そうだといいけど。
バラに関してはきちんと覚えられるか不安だ。バラって種類が多過ぎる。ここにあるバラは六種類ある。名前は出てこない。バラはバラだ。
『名前がわからなくても色で判断すればいいよ』と優しい言葉をかけてくれるけど、やっぱり覚えたほうがいい。
今のところ発注は節子がやってくれるから大丈夫だけど、いずれ発注も出来るようにしなきゃいけない。
あれ、面倒臭がり屋の自分がそんなこと思うなんて成長したってことかも。いや、ここにいるときだけだ。節子と庄平がいるから、頑張れているだけ。
思い出してみて、自分の家を。
乱雑に置かれた積読本。脱ぎっぱなしのパジャマ。ベッドの上もぬいぐるみが転がりっぱなし。整理しなきゃいけないってわかっているのに、そのまま。
片付けは苦手だ。ふとミルフィーユ状態の洗濯物が思い浮かび、苦笑いを浮かべる。料理はしていないから食器は片付いているけど。それって、女子としてどうなのだろう。まあ、それは追々考えるとしよう。
「お昼だよ」
庄平の声がしたとたん腹の虫が鳴いて、顔が熱くなる。
「おやおや、お腹の虫は正直だねぇ」
「ニャッ」
ツバキもそう思っているのだろうか。気のせいだろうけど笑われている気がする。もうなんで鳴るかな。ああ、恥ずかしい。
「はい」
梨花は苦笑いを浮かべて頷くと、何気なく出窓のところに目を移す。
あれ、ツバキがいない。
どこへ行ったのだろう。さっきまで、日向ぼっこしていたのに。
もしかして、小百合の登場にこっそり逃げ出したとか。大きな声が苦手なのかも。猫の耳は人より感度がいいから、うるさくて昼寝どころじゃなかったってことだろうか。そう思っていたらどこからともなくツバキが現れて、出窓にひょいと飛び乗って目を閉じた。
自分の考えが当たっている気がして、少しだけ口元をあげた。
梨花の目線に感づいたのか節子が「ツバキは、小百合さんが苦手なんだよ」と話した。
やっぱり、そうなんだ。
「声が大きいからですか」
「おそらくね」
そんな会話をしていたら、奥から庄平が「今日のお昼は、塩焼きそばでいいかい」と声をかけてきた。節子と目が合い頷くと、節子は「庄平さん、お願いするよ」と返していた。
お昼も夕飯も毎日ご馳走になってしまって、なんだか申し訳ない。食費がかからなくてありがたいけど、やっぱり気になってしまう。
『私って、もしかして甘え過ぎ』
もしかしてじゃない。間違いなく、そうだ。
いつか、二人には恩返ししなきゃいけない。けど、何をしたらいいだろう。花屋の店員として一人前になることが、恩返しに繋がるだろうか。それとも、他に何かあるだろうか。
『孫が来てくれているようで、嬉しいんだよ』との言葉をふいに思い出す。
そうだ、孫だ。
自分の存在が役立っているのなら嬉しいけど、本心は本物の孫に来てほしいのだろう。そう思うと、複雑な気持ちになる。
息子さんは、福岡のほうで働いていると話を聞いた。結婚もしていて、男の子と女の子の双子がいるそうだ。ここは千葉だから、なかなか帰って来られないのだろう。家族四人の写真をたまに送ってきたり、スカイプでたまに話したりはしているみたいだけど、やっぱり直接会いたいだろうな。
福岡か。
会わせてあげたいけど、自分が出しゃばっていいことじゃない。
まあ、人のこと言っていられないか。自分も実家にずっと帰っていない。こないだ、電話では話したけど、やっぱり寂しいのだろうか。自分の場合は帰ろうと思えば車だったら一時間半で行ける。
今度の休みにレンタカーでも借りて帰ろうか。そうだ、何か花でもプレゼントしてあげようか。節子はフラワー装飾技能士の資格も持っているみたいだし、ちょっとしたアレンジメントの仕方を教わってプレゼントしたらどう思うだろう。いや、その前に花の名前を覚えなきゃ。
わかる花は、ヒヤシンス、パンジー、チューリップ、バラ、ユリ、菊、キンセンカ、カーネーションくらいか。あっ、スターチスは覚えた。それと、キキョウだっけ。
んっ、なんか頭についたような。何キキョウだっけ。何とかマムとかもあったはず。
仏花に使うものは、覚えたはずなのに。
えっと、店内を見回す。
あっ、あれだ。トルコキキョウとスプレーマム、ピンポンマムだ。
何か語呂合わせで覚えたら、うまくいくだろうか。いや、それはダメな気がする。訳がわからなくなりそうだ。どう覚えればいいだろう。
ああ、もう。わかんない。暗記って、学生時代から苦手だったからな。
いずれ、スラスラ言えるようになるかな。
ダメダメ、そんなんじゃダメ。頑張って、早いところ覚えるの。
仏花だけじゃない。他にも花はある。
えっと、あれは水仙か。うーん、あれはなんだっけ。そんな思いが通じたのか、節子が口を開く。
「あれは、スイートピー。あっちがアイリスで、こっちがストックだねぇ」
梨花は、頭を掻いて苦笑いを浮かべた。
「すみません、なかなか覚えられなくて」
「気にすることはないさ。仕事をしていれば自然と覚えるものだよ」
そうだといいけど。
バラに関してはきちんと覚えられるか不安だ。バラって種類が多過ぎる。ここにあるバラは六種類ある。名前は出てこない。バラはバラだ。
『名前がわからなくても色で判断すればいいよ』と優しい言葉をかけてくれるけど、やっぱり覚えたほうがいい。
今のところ発注は節子がやってくれるから大丈夫だけど、いずれ発注も出来るようにしなきゃいけない。
あれ、面倒臭がり屋の自分がそんなこと思うなんて成長したってことかも。いや、ここにいるときだけだ。節子と庄平がいるから、頑張れているだけ。
思い出してみて、自分の家を。
乱雑に置かれた積読本。脱ぎっぱなしのパジャマ。ベッドの上もぬいぐるみが転がりっぱなし。整理しなきゃいけないってわかっているのに、そのまま。
片付けは苦手だ。ふとミルフィーユ状態の洗濯物が思い浮かび、苦笑いを浮かべる。料理はしていないから食器は片付いているけど。それって、女子としてどうなのだろう。まあ、それは追々考えるとしよう。
「お昼だよ」
庄平の声がしたとたん腹の虫が鳴いて、顔が熱くなる。
「おやおや、お腹の虫は正直だねぇ」
「ニャッ」
ツバキもそう思っているのだろうか。気のせいだろうけど笑われている気がする。もうなんで鳴るかな。ああ、恥ずかしい。
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