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第3章 花屋『たんぽぽ』に集う
(3-16)
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小百合の葬儀に飾られる花の用意を節子の店でやることになった。
本来だったら葬儀屋のほうで用意するのだろうけど、今回は特別に節子のところですべて準備することになった。
大忙しだ。
すぐに卸売業者と連絡を取り、葬儀に間に合うように取り計らった。小百合が喜んでくれるように頑張った。
葬儀に使う花は白一色にして、バラのような花を使うのはタブーだとされていた。けど、最近じゃバラを葬儀に使うこともあるらしい。故人の好みに合わせることもある。
小百合のおかげでひとつ勉強になった。
自分たちが小百合の葬儀に関われるなんて。
涙が一粒、床に零れ落ちた。
本当だったら、生きていてほしかった。正直なところ、まだ実感がない。
『実は冗談だよ』なんて棺から飛び起きてくるのではないかとさえ思えた。けど、これが現実。
「梨花さん、お疲れ様。なんとか準備が整ったねぇ」
「はい」
「小百合さんをあたしたちのところの花で送れるなんてねぇ」
節子は瞳を潤ませて、小百合の遺影に目を向けていた。
「あの、小百合さんの顔を拝んでも大丈夫ですか」
「そうだねぇ。大丈夫じゃないかい」
そんな話をしていたら、庄平が葬儀屋のスタッフに了解をとってくれた。節子、庄平とともに小百合の顔をみつめて手を合わせた。
優しい笑みを浮かべている。
天国の旦那が迎えに来てくれているだろうか。そうだったら、いいな。
「小百合さん、ゆっくり休んでくださいね」と梨花は声をかけて、少しだけ口角を上げた。
***
小百合の葬儀は滞りなく、しめやかに執り行われた。
小さいながらも楓は、小百合の死を理解していたのか目に涙を溜めていた。
いや、本当のところはわからない。泣いていたと思ったのは、気のせいかもしれない。そういえば一度だけ、なぜか葬儀場の天井付近を見上げていた。
まさかとは思うが、小百合の幽霊がいたのだろうか。ただ天井を見上げていただけかもしれないけど。なぜ、見上げていたのかは訊きそびれてしまった。
ついこの間まで、一緒に会話を交わしていた小百合がいなくなるなんて。心が追いつかない。
節子も庄平も自分以上にショックだろう。
葬儀後に節子の家に立ち寄ったが、いつもと同じ場所なのに薄暗く感じた。ふたりになんて声をかけていいのか、わからなかった。
そうだ、今日は節子の誕生日だった。けど、祝えないか。
そんな気分じゃない。ツバキは何事もなかったかのように丸くなって寝ている。いい気なものだ。いや、もしかしたら寂しくて落ち込んでいる可能性もある。
猫にそんな感情があるのかはわからないけど。きっと、あると思いたい。
梨花は胸の奥に澱が溜まっていくのを感じた。そのときドアベルが鳴った。
「すまないけど、梨花さん出てくれるかい」
梨花は頷き、玄関へと向かい扉を開けた。
「お届け物です」
宅配業者の人だった。節子宛の荷物だ。サインをして荷物を受け取ると、差出人の名前を見て梨花は身体が凍り付いた。
すぐに我に返り、節子のもとへ走り寄ると「節子さん。あの、これ、小百合さんからです」と声を震わせて伝えた。
節子は、目を見開き「な、なんで」と呟いた。
本当に、『なんで』だ。
亡くなった人から、荷物が届くだなんて。まさか、天国から。
すぐに首を振った。違う。そんなこと、ありえない。
節子は、包装紙を破り箱の中身を取り出していた。
トートバッグだ。和柄で節子にピッタリだった。
中には、手紙も添えられていた。
*****
誕生日おめでとう。
節子さんも古希だね。おめでたい。贈り物なんてする柄じゃないけど、やっぱりめでたいことだから、今回だけは贈り物をするよ。
年より臭いものだね、なんて文句言うんじゃないよ。
なんて憎まれ口を節子さんは言わないね。わたしじゃないから。
本当にいつも仲良くしてくれて嬉しいよ。これからも毒を吐くかもしれないけど、よろしく頼むよ。
安藤小百合より
*****
「なんだよ、こんなもの送ってくるなんて。馬鹿だよ小百合さんは。お礼を言えないじゃないか。天国に逝っちまうなんて」
節子は、ボロボロと涙を流して手紙を握りしめていた。
梨花は、節子の背中を撫でながら一緒に涙した。庄平もまた肩を揺らせて嗚咽を漏らしている。
ふと視線を感じて見遣ると、節子の足に身体を擦り付けているツバキと目が合った。きっと、ツバキなりに慰めているのだろう。
梨花は溜め息を漏らして、窓から見える空に目を向けた。
小百合がもういないと思うと、胸を締め付けられるような心持ちになる。けど、今頃は天国で旦那と再会して二人で仲睦まじく過ごしているのだろう。そう思えば、少しは心も癒える。
サイネリアの花、天国まで持っていっただろうか。そうだったらいいな。
*****
*注釈(古希・数え年の七十歳)
本来だったら葬儀屋のほうで用意するのだろうけど、今回は特別に節子のところですべて準備することになった。
大忙しだ。
すぐに卸売業者と連絡を取り、葬儀に間に合うように取り計らった。小百合が喜んでくれるように頑張った。
葬儀に使う花は白一色にして、バラのような花を使うのはタブーだとされていた。けど、最近じゃバラを葬儀に使うこともあるらしい。故人の好みに合わせることもある。
小百合のおかげでひとつ勉強になった。
自分たちが小百合の葬儀に関われるなんて。
涙が一粒、床に零れ落ちた。
本当だったら、生きていてほしかった。正直なところ、まだ実感がない。
『実は冗談だよ』なんて棺から飛び起きてくるのではないかとさえ思えた。けど、これが現実。
「梨花さん、お疲れ様。なんとか準備が整ったねぇ」
「はい」
「小百合さんをあたしたちのところの花で送れるなんてねぇ」
節子は瞳を潤ませて、小百合の遺影に目を向けていた。
「あの、小百合さんの顔を拝んでも大丈夫ですか」
「そうだねぇ。大丈夫じゃないかい」
そんな話をしていたら、庄平が葬儀屋のスタッフに了解をとってくれた。節子、庄平とともに小百合の顔をみつめて手を合わせた。
優しい笑みを浮かべている。
天国の旦那が迎えに来てくれているだろうか。そうだったら、いいな。
「小百合さん、ゆっくり休んでくださいね」と梨花は声をかけて、少しだけ口角を上げた。
***
小百合の葬儀は滞りなく、しめやかに執り行われた。
小さいながらも楓は、小百合の死を理解していたのか目に涙を溜めていた。
いや、本当のところはわからない。泣いていたと思ったのは、気のせいかもしれない。そういえば一度だけ、なぜか葬儀場の天井付近を見上げていた。
まさかとは思うが、小百合の幽霊がいたのだろうか。ただ天井を見上げていただけかもしれないけど。なぜ、見上げていたのかは訊きそびれてしまった。
ついこの間まで、一緒に会話を交わしていた小百合がいなくなるなんて。心が追いつかない。
節子も庄平も自分以上にショックだろう。
葬儀後に節子の家に立ち寄ったが、いつもと同じ場所なのに薄暗く感じた。ふたりになんて声をかけていいのか、わからなかった。
そうだ、今日は節子の誕生日だった。けど、祝えないか。
そんな気分じゃない。ツバキは何事もなかったかのように丸くなって寝ている。いい気なものだ。いや、もしかしたら寂しくて落ち込んでいる可能性もある。
猫にそんな感情があるのかはわからないけど。きっと、あると思いたい。
梨花は胸の奥に澱が溜まっていくのを感じた。そのときドアベルが鳴った。
「すまないけど、梨花さん出てくれるかい」
梨花は頷き、玄関へと向かい扉を開けた。
「お届け物です」
宅配業者の人だった。節子宛の荷物だ。サインをして荷物を受け取ると、差出人の名前を見て梨花は身体が凍り付いた。
すぐに我に返り、節子のもとへ走り寄ると「節子さん。あの、これ、小百合さんからです」と声を震わせて伝えた。
節子は、目を見開き「な、なんで」と呟いた。
本当に、『なんで』だ。
亡くなった人から、荷物が届くだなんて。まさか、天国から。
すぐに首を振った。違う。そんなこと、ありえない。
節子は、包装紙を破り箱の中身を取り出していた。
トートバッグだ。和柄で節子にピッタリだった。
中には、手紙も添えられていた。
*****
誕生日おめでとう。
節子さんも古希だね。おめでたい。贈り物なんてする柄じゃないけど、やっぱりめでたいことだから、今回だけは贈り物をするよ。
年より臭いものだね、なんて文句言うんじゃないよ。
なんて憎まれ口を節子さんは言わないね。わたしじゃないから。
本当にいつも仲良くしてくれて嬉しいよ。これからも毒を吐くかもしれないけど、よろしく頼むよ。
安藤小百合より
*****
「なんだよ、こんなもの送ってくるなんて。馬鹿だよ小百合さんは。お礼を言えないじゃないか。天国に逝っちまうなんて」
節子は、ボロボロと涙を流して手紙を握りしめていた。
梨花は、節子の背中を撫でながら一緒に涙した。庄平もまた肩を揺らせて嗚咽を漏らしている。
ふと視線を感じて見遣ると、節子の足に身体を擦り付けているツバキと目が合った。きっと、ツバキなりに慰めているのだろう。
梨花は溜め息を漏らして、窓から見える空に目を向けた。
小百合がもういないと思うと、胸を締め付けられるような心持ちになる。けど、今頃は天国で旦那と再会して二人で仲睦まじく過ごしているのだろう。そう思えば、少しは心も癒える。
サイネリアの花、天国まで持っていっただろうか。そうだったらいいな。
*****
*注釈(古希・数え年の七十歳)
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