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第4章 花ホタルの花言葉
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今日も夕飯をご馳走になってしまった。
こんな生活でいいのだろうか。アパートに帰ってひとりで料理を作って食べるより、節子と庄平と一緒のほうが美味しいし、楽しい。
何よりもありがたい。だけど、やっぱり甘え過ぎている。ふたりも喜んでくれているし、断る理由もない。つまり、このままでもいいってことでしょ。いいように捉えすぎだろうか。まあ、深く考えないことにしよう。
アパートまでの帰り道、ふとそんなことを考えていると向こうから走ってくる車に目が留まる。ちょうど赤信号になり車は停車した。
梨花は信号待ちで立ち止まったタイミングで、何気なく運転席へ目を向けた。眩しかったライトが少し暗くなり、ハッとなる。。
あれ、もしかして。
『小宮山さん』
ちょっとはっきりしないが似ている。他人の空似だろうか。目が合った気もする。手を振って気づいてもらおうかと、思ったところで助手席に女性の姿を確認した。
ドクンと心臓が跳ね上がる。一瞬時間が止まったのではと錯覚をした。
誰、あの女性は、誰。
待って、その前にあそこにいるのは本当に小宮山なのだろうか。小宮山に似た別人かもしれない。そうよ、きっとそう。
いつの間にか信号は青に変わっていた。気づけば車は通り過ぎていくところだった。チラッとしか顔は確認できなかったが、どう思い返しても小宮山に見えた。
女性の顔も確認できた。綺麗な人だった。いや、可愛らしい人と言ったほうがいいだろうか。どっちにしろ、自分なんかよりも素敵な人だ。
遠くへ走り去っていく車を呆然と立ち尽くして見送った。見えなくなっても、しばらくそこから動くことができなかった。
今見たものは幻でもなんでもない。間違いなく現実だ。そう思いたくはない。見間違いだったと思いたい。小宮山に見えたけど、別人かもしれないじゃない。はっきり見たわけじゃない。似ていただけ。
もしも見間違いじゃなかったとしたら、助手席にいたのは誰。やっぱり彼女。そう思うのが自然だ。
でも、でも、でも。ああ、もう。
落ち着かなきゃ。冷静にならなきゃ。
どう考えても、やっぱり小宮山だった。あんな素敵な男性に恋人がいないはずがない。
なんだろうこのモヤモヤする感じは。わかっていたじゃない。そうよ、あの『花ホタル』が暗示していたじゃない。
花ホタルの花言葉は『はかない恋、失われた希望、恋の苦しみ』。
その通りになってしまった。いや、花言葉なんて関係ない。けど……。
梨花は大きく息を吐き、なんとはなしに歩道のひび割れたタイルに目を留める。自分はあのタイルと同じかも。
もう、何を考えているのだろうか。馬鹿じゃないの。そもそも自分があの人の恋人になんて、なれるはずがないじゃない。節子を病院に連れて行ったときに同行してくれただけの存在じゃない。きっと向こうはなんとも思わなかったはず。それでも、また会いたいと思う自分がいた。
『二番目でもいいから付き合って』なんて言ってしまおうか。
馬鹿、馬鹿。
そんなこと言ったら嫌わるに決まっている。自分から浮気相手になろうとするなんて最悪だ。
ああ、自分が嫌になってくる。そこまであの人のことを思っていたのかと、梨花は再認識させられた。
あんなに星は綺麗に輝いているのに、自分は……。
ああ、胸の奥がなんだかごちゃ混ぜになってくる。
考えるのはよそう。何もなかったことにしよう。そうよ、気のせいだったと思えばい。何もかもすべて、幻想だった。
明日も朝が早いんだから。花屋での仕事を頑張るだけ。今は恋だの愛だのはいらない。節子や庄平、それに猫のツバキがいれば十分。あっ、あと楓もいるし、カフェのお二人さんもいる。そうそう、それでいい。
本当にそれでいいのと、自分に問いかけてみたが答えは明白。
小宮山の笑顔が頭に浮かんでいた。
梨花は首を振って、再びアパートに向けて歩き出す。なんだか身体が重い。足が重い。
告白したわけでもないのに失恋した気分だ。
少し歩いただけですでにアパートが目の前にあった。もう着いたのか。鍵を開けて真っ暗な部屋に入り込むなり、そのまま座り込みしばらく俯いていた。
最初から小宮山とはなんの関係もない。知り合いと言えば知り合いだけど、勝手に妄想を膨らませて浮かれていただけだ。
ああ、もうどうしたらいいの。どうしたらもなにもない。いつも通り花屋で働いて、ご馳走になって、帰ってお風呂入って、テレビを観て本も読んで寝るだけ。
梨花の人生なんてそんなもの。幸せなんてやって来ない。
ああ、ダメダメダメ。
『マイナスオーラなんて、どっかいっちゃえ』
自分は変わったの。ポジティブ梨花に変わったの。未来を見なきゃダメ。小宮山だけが男じゃないでしょ。どこかに自分のことを好きになってくれる人がいるはず。
『大丈夫、もっと自信を持つのよ』
よし、お風呂に入って嫌なマイナスオーラなんて洗い流そう。
「はぁー」
でも……。
『でも、じゃない。頭を切り替えなさい』
自分に活を入れる。
もうこうなったら今日は飲むしかない。確か冷蔵庫にビールがあるはず。飲んで忘れてしまおう。でも、その前にお風呂に入ろう。
再び溜め息を漏らして、窓の外の夜空をみつめた。
今の自分を小百合が見たら、何て言うだろう。あの毒舌で叱咤激励してくれるだろうか。
こんな生活でいいのだろうか。アパートに帰ってひとりで料理を作って食べるより、節子と庄平と一緒のほうが美味しいし、楽しい。
何よりもありがたい。だけど、やっぱり甘え過ぎている。ふたりも喜んでくれているし、断る理由もない。つまり、このままでもいいってことでしょ。いいように捉えすぎだろうか。まあ、深く考えないことにしよう。
アパートまでの帰り道、ふとそんなことを考えていると向こうから走ってくる車に目が留まる。ちょうど赤信号になり車は停車した。
梨花は信号待ちで立ち止まったタイミングで、何気なく運転席へ目を向けた。眩しかったライトが少し暗くなり、ハッとなる。。
あれ、もしかして。
『小宮山さん』
ちょっとはっきりしないが似ている。他人の空似だろうか。目が合った気もする。手を振って気づいてもらおうかと、思ったところで助手席に女性の姿を確認した。
ドクンと心臓が跳ね上がる。一瞬時間が止まったのではと錯覚をした。
誰、あの女性は、誰。
待って、その前にあそこにいるのは本当に小宮山なのだろうか。小宮山に似た別人かもしれない。そうよ、きっとそう。
いつの間にか信号は青に変わっていた。気づけば車は通り過ぎていくところだった。チラッとしか顔は確認できなかったが、どう思い返しても小宮山に見えた。
女性の顔も確認できた。綺麗な人だった。いや、可愛らしい人と言ったほうがいいだろうか。どっちにしろ、自分なんかよりも素敵な人だ。
遠くへ走り去っていく車を呆然と立ち尽くして見送った。見えなくなっても、しばらくそこから動くことができなかった。
今見たものは幻でもなんでもない。間違いなく現実だ。そう思いたくはない。見間違いだったと思いたい。小宮山に見えたけど、別人かもしれないじゃない。はっきり見たわけじゃない。似ていただけ。
もしも見間違いじゃなかったとしたら、助手席にいたのは誰。やっぱり彼女。そう思うのが自然だ。
でも、でも、でも。ああ、もう。
落ち着かなきゃ。冷静にならなきゃ。
どう考えても、やっぱり小宮山だった。あんな素敵な男性に恋人がいないはずがない。
なんだろうこのモヤモヤする感じは。わかっていたじゃない。そうよ、あの『花ホタル』が暗示していたじゃない。
花ホタルの花言葉は『はかない恋、失われた希望、恋の苦しみ』。
その通りになってしまった。いや、花言葉なんて関係ない。けど……。
梨花は大きく息を吐き、なんとはなしに歩道のひび割れたタイルに目を留める。自分はあのタイルと同じかも。
もう、何を考えているのだろうか。馬鹿じゃないの。そもそも自分があの人の恋人になんて、なれるはずがないじゃない。節子を病院に連れて行ったときに同行してくれただけの存在じゃない。きっと向こうはなんとも思わなかったはず。それでも、また会いたいと思う自分がいた。
『二番目でもいいから付き合って』なんて言ってしまおうか。
馬鹿、馬鹿。
そんなこと言ったら嫌わるに決まっている。自分から浮気相手になろうとするなんて最悪だ。
ああ、自分が嫌になってくる。そこまであの人のことを思っていたのかと、梨花は再認識させられた。
あんなに星は綺麗に輝いているのに、自分は……。
ああ、胸の奥がなんだかごちゃ混ぜになってくる。
考えるのはよそう。何もなかったことにしよう。そうよ、気のせいだったと思えばい。何もかもすべて、幻想だった。
明日も朝が早いんだから。花屋での仕事を頑張るだけ。今は恋だの愛だのはいらない。節子や庄平、それに猫のツバキがいれば十分。あっ、あと楓もいるし、カフェのお二人さんもいる。そうそう、それでいい。
本当にそれでいいのと、自分に問いかけてみたが答えは明白。
小宮山の笑顔が頭に浮かんでいた。
梨花は首を振って、再びアパートに向けて歩き出す。なんだか身体が重い。足が重い。
告白したわけでもないのに失恋した気分だ。
少し歩いただけですでにアパートが目の前にあった。もう着いたのか。鍵を開けて真っ暗な部屋に入り込むなり、そのまま座り込みしばらく俯いていた。
最初から小宮山とはなんの関係もない。知り合いと言えば知り合いだけど、勝手に妄想を膨らませて浮かれていただけだ。
ああ、もうどうしたらいいの。どうしたらもなにもない。いつも通り花屋で働いて、ご馳走になって、帰ってお風呂入って、テレビを観て本も読んで寝るだけ。
梨花の人生なんてそんなもの。幸せなんてやって来ない。
ああ、ダメダメダメ。
『マイナスオーラなんて、どっかいっちゃえ』
自分は変わったの。ポジティブ梨花に変わったの。未来を見なきゃダメ。小宮山だけが男じゃないでしょ。どこかに自分のことを好きになってくれる人がいるはず。
『大丈夫、もっと自信を持つのよ』
よし、お風呂に入って嫌なマイナスオーラなんて洗い流そう。
「はぁー」
でも……。
『でも、じゃない。頭を切り替えなさい』
自分に活を入れる。
もうこうなったら今日は飲むしかない。確か冷蔵庫にビールがあるはず。飲んで忘れてしまおう。でも、その前にお風呂に入ろう。
再び溜め息を漏らして、窓の外の夜空をみつめた。
今の自分を小百合が見たら、何て言うだろう。あの毒舌で叱咤激励してくれるだろうか。
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