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第4章 花ホタルの花言葉
(4-12)
しおりを挟む「節子さん、ちょっと店の前を掃き掃除してきますね」
「そうかい。なら、お願いするよ」
外に出ると、気持ちのいいそよ風が髪を撫でていく。だいぶ暖かくなってきた。
空を見上げて、太陽の光に手を翳す。
空を見ると落ち着く。
さてと、掃除、掃除。
掃除してくるとは言ったもののそんなにゴミはなさそうだ。チャチャッと済ませて戻ろう。そういえばツバキはどうしているだろう。何気なくツバキが歩き去ったほうへ目を向けると、女性と一緒に歩いて来るツバキが目に留まる。
あっ、本当に客を連れて来たみたい。すごい、ツバキ。
梨花は笑顔で出迎えようとしたところで、すぐに真顔になった。あれ、あの人って、確か小宮山と一緒にいた人じゃないの。
嘘でしょ、こんな偶然ってある。
ツバキ、その人はダメ。連れてこないで。
胸が締め付けられるようで、息苦しくなる。
どうしよう。なんて話しかけたらいいのだろう。ちょっと待って。大丈夫、あの人は自分のことを知らないはず。普通に対応すればいいだけ。なんの問題もない。
もしかしたら、似ている人ってことも。どうだろう。
梨花は深呼吸をひとつした。
あっ、来てしまう。
三メートル、二メートル、一メートル。
「ニャッ」
ツバキに目を向けて「おかえり。お客さんを連れて来てくれたの。ありがとうね、ツバキ」と声をかけて女性に向き直る。やっぱり、あのときの人だ。
大丈夫だろうか引き攣った顔をしていないだろうか。笑顔で対応しなきゃ。出来るでしょ。ニッコリ、スマイル。
「こんにちは」
あっ、先に挨拶されてしまった。
「こ、こんにちは」
「あのこのへんに『たんぽぽ』って花屋はありますか」
梨花はキョトンとした顔をして「ここですけど」と口にする。気づいていなかったのだろうか。店頭にも小さな鉢植えが並んでいるのに。
ちょっと待って。この人は、ここに用事があるってこと。なんで。どうして。
小宮山から話を聞いたのだろうか。きっと、そうだ。どうしよう。
なんだか心臓が痛い。
もう一回深呼吸して、胸を撫で下ろす。
「あっ、本当だ。『たんぽぽ』って書いてある。私ったらバカみたいですね」
「いえ、そんなことは。あの、お花が好きなんですか」
どうにか笑みを作り、話題を変える。ダメだ、どうにも顔が強張ってしまう。ほらスマイルでしょ。
彼女は店のほうに一瞬だけ目を向けて、こっちに向き直り「なんだか可愛らしいお店ですね」とニコリとする。
「そうですね」
彼女は笑みを浮かべて、唐突に「すごいね、サバトラちゃん、すごい、すごい。偉いね」と話し出すと、しゃがみ込みツバキの頭を撫ではじめた。
どういうことだろう。
「あっ、すみません。このサバトラちゃんはここの猫ちゃんなんですか。確か、ツバキって呼んでましたよね」
「ええ、そうですけど」
なんだかすごいテンションが上がっている気がするけど、どうしてだろう。それになぜか自分のことを気にしているような。気のせいだろうか。
「もしよければ、中のお花、見ていってください」
「はい」
梨花が扉を開けると、ツバキがスッと隙間を通り抜けて入り口横の出窓に座り込む。ツバキのお気に入りの場所だ。ツバキったら、どうしてこの人なの。
ああ、小宮山の彼女とこんな具合に出会ってしまうなんて。これは運命の悪戯としか言いようがない。こんな縁はいらない。
「私ね、こないだ誕生日だったんです。で、花束貰って、それがここの花屋だったみたいで一回来てみようかと思っていたんです」
「そうなんですか」
やっぱりそういうことか。あのバラの花束は、この人への贈り物だったのか。なんだか急に身体が重く感じてきた。
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