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第5章 トラブルは突然に
(5-2)
しおりを挟む今日は予定通り観音様のところへ行ってみようか。
休みにお寺さんっていうのもどうなのだろう。今は御朱印を集めている人が多いって聞くから気にする必要もないか。
とにかく、縁を結んでほしい。
梨花は自転車に跨り観音様へと向かった。
そういえば、あのお寺、なんて名前だったろう。そんな曖昧な感じで、観音様は願いを聞いてくれるのだろうか。そこは気持ちでカバーしよう。きっと大丈夫。
それにしても青空って気持ちいい。風も気持ちいい。只今、運気上昇中。きっと間違いない。
ここは、ポジティブに。
あっ、あんなところに可愛い花が咲いている。
梨花は自転車を止めて道端に咲く花に目を留めた。前だったら花に目を留めるなんてことなかった。道端に咲く花もいいものだ。
えっと、なんて花だろう。
「おや、梨花さんじゃないか」
振り返ると節子がいた。
「あっ、節子さん。散歩ですか。まだ治っていないのに大丈夫なんですか」
「大丈夫だよ。少しは歩かないと足腰が弱っちまうだろう」
それもそうか。
「で、何をしているんだい」
「あの、可愛い花だなって思って」
「どれどれ、ああオオイヌノフグリかい」
「オオイヌノフグリって言うんですか」
「まあね。変な名前だけど、確かに可愛い花だよねぇ」
「えっ、変な名前ですか」
「知らないのかい。まあ、その、あたしの口からは言えないねぇ。あとで調べてみるといいよ」
そんなに言いづらい名前なのか。まあいいや、あとで調べてみよう。
「ニャニャッ」
「あっ、ツバキもいたのね。なら節子さんをよろしくね」
「ニャッ」
「梨花さんはどこかへ行くのかい」
「ええ、ちょっと観音様に行こうかと思って」
「そうかい、そうかい。しっかり観音様とご縁を結んでくるといいよ」
「はい」
梨花は観音様よりも颯とご縁を結びたいと思いつつ、再び自転車に跨ると節子とツバキに手を振りその場をあとにした。
自転車だとあっという間だ。節子を病院に連れて行ったときはもっと遠くに感じたけど、結構近かった。それでも背負って連れて行くことはできなかっただろうけど。
自転車を止めて仁王門を潜潜り抜けると、五重塔が左側にあり思わず見上げてしまった。大仏様も鎮座している。それほど大きくはないが見ていると手を合わせたくなる。大きくはないと言っても四、五メートルはあるだろう。正面にある本堂に向き直りひとつ深呼吸をする。ここの観音様は十一面観音らしい。
とにかくお参りしよう。
階段を上り本堂へと入ると、正面に観音様が優し気な微笑みを浮かべていた。梨花はお賽銭を入れて手を合わせた。もちろん、颯といいご縁を貰えるようにお願いした。
「あれ、梨花ちゃんだ」
えっ、この声ってもしかして。
「楓ちゃんだ。なんだか久しぶりだね」
「うん」
「元気だった」
「まあね」
本当に元気なのだろうか。以前より言葉数が少ない気がするけど。
「それならよかった。また『たんぽぽ』にも来てよね」
「うん、行きたいけど……」
楓はどこか寂し気だ。どうしたのだろう。
「何かあったの」
「う、うん。あのね。お母さんが行っちゃダメだって。迷惑だからって」
やっぱりそうなのか。そんなことないのに。迷惑だなんて思っていないのに。それどころか楓は大歓迎だ。
「そうか。迷惑じゃないのにな。楓ちゃんにまた来てほしいな」
「えっ、本当に」
楓の顔がパッと明るくなった。そうそう、その笑顔じゃなきゃ。
「お母さんに話せたらいいんだけどな。今度、花屋さんにお母さんと一緒に来てくれないかな」
「うん、話してみるね。あっ、そうだ梨花ちゃん。一緒に小百合さんのところに行こうよ」
「えっ、小百合さん」
「うん、そう」
ああ、楓はやっぱり小百合の死をきちんと理解していないみたい。小百合はもういないのに。なんて話せば、小百合の死を理解してくれるだろうか。
率直に話したほうがいいのだろうか。それがいいのか。けど、わかりやすく話さなきゃダメか。
「あのね、楓ちゃん。小百合さんはね、もうお空に旅立ってしまったのよ」
「お空に?」
楓は空を見上げて首を傾げていた。
「そう、あのお空の先に天国ってのがあってね」
そう話したところで、楓が話を遮った。
「梨花ちゃん、違う、違う。お空じゃないよ。お墓にいるよ。お墓に行けば小百合さん、いるよ」
「えっ、お墓」
楓はニコリとして頷く。なんだ、わかっているんじゃないか。それなら、お墓参りに行こうってことなのか。
「ねぇねぇ、小百合さんのところに行こうよ。ここから近いからすぐだよ」
「そうだね、一緒に行こうか」
「やったー、行こう、行こう。一緒に行こう」
梨花は楓と手を繋いで、墓地まで歩いて行った。自転車はここに置いておいても大丈夫か。
小百合の墓の場所は知っている。確かにここからなら五分足らずで墓地まで着ける。小百合の墓に来たのは、葬儀後一回だけだ。まさか楓に誘われるとは思ってもみなかった。もしかしたら、小百合に呼ばれているのかもしれない。それならそれでもいい。
楓と他愛もない話をしていたら、あっという間に墓地に着いてしまった。
「あっ、あそこ、あそこ。小百合さん、あそこにいるよ」
楓は繋いでいた手を振りほどいて駆けていく。楓はまるで小百合さんがそこにいるみたいな素振りで「小百合婆ちゃん」と呼んでいた。
まさか、本当にいるとか。目を凝らしてみても小百合の姿は確認できない。
当たり前だ。いるとしたら幽霊ってことだ。
幽霊。
まさかね。
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