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第5章 トラブルは突然に
(5-4)
しおりを挟む『早く迎えに来ないかな』
結衣はショッピングモールの職員出入り口から出て、食品売り場の出入り口のほうへ歩いて行った。そこで颯兄と待ち合わせをしている。玄関先にあった胡蝶蘭は、本当にストーカーが置いていったものなのだろうか。そうじゃないにしても黙って置いていくなんてありえない。
怪し過ぎる。
そんなことを考えながらも周囲に目を向けていた。どの人も怪しく見えてしまう。誰かにつけられているようにも感じてしまう。気のせいなのか、本当に誰かの目が自分を捉えているのかわからない。
あっ、誰か来る。後ろから近づいてくる。どうしよう。
早く店内に入らないと。結衣は食品売り場の出入り口へと小走りに向かう。
あと少し、あと少し。
「あの、すみません」との声と同時に、前に回り込んで来た男性。
結衣はビクッとしながらも、帽子にマスク姿の男性に「なんでしょうか」と返答する。
「結衣さん」
誰、この人。なんで名前を知っているの。
ショッピングモールの人だろうか。そうだったらいいけど。心臓の動きが早まり、胸の奥で大騒ぎをしている。
この声、聞いたことないだろうか。気のせいだろうか。知っている人なのだろうか。なぜ、顔を隠しているのだろうか。
風邪をひいているのだろうか。なぜか、そんな気がしない。怪し過ぎる。
「どうかしましたか、結衣さん」
「は、はい」
声が上擦ってしまった。大丈夫、落ち着いて。そう思っても心臓の鼓動がどんどん早まっていく。
「あの、これ落としましたよ」
男性が手にしていたのはネームプレートだった。なんだ、そういうことか。ホッと胸を撫で下ろす。
「ありがとうございます。私、そそっかしくて」
「いえ、そこが可愛いんですよ」
えっ、なに。いきなり何を言っているの。この人、知らない人でしょ。違うのだろうか。なんで、そんなこと口にするの。なんで、顔を隠しているの。なんで、下の名前で呼ぶの。知り合いなの。
とにかく、ここにいたらまずい。頭の中で警報が鳴っている。
急いで食品売り場へ逃げ込まなきゃ。
「あの、私、急ぎますので。本当にありがとうございました」
結衣はそう告げると同時に頭を下げて、男性の脇を通り過ぎようとした。だが、腕を掴まれて「つれないなぁ。もっと話しましょうよ」との言葉が耳元で囁かれる。
嫌だ、やめて。
どうしていいのかわからない。
パニック寸前の自分を覗き込んできた男性の目尻が下がり、言葉が続く。
「結衣さん、胡蝶蘭は気に入ってくれましたか」
その言葉にドキンと心臓が跳ね上がる。この人が贈り主なの。ストーカーなの。待ち伏せされていたってことなの。
誰か、助けて。
そのいやらしい目をどけて。
何をどうしたらいいの。頭の回転速度が低下していく。
叫べば誰か来てくれるかもしれない。わかっているのに、声が出ない。
ダメ、ダメ。しっかりして。
このままじゃ、ダメ。
早く逃げなきゃ。
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