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第6章 心の雨には優しい傘を
(6-14)
しおりを挟むそうそう、あの日以来、しょっちゅう小百合が憑依してきて困ってしまう。
小百合曰く『居心地がいいんだよ』だそうだ。
こっちは異様に身体が疲れて大変なのに。勘弁してほしい。そう訴えたら『そうかい。若いのに根性なしだね』だなんて言う始末。すぐに『冗談、冗談』といつもの台詞でニヤリとする。
小百合と話せてうれしくはあるけど、憑依するのはたまににしてほしい。
『なんだい、年寄を除け者にするとはどういった了見だい』
ほら、噂をすればなんとやらだ。
「小百合さん、除け者になんてしていませんよ。疲れて仕事に支障をきたしてしまうから、私のことも考えてくださいと言っているだけです」
『そうかい。寂しいね。まあ、これももう少しの辛抱だよ。我慢しておくれ』
「えっ、もう少しの辛抱って」
『あはは、なんでもないよ。頑張るんだよ、梨花さん』
小百合はそんな言葉を残して身体から抜け出ていった。意味深な言葉が気にかかるが、今は仕事だ。
さてと、花の手入れをしなきゃ。
あっ、今日は切り花の仕入れがあるから確認もしなきゃ。そうだ、ツバキにごはんをあげていなかった。
「ツバキ」
あれ、ツバキがいない。
「節子さん、ツバキをみかけませんでしたか」
「えっ、そのへんにいないかい。さっきまで入り口横で毛繕いしていたと思ったけど」
庄平にも確認したが、家のどこにも見当たらなかった。
いつの間にか外に出てしまったのだろうか。
考えられるとしたらシャッターを開けたときだ。気づかないうちに、足元をすり抜けて外へ出てしまったのかもしれない。戻って来てくれるからいいようなもの。事故に遭わなきゃいいけど。心配なのはそれだけだ。
「また誰かを連れてくるんでしょうか」
「どうだろうねぇ。そうかもしれないし、ただ散歩したかっただけかもしれないし。何とも言えないねぇ。まあ、ツバキのことだから心配することはないよ」
そうだけど、気になってしまう。賢いから大丈夫だろう。車の怖さも知っているし、危険人物には近寄らないだろう。
仕事、仕事。
器はしっかり洗ったし、傷みだした花もさげた。そうそう、切り花のヌルッとした部分を洗って斜めに切らなきゃ。
「あの、すみません」
早速、お客様の来店かな。
あれ、ツバキ。入り口からトコトコと入って来るなり、所定の場所へ移るとグゥーッと身体を伸ばして大欠伸をひとつした。自分の仕事は終わったから寝るって感じだろうか。
「あの」
女性客の言葉に我に返り「すみません」と近寄っていく。ついツバキを見入ってしまっていた。
あれ、この人どこかで会ったことないだろうか。
記憶を探り誰だかを思い出そうとする。梨花は、「あっ」と思わず声を出してしまった。
目の前の女性がキョトンとした顔を向けている。当然の反応だ。
「あの、もしかして崎本麻沙美さんですか」
「え、はい」
やっぱり。けど、どうしてここに。
怪訝な顔をしてみつめてくる麻沙美。
初対面だった。きちんと説明しなきゃ。
「私、小城梨花といいます。榊原彩芽さんから話を聞いていたもので」
「ああ、そうでしたか」
本当は小百合が教えてくれたのだけど、まあいいか。
ふと視線を感じた。ツバキだった。
そうか、連れて来たのか。さすがだ。仕事が早い。
それはそうと、麻沙美に話しは通じているだろうか。楓に任せてしまったけど、彩芽とお邪魔させてもらうこと知っているだろうか。
「あの……」
なんて話そうか。迷っていたら麻沙美が口を開いた。
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