猫縁日和

景綱

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第7章 パッと咲いた笑顔の便り

(7-1)

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「来たよ、梨花ちゃん」

 楓の声が店中に響き渡り、入り口横で寝ていたツバキがスッと起き上がる。そのあとの行動は素早かった。
 ツバキは柱の陰に隠れて、ちょっとだけ顔を出して様子を窺っていた。

「ツバキ、大丈夫よ」

 ツバキも声の主が楓だとわかったのか、再び入り口横の出窓へと戻って毛繕けづくろいをはじめた。猫って面白い。

 あれ。楓ともうひとり。

 再び、ツバキが顔を持ち上げる。見知らぬ顔に警戒しているのだろう。
 崎本悠太さきもとゆうただ。
 先週、崎本家にみんなでお邪魔して仲直りパーティーを開いた。そのときに悠太とは出会っている。

「あの、こないだはありがとうございました」

 お邪魔したときも思ったけど、悠太は本当にしっかりしている。小学二年生とは思えない。
 麻沙美の育て方がいいのだろう。

 それでも、今回は間違い犯してしまった。それもいろんなことを一人で抱えていたせいだ。会ってみないとその人のことはわからないものだ。だからそこ、噂って怖い。というか、麻沙美はあそこまで酷いことは話していない。
 それが真実だと信じている。

 おばちゃん連中が勝手に話を盛ってしまったのだろう。
 今回はネットには書き込みされていないようだし、それについては一安心だ。
 ネットに流れてしまったら最悪だった。気軽にSNSで変なことつぶやかないように気をつけなきゃ。

「おや、楓ちゃんに悠太くん。いらっしゃい。今日はデートかい」
「そうなの。悠太くんがね。一緒にお花屋さん行こうって誘ってくれたの。いいでしょ」

 おお、まさかの展開。
 照れて否定するかと思ったのに。認めた。悠太のほうはちょっともじもじしている。しっかりしている悠太も色恋については苦手みたいだ。小学二年生だから当然か。
 それに引き替え、楓はすごく積極的みたいだ。幼稚園児とは思えない。

「楓ちゃんは悠太くんのこと好きなんだねぇ」
「うん、楓ね。悠太くんのこと、だい、だい、だーーーいスキなの」

 なんだか微笑ましい。梨花は節子と楓の会話を黙って聞いていた。

「そうだ、楓ちゃんになにかお花のプレゼントしてあげようかねぇ」
「えっ、お花くれるの。なんでもいいの」
「いいよ。けど、今日は悠太くんに楓ちゃんのプレゼントを選んでもらおうかねぇ」

 節子の提案に「それいいですね」と思わず梨花は口にしていた。

 悠太は少し困惑気味に映ったが、「えっと、えっと」と言いながら花を見はじめていた。

 そういえば……。
 楓にフラワーアレンジメントをプレゼントしようと思っていたのに、いまだに何もあげていない。まあいいか。またの機会にしよう。悠太は何を選ぶだろう。

「あの、ぼく、これがいい。いいよね」

 悠太が選んだのはフラワーアレンジメントだった。白雪姫と七人の小人をモチーフにしたものだった。鉢植えの花を選ぶのかなと思っていたら、そっちを選んだか。

「うわっ、うれしいな。白雪姫だよね。ほしい、ほしい」
「いい物選んだね。約束だからねぇ。楓ちゃんにプレゼントしようねぇ」
「わーい。やったーーー」

 節子は満足そうに微笑んでいた。節子の作品を選んでくれたからだろうか。それとも、二人の愛らしい姿にだろうか。きっと後者だ。

「悠太くん、どうしてこれを選んだんだい」
「えっ、なんとなくかな」

 悠太の顔がほんのり色づいた。

「なんとなく。本当に、そうなのかい」

 どうみても悠太は照れている。

「あのね。なんか守られているみたいだったから。真ん中のお花が楓ちゃんで、あの、そのこれがぼく」

 悠太は真ん中にいる小人を指差して、頭を掻いてまたもじもじしていた。
 いいな、この感じ。
 幼い二人に幸せの贈り物を貰えた気分だ。

 ふと、梨花は颯のことを思い出してしまった。自分も幸せにならなきゃ。

「郵便です」

 入り口に郵便局員が顔を出していた。

「あっ、ご苦労様です」

 梨花は二通の封筒を受け取った。

「ニャッ」
「ツバキ、どうしたの」

 足元にトコトコと歩いてきてツバキが上目遣いで見てくる。なぜか立ち上がってよじ登ろうとしてくる。封筒が気になるのだろうか。

 鰹節かつおぶしの匂いでもついているのかも。そんなわけないか。
 えっと、一通はいつもの仕入れた花の請求書だ。もう一通は、庄平宛の手紙みたい。裏返すとそこには『吉沢光輝(よしざわこうき)』との名前があった。

「節子さん」
「んっ、なんだい」
「これ、庄平さん宛てなんですけど」

 梨花は節子へ手紙を渡すと「光輝からじゃないかい。なんだろうねぇ」と口元をほころばして庄平を呼んだ。

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