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変な人だ
しおりを挟むほどなくして新大久保駅に着くと皆中稲荷神社へ向かう。駅は小さいが混雑していた。コリアンタウンがあるらしいからそれ目当てで来る者が多いのだろう。俺と同じで皆中稲荷神社が目的の者もいるのかもしれない。駅のすぐそばだと聞いていたが本当に徒歩一分くらいで着いてしまった。ここで願えば宝くじやコンサートチケットが当選するなんて話があるらしい。そんな話を鵜呑みにするつもりはないがもしかしたらとの期待はあった。
それでここはどんな神社なのだろう。
スマホで検索してみるとすぐにお目当てのサイトがみつかった。
江戸時代、鉄砲組与力の夢枕に稲荷様が立たれ、霊符を示し、稲荷神社に参拝をして射撃を試みたところ百発百中だったとの話があるようだ。そのことから『皆中』を『みなあたる』としてよくあたる神様として親しまれたらしい。
なるほど。
鳥居の前で一礼すると拝殿へと歩き出す。
まさかこの俺が神頼みするとは。ギャンブルで金を捨てるよりはマシか。
参拝するとしよう。おや、参拝するのに並ぶのか。思ったよりも人気スポットみたいだ。俺は列の最後尾に並ぶことにした。神社の敷地はそれほど広くないせいで最後尾は神社の外だった。もうひとつある鳥居から出て列に並ぶ。なんだか変な感じだ。外とは言え、神社内の様子は窺える。社務所ではお守りを買う人や御朱印を貰いに来ている人たちもいた。
俺のような者でも狐神様は願いを叶えてくれるのだろうか。何度も足を運んでから願い事をしたほうがいいなんて話を聞いたことがある。初見でいきなり願い事とは無礼者となりそうだ。大丈夫だろうか。厳しい狐神様だったらおそらく俺の願いは却下されるだろう。
何気なく社の屋根を眺めてハッとする。すぐに視線を逸らせて目を擦る。再び、社の屋根に目を向けたがこれといって変わったところは見受けられなかった。やっぱり何もいないか。見間違いでもしたのだろう。銀色に輝く大きな狐がいるはずがない。俺にそんなものを見る力はない。それでも稲荷神社の狐神様が屋根の上にいてたまたま見えた可能性があるのではないか。そうだったらこの稲荷神社と何かしら縁があるのかもしれない。そう思いたい。
おっ、やっと参拝できる。
賽銭を入れると二礼二拍手をして手を合わせて目を閉じる。
『狐神様、新島結弦といいます。宝くじの一等が当たりますように。そのことで俺の人生が好転するかもしれません。親の脛をかじることなく真面目に生きていきます。必死になって頑張ります。なので、願いを叶えてください。お願いします』
拝殿に向かって一礼をして後ろに待っている人に場所を譲り小さく息を吐く。気づくと俺を叱りつけた彼女が隣で微笑んでいた。秘書の仕事に戻らなくていいのか。
「なんだ、ついて来ていたのか。いつまで俺に付き纏うつもりだ」
「いいじゃないですか。私の勝手でしょ」
「そうかもしれないが鬱陶しい。それに秘書の仕事があるだろう。だから帰って親父に言っておけ。俺はもう無茶はしないから大丈夫だってな」
「あら、私、秘書なんてとっくに辞めているんですけど。だから社長には何も言えないです」
「なに。辞めた。親父の監視じゃないのか。それじゃなんでここにいる」
「監視じゃないです。ここにいるのは私の意思。いけなかったでしょうか」
「いけないもなにも。ここにいる意味がないだろう。それになぜ辞めた。かなりの高待遇だったろう」
「そうですけど……。わ、私、社長のやり方に我慢できなくなっちゃったんです」
何口籠っている。俺は社長秘書の飯塚をチラリと見遣り口元を緩ませた。おかしな奴だ。あそこまでいい給料払ってくれるところはないはずだ。まあ、それを言ったら俺も同じか。人のことは言えない。もしかしたら似た者同士なのかもしれない。人間関係重視ってところか。それじゃこいつは元社長秘書か。今は無職ってことか。
「会社辞めたのなら、なんで俺に付き纏う」
「だから私の勝手でしょ」
「勝手って言われても納得できないだろう」
「それは、そうですけど。あまりにもお金の使い方がなっていないし、世間知らずっていうか。その、心配で放っておけなくなってしまいました」
世間知らずか。そうだろうか。金の使い方はなっていなかったかもしれないけど、そんなことないと思う。心配で放っておけない。俺ってそんな危なっかしい奴に見えているのか。その前に、今まで俺のこと見ていたのか、こいつ。
まさか、ストーカーか。ギャンブル三昧していたことを知っているってことだろう。パチンコで少し勝ったくらいであとは全敗だ。競馬も競輪もボートも撃沈だった。全部、見ていたっていうのか。なんだか震えがきた。
こいつとはあまり関わらないほうがいいかもしれない。
チラッと彼女に目を向けると口角をあげて笑みを浮かべた。ストーカーじゃないと思いたい。仕事ぶりを知っているがそんなことをする人には見えなかった。ストーカーじゃない。大丈夫だ。それなら、いったい何を考えているのだろう。どこか頭のネジが抜け落ちているとか。いやいや、それはない。どっちにしろ、追っ払ったほうがいい。ここは無視だ。あまり気にしないことにしよう。それがいい。
残っている金は確か二十万くらいか。ずいぶん使ってしまった。どうしたものだろう。
今の姿を会社の同僚や先輩に見られたら、やっぱり落ちぶれてしまったと思われるだろうか。後ろ指さされているかもしれない。よれよれのシャツとカーゴパンツを見遣り溜め息を漏らす。
会社を辞めて再就職もせずギャンブルに明け暮れているどうしようもないダメ男だ。そう考えたら父親が俺を見限ったのは正解だったのだろうか。見る目があったということだろうか。そうとも思えない。再婚相手の息子があの会社を盛り上げていけるとは思えない。あいつがこのままだと後継者になる。社長になんかなったらと思うと震えがくる。下手をすれば倒産させてしまう恐れだってある。いいのか、このままで。俺がどうにかしなきゃいけないんじゃないのか。俺にできるのかわからないけど。
「もしもーし。私、まだいますけど。見えていますか」
目の前で手を振る彼女になぜか心臓が跳ね上がる。思った以上に顔が近かったせいで驚いただけだ。きっと。
「あの、聞こえていますか」
「えっ、ああ、すまない。って、おまえ、まだいたのか。もう無駄遣いはしない。だからどっかに行け。放っておいてくれ。俺はもう社長の息子じゃないんだぞ。付き纏ったところでいいことはないぞ」
しまった。答えてしまった。関わらにほうがいいと思っていたのに。
「あら、心外です。私、あなたが社長の息子だから付き纏っているわけじゃないですけど」
「じゃ、なんでだ」
「そ、それはその。えっと。ああ、そうそう、家も追い出されたんですよね。きちんと住むところ探さないとダメですよ。ネットカフェに泊るのは終わりにしてください。それに仕事もしないといけません」
大きなお世話だ。好きにさせてくれ。おまえは俺のなんだ。恋人でもなんでもないだろう。本当にお節介な奴だ。話を誤魔化しやがって。まったく頬を赤らめて熱でもあるのか。それならさっさと家に帰ればいいのに。
んっ、こいつまさか。そういうことなのか。俺のこと。ダメだ、今の俺はダメ男だ。俺よりももっといい奴はいる。ここは突き放した方がいいか。それともダメな男だとわからせてやろうか。どうする。ストーカー気質かもしれないぞ。追い払うような真似をして逆上したらどうする。だから、そんな人じゃないって。きちんと話せばわかってくれるはずだ。
「話をすり替えるんじゃない。とにかく放っておいてくれ。さっきも言ったがもう俺は大丈夫だ。部屋もみつけて働くさ。このままだと金がなくなっちまうからな。ちょっと憂さ晴らししたかっただけだ。真面目にやるからもう心配しなくて大丈夫だ」
「でも、私」
「そんなに心配なら。おまえの家に居候させてくれよ」
「えっ、私のところに」
「ああ」
「そ、それはダメです。困ります」
彼女は照れた顔をしてあたふたしていた。可愛い顔しちゃって。あまり無下に扱うのもよくないだろうか。本当に俺のこと心配してくれているみたいだし。まったく俺はどうしてこうなのだろう。悪い男になれそうにない。
「冗談だ。冗談。俺はきちんとアパート借りて頑張るさ。おまえにガンツと言われて目が覚めた。ありがとうな」
「そう言ってもらえると嬉しいです。あの応援していますからね。絶対にもうひとりのバカ息子になんて負けないでくださいね。それじゃ」
「おい」
行っちまったか。バカ息子だなんて言ってあいつ兄貴と何かあったのか。ああ、兄貴だなんて思うだけで鳥肌が立つ。あんな奴、兄貴でもなんでもない。あの母親も俺の母とは認めない。あんな奴らのことは忘れろ。まずはどこか住むところみつけよう。ネットカフェ暮らしはもうやめだ。ちょっとでも安心させてやろう。って何を考えている。誰を安心させてやるっていうんだ。
あれ、何か落ちている。拾ってみると、猫のキーホルダーだった。
これってどこかで見た記憶がある。どこでだったろう。
「あの、それ私のです」
「えっ、そうなのか。飯塚さんのか。じゃ、はいどうぞ」
手渡すと彼女は「ありがとう」と頬を緩ませた。
照れた顔はやっぱり可愛い。なんだか、そんな様子に癒された。というかいつの間に戻って来ていたんだ。気づかなかった。
「あの、それと言い忘れていたんですけど、この道をまっすぐ行ったところに不動産屋がありますよ。とっても素敵な不動産屋だから行ってみてください。絶対に力になってくれるはずですから」
素敵って。不動産屋に素敵とかあるのか。親切な人がいるってことなのだろうか。
「あっ、おい」
まったく言いたいことだけ話してまた行っちまった。やっぱりおかしな奴だ。
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