満月招き猫

景綱

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こいつが仙人?

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「あれれ、おまえどうしちまった。赤子になっちまったのか。こりゃ凄い。やりがいがあるってもんだ」

 ミーヤがゆっくりと下ろしてくれて声の主に目を向ける。
 眩しい。目に光が飛び込んできて目の前に誰がいるのかわからなかった。これは後光か。違うのか。

「なんだ、なんだ。眩しかったか。おいら輝いているもんな。なんて嘘、嘘、カワウソだ。暗い中からいきなり外に出りゃそうなるさ」

 今の言葉ってまさか。

「ねぇ、あんたが仙人様だったの。違うでしょ」
「なんだおいらが仙人らしくないっていうのか。まあそうだろうな。だがおいらが仙人だ。見かけだけで判断するんじゃないぞ。いいな」
「わかったわよ」
「あはは、真面目なこと言っちゃった。美月ちゃん、笑顔、笑顔。美月ちゃんは笑ったほうが可愛いんだからさ」

 なんだ、こいつ。見かけで判断するなと言っているがそんな問題じゃない。話し方だけでも仙人だとは思えない。賢は手をかざして眇め見る。光に少しずつなれていくと目の前の仙人の姿がはっきりしていく。
 やっぱり、こいつだったか。

「おっ、やっと目が慣れてきたか。どうだ、おいらが仙人だ。やっぱりおまえは夢を持っていたじゃないか。夢を捨ててなんていなかったじゃないか」

 夢月楼街で会ったコツメカワウソが本当に仙人なのか。

「嘘だろう。何かの冗談だろう」
「な、何を言う。おいらが正真正銘偉い仙人だ。カワウソだけど嘘じゃないぞ」

 またダジャレか。やっぱりこいつはカワウソと嘘を絡めて言う癖がついているみたいだ。単に好きなだけって話もあるか。

「話し方といいその見た感じといいどうみても仙人じゃないだろう」
「ダメだな。わかっていない。目で見たものだけで判断してはダメだ。だから絵に輝きがないんだ。真のアーティストになれないんだ」
「なんだと、おまえに何がわかる」
「ちょっと待って。賢、話せるの」

 えっ、話せる。美月は何を言っている。
 んっ、あれ。そういえば。

「あーーー、えーーー。そのーーー。思ったことが言える。凄い」

 賢は普通に話せることに心が躍った。もしかして赤ちゃんの姿にも変化が起きたかもと思ったがそこについての変化はなかった。残念。
 コツメカワウソが咳払いをひとつして「おいらの力だ。崇めろ」と胸を張ってドヤ顔をしていた。こいつ、どう考えても仙人とは思えない。

「おまえ凄いな。よしよし」

 ミーヤがコツメカワウソの頭を撫でていた。

「こら、やめろ。おいらは仙人だぞ。まだわからないのか」

 もしかして怒っているのか。不思議なのだが見た目の可愛らしさのせいか怖くない。声も子供っぽいせいもあるのかもしれない。威厳の『い』の字も感じられない。

「なんだ、なんだ、なんだ。顔を擦り付けるな」

 どこにいたのかパンがコツメカワウソに寄り添っていた。
 パンはミーヤに抱き上げられて自分のそばに下ろされた。

「パン、おまえはやっぱり自分と一緒にいないとな」

 パンは小さく鳴くと頬擦りしてきた。
 うっ、なんだか臭い。もしかしてコツメカワウソの臭いがついたのか。あいつ、風呂に入っていないだろう。

「おい、今おまえ変なこと考えただろう。例えばおいらが臭いとか」
「よくわかったな」
「むむむ、馬鹿にしたな。おいらは仙人だ。臭いなんか気にするな」

 仙人と臭いとどう関係するのだろう。よくわからないこと言う。というか臭いと認めているんじゃないか。
 それにしてもこうして会話できるってやっぱりいいな。

「ねぇ、ちょっと。そんな話はどうでもいいでしょ。賢が立派な画家になれるにはどうしたらいいのか話なさいよ」

 美月がコツメカワウソを睨んでいた。

「あっ、はい」

 完全にビビっている。仙人なら何を言われてもドンと構えていればいいのに。

「それじゃ、うーん。ダメだ。ちょっと待っていろ」

 コツメカワウソが背を向けて肩を上下させた。何をしているのだろう。

「うわっ」

 白煙が立ち込めてコツメカワウソの姿が消える。

「急に何するのよ。驚かせないでよね」

 美月は煙を振り払い怒鳴り散らしていた。ミーヤはというと目を瞑り咳き込んでいた。パンも同じだ。
 白煙が薄らいでいくとコツメカワウソの姿はなかった。消えたと思ったのだが違った。目の前に白鼠が鎮座していた。手には木の枝、頭には魔法使いみたいな三角帽子を被っていた。

「うむ、どうだ。これがおいらの真の姿だ。コツメカワウソの姿は借りの姿。気づかなかっただろう」
「わかるわけがないでしょ。馬鹿じゃないの」
「美月、言い過ぎ」
「ふん、いいのよ。こんな仙人に賢を預けられないわ。私が賢の夢を叶える手段を考えてあげる」
「馬鹿者。おいらでなければ無理だ。さっきも言ったが見た目で判断しているうちは『夢は夢のまま』だ。わからないのか」
「だからわからないって言ってんでしょ」
「おいらはおまえには言ってない。そっちの、賢だったか。おまえに話しているんだ」

 美月は白鼠が手にしている木の枝で頭を叩かれてムッとした顔をしていた。

「自分ですか」
「そうだ。おまえだ。自分だけの物の見方を養え。何に関しても興味、好奇心、疑問を持て。見たものだけじゃなくその裏側に隠れたものを感じろ。自分なりの答えをつくるのだ」

 なんだ、この感じは。さっきまでコツメカワウソには感じなかった風格がある。小さくなったのになぜだろう。言葉も心に突き刺さってくる。
 こいつは本物の仙人なのかもしれない。
 賢は仙人の言葉を深く感じ入った。

「そうだ、忘れていたおいらは『天琥あまく』だ。よく覚えておけ」

『アマク』って名前か。それにしてもさっきまでのおちゃらけた感じはどこへいったのだろう。これが本当の姿ってことか。なんだか脇汗が噴き出てきた。

「ほら、美月。おまえも王族ならきちんと礼儀というものを身につけろ」
「痛い。なんで叩くのよ」
「おまえが丁度叩きやすい場所にいるからだ」
「なによ、それ。仙人でしょ。それこそ礼儀がなっていないんじゃないの」

 美月はまたしてもしなった木の枝でぶたれていた。

「ああもう、暴力反対」

 天琥が再び枝を振り上げたのを見て堪らず止めに入った。

「止めるのが遅い。紳士たる者、淑女に優しくあれだ」
「おまえが言うな」
「うるさい、美月は黙れ。今の言葉は美月には適応しない。美月は淑女ではないからな」

 天琥は何を言っているのだろう。矛盾しているだろう。
 あっ、まずい。美月の顔が真っ赤になっている。目もつり上がっている。天琥、殺されちまうんじゃないのか。

「おい、ちょっと待て。冗談だ、冗談だって」

 やっぱりこいつは仙人とは思えない。
 美月に追い回される天琥の姿は威厳もなければ風格もない。

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