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15号室 心ここにあらず(後半)
しおりを挟む「おい、どうしたんだよ」
「ごめん、どうやら変な夢を見たみたいだ」
「そうか、悪夢でも見たんだな。すごい悲鳴あげていたからな」
そうなのか。悪夢か。そうだよな。大輝はブルッと身体を震わせて運転席にいる征史を見遣った。いるよな。
「なんだ、変な奴だな。もしかして、俺が死んだ夢でも見ていたとか」
征史は笑いながらそう告げた。
正解だとは言えなかった。あんな悍ましい光景を語りたくはない。
「おい、本当に大丈夫か。具合でも悪いんじゃないのか」
征史は続けてそう言ってきたが、「大丈夫だ」とだけしか返せなかった。
「大丈夫ならいいけどさ。おまえの悲鳴すごかったんだぞ。思わずハンドルから手を放しちまったよ。それはそうと、悲鳴ってなんで悲しんで鳴くって書くんだろうな。怖いときの叫び声ってイメージするんだけどな」
「なんだよ、唐突に」
「いや、なんとなく」
もしかして、悪夢を忘れさせようとしているのか。それで急におしゃべりになったとか。意外と優しいところがあるじゃないか。
悲鳴か。大輝は大きく息を吐く。少しは気持ちが落ち着いてきたようだ。征史のおかげかな。
確かに悲鳴といえば苦痛とか恐怖のときの叫び声って感じがする。けど、悲しいときも叫ぶことあるよな。
「おい、話を聞いているのか」
「ああ、すまん。ちょっと考えちまって。思うんだけど、悲しいときも叫ぶんじゃないか。肉親や親友が亡くなったときその死を悲しんで信じたくなくて嫌だって叫ぶのも悲鳴なんじゃないのかな」
「そうか、そういうこともあるか。なるほどな。なら、俺がいなくなったらおまえは悲鳴をあげるのかな」
「なんだよ、それ」
征史は笑みを浮かべて「気にするな」とだけ口にした。
まったく何を考えているのだか。気にするなって言われても気になるじゃないか。妙な胸騒ぎを感じつつ、窓の外へ目を向ける。見覚えのない景色が流れていく。けど同じ景色をさっきも見なかっただろうか。あれ、ついさっきも同じようなこと考えていなかったか。
なぜだか急に不安になり運転席を見遣る。征史はいた。大丈夫か。
それにしても、時間かかるな。本当に家に向かっているのだろうか。道が違う気がするけど。
「おい、俺の家に向かっているんだよな。さっきから同じところをグルグル回っている気がするんだけど」
「そんなことないだろう。あれ?」
「なんだ、どうした」
「いや、今通り過ぎた木のところに着物を着た女の子がいた気がしてさ」
木のところに? 着物の女の子?
ふと日本人形が頭に浮かび、かぶりを振った。
いただろうか。後ろを向いてみたが、もうかなり離れてしまっていて確認出来なかった。きっと見間違いだろう。こんな深夜に人気のない道を歩く人がいるとも思えない。近くにコンビニでもあれば小腹が空いて夜食を買いになんてこともあるだろうけど。コンビニはなかったはずだ。いや、あるのだろうか。
まあいいか、そんなこと。
おかしいな、なんだか眠くなってきた。寝るのは運転手に悪いから寝てはいけない。けど、睡魔が襲ってくる。たまらず大輝は大きな欠伸をした。
「なあ、眠かったら寝ていいぞ」
「えっ、大丈夫だよ」
「いや、寝たほうがいい」
「俺だけ眠るのは悪いよ」
「気にするな。おまえだけでもここから抜け出せ」
「はっ? 抜け出せ? 征史、いったい何を」
「気にするな。とにかく行くぞ」
その言葉を最後に征史は一言も話さなくなってしまった。ただ、おにぎりを一つだけ渡された。なんとなく小腹も空いている気がするし、せっかく貰ったのだからとおにぎりを食べた。一口かぶりつくと鮭が見えた。不思議な満足感がある。どこにでもあるようなおにぎりなのに。
大輝はぼんやりと外の景色を眺めながら、おにぎりをかぶりつく。どこへ向かっているのだろうか。目的地はどこなのだろうか。家に本当に向かっているのだろうか。
ああ、眠い。おにぎりを食べたせいなのか、さっきより眠気が強い気がする。軽くかぶりを振るが、睡魔が消え去ることはない。
「んっ、征史何かいったか」
「いいや、何も」
空耳だろうか。確かに聞こえた。ほら、自分に呼びかける声がする。征史の声ではない声がする。
ダメだ、眠い。睡魔には勝てそうにない。まるで、呼ぶ声が子守歌のように感じられる。なぜだろう。
「征史、着いたら起こしてくれな」とぼそりと呟き瞼を閉じた。
そのとき、微かに「おまえは生きて帰ってくれ」と耳にした。どういう意味だろうと思いつつ眠りについてしまった。
あれ、ここは。眠りについたはずなのに、今目覚めた感じがする。妙な怠さがある。
大輝はぼんやりする頭でどこにいるのか考えた。手にぬくもりを感じる。
「大輝、わかる。私よ、七海よ」
七海……。ああ、七海か。婚約者だ。両親もいる。なんだ、なんで泣いている。
そのとき、白衣を着た人が入って来て覗き込みいろいろと質問をしてきた。どうやら、病院らしい。消毒液のような臭いが微かにする。
なぜ、病院にいるのだろうか。
そうだ、征史は。
医師と思われる人は両親とともにどこかへ行った。七海だけが残り、手を握っている。なんだか潤んだ瞳をしている。やっぱり泣いているみたいだ。
「本当によかった」
よかったってどういうことだ。
「俺、どこか悪いのか?」
「ううん、そうじゃないわよ」
「なら、なんだっていうんだよ」
「助かったのよ。もう半年も眠っていたんだから」
半年だって⁉
さっぱりわからない。自分に何があったのか。ふと征史と車に乗っていたことが思い出される。ついさっきのことのように思える。大輝は首を傾げてあれは夢だったのか、現実のことなのかと自問自答した。答えは出ない。
「なあ、七海。俺、変な夢を見ていたのかもしれない」
「そうなの」
「ああ、征史とドライブしていたんだけど。あれは……うーん」
七海が顔を背けてすすり泣いた。
「おい、どうかしたのか」
七海は顔を背けたまま返事をしない。どうしたのだろう。
「なあ、征史に何かあったのか」
涙で頬を濡らした七海が振り返り「征史さんは、亡くなったの」とだけ口にした。
えっ、亡くなった。どうして……。
七海は詳しく話してくれなかった。
ふと征史の声が脳裏に蘇る。
『おまえは生きて帰ってくれ』との言葉だ。
あれはやっぱり夢じゃなかったのかもしれない。
***
大輝はほどなくして退院した。
退院したら、ずっと気になっていた征史の家に行こうと決めていた。線香をあげたいとの思いと、どうして征史が亡くなったのか聞きたかったからだ。
家に着くと、征史の両親が迎えてくれた。
最初は口を閉ざしていたが大輝が夢の話をすると征史の父は、涙ながらに話してくれた。
話が進むにつれて胸が張り裂けそうで、止め処なく涙が零れた。
まさか、そんなことって。
「征史、なんでだよ」
大輝は仏壇の前に蹲り嗚咽する。
征史の父は涙を流しながらも「息子のために泣いてくれてありがとう」と肩に手を置きお辞儀をした。
交通事故だと話すが、そんな怪異なことがあるはずがない。ありえない。事故のはずがない。あれは、きっと。
車は一本の大樹に正面衝突していたそうだ。大輝は外に投げ出されて倒れていたと言う。征史はなぜか後頭部だけが後部座席に転がっていたという。
身体は今もみつかっていないとか。そんな事故がどこにある。
そのとき頭の片隅でケタケタと笑う声がこだました。まさか……。
嘘だ、そんなこと。あれは夢だ。ただの悪夢だ。
大輝はかぶりを振り『違う、違う』と心の中で連呼した。ふと大輝の目の端に映るものがあった。そんな、まさか。目の端に映ったのは日本人形だった。衝撃に涙が止まる。
「そ、その人形は」
大輝は思わず声に出していた。
「ああ、それは征史が亡くなった次の日に届いたんですよ。征史からの最後の贈り物なんです。なんでそんな贈り物をしたのかはわからないですけどね」
何が何だかわからなくなった。
大輝には、ケタケタとの笑い声が聞こえてくる気がした。
やはり、あれは事故ではない。
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