ちょっと奇妙な小部屋 ホラー短編集

景綱

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16号室 転落人生(前半)

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 屋上に辿り着くと、彼女は「よかった、来てくれて」と微笑んだ。
 日色彩ひいろさやかの笑顔がそこにある。

「彩、急にこんなところに呼び出してどうしたんだよ」

 大きく息を吐くと、僕はゆっくりと彼女に近づいていった。

「進、またね」

 彼女は再び微笑んでそう告げると、屋上の柵を飛び越えて消えた。

「さ・や・か……」

 僕は状況が呑み込めずに、その場に立ち尽くしたまま彼女が消えた柵の向こう側を呆然と眺めた。ここはビルの屋上だ。あの向こう側は。
 ハッとして柵へと駆け出し覗き込む。
 そこにはうつ伏せに倒れている彼女の姿があった。
 頭が真っ白になる。
 ただただ、動かなくなった彼女の姿をみつめることしか出来なかった。

 どれくらいそうしていたのだろうか。何時間もずっと覗き込んでいたのか、数分だったのか定かではない。時が止まっていたようにも感じられる。
 僕が正気を取り戻したとき、突然両脇をしっかりと掴まれて警察官に連行されるところだった。

 これって、まさか。
 想像していることが間違いであってほしい。
 状況からして僕は彼女を屋上から突き落とした殺人犯と思われている。

 それは違う。
 警察官だって馬鹿じゃない。状況証拠だけで、殺人犯だと決めつけるわけがない。ただ関係者だということはわかる。だから、連れて行かれるだけだ。
 きっと覗き込む僕の姿を見た通行人が通報したのだろう。
 どんな通報をしたのか。それによっては殺人犯にされかねない。ふとそんな思いに囚われてしまった。なら、逃げたほうがいいのか。いや、ダメだ。逃げるなんて最悪な行動だ。ここはおとなしく警察に行くほうがいいだろう。
 正直に話せばわかってくれるはずだ。

 本当にそうか。
 屋上に来たら、急に彼女が飛び降りた。なんて話を信用する人がいるだろうか。いないだろう。もしも僕がそんな話を聞いたとしたら、下手な作り話だと考えるだろう。
 やっぱり逃げようか。
 いや、そんな気力はない。動かない彼女の姿が蘇り、項垂れた。けどすぐに微笑む彼女の顔も脳裏に蘇る。いったいどういうことなのだろうか。彩は何を考えていたのだろう。

『またね』と確かに言った。しかも笑顔で。今から自殺しようとする人の言葉とは思えない。
 ならば、なんだというのだ。

 どう考えても自殺以外ありえない。この目で見ていたのだから。けど……あの最後の笑顔はどういう意味だったのだろう。わからない。頭がこんがらがって整理がつかない。

 その後、厳しく取り調べをされた。そりゃそうだろう。完全に殺人犯と決めつけているのだから。いくら違うと話しても、『正直に話した方がいいぞ』なんて言葉が返ってくるだけだ。
 真実を話しているというのに。これは冤罪だ。なのに、まったく信じてくれない。
 自分の行く先が見えるような気がする。そのうち疲労困憊ひろうこんぱいして「私がやりました」なんて言ってしまうのだろう。自白すれば、起訴されて裁判で有罪確定。テレビドラマで似たようなシーンをよく見る。

 水無瀬進みなせすすむは殺人犯として人生を終える。そんな姿が想像出来る。この危機的状況をどう打開するかが鍵だ。
 それにしても、なぜこのような事態になってしまったのだろうか。そういえば、危機的状況のはずなのになぜか心に余裕がある。不思議だ。僕はなんでも出来る気さえする。

 なんでも?

 人殺しも出来るというのか。いやいや、そんなこと。出来ないと言いたいのに、もしかしたらと嫌な考えが浮かんでしまう。心のどこかに猟奇的な僕が存在するのだろうか。
 違う、違う、違う。僕はそんな人間じゃない。だとしたらこうなる理由が他にあるはずだ。

 まさか、彼女は自分のことを恨んでいたのだろうか。こうなることを予想して、自殺したのか。復讐なのか。いや、彼女はそんな人じゃない。最後の笑顔だって企んでいる人の笑顔ではなかった。そのまえに僕は恨まれるようなことはしていない。そのはずだ。
 わからない。これは単なる悪夢なのだろうか。そうなら、早く覚めてくれ。

 バンと机が叩かれて、ビクつき我に返る。

「早く、本当のことを話せ」

 だから話しているじゃないか。永遠とこんなことが続くのか。
 目の前にいる刑事の顔が鬼のように感じられた。これは何かの陰謀なのか。そうじゃない。自分に陰謀を企てる者などいない。どこにでもいるようなサラリーマンだ。大きな仕事に関わってもいない。大事な秘密を握ってもいない。

 このまま、無実を訴え続ければそのうち釈放されるはずだ。絶対に目の前の鬼に負けてなるものか。刑事の話の感じだと、なんの証拠もないようだ。目撃証言も屋上から覗いていたというものだけのはず。
 そりゃそうだ。僕は何もしていないのだから。
 それなのに、その後おかしなことが起こった。

「水無瀬、もう言い逃れは出来ないぞ」

 その言葉とともに、一枚の写真が突き出された。

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