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16号室 転落人生(後半)
しおりを挟む嘘だ、こんなことあるはずがない。声も出せずにその写真を凝視する。
僕が彼女を突き落そうとしている写真だった。
なぜ、どうして。やっぱり誰かの陰謀なのか。これは偽りの写真だ。合成写真だ。ありえないじゃないか。かぶりを振って「違う、こんなの嘘だ」としきりに訴えた。
「嘘だと。まだ否認するつもりか。いい加減にしろ。証拠はまだある。証人もいる。それにその傷。爪で引っ掻かれた痕だろう」
えっ、傷。
手の甲に赤く血の滲んだ傷痕があった。馬鹿な。こんな傷はさっきまでなかったはずだ。
何がどうなっている。
「DNA鑑定すればわかることだ。被害者の爪には皮膚片があったそうだからな」
頭がおかしくなりそうだった。いや、すでに僕の頭はおかしいのか。
理解に苦しむ状況が次から次へと出て来る。
確かに彼女は自ら飛び降りた。そうじゃなかったのか。
刑事が話すことが真実だとしたら、完全に自分がおかしいことになる。記憶が間違っていたというのか。罪を犯して起きながら、その記憶を自ら改竄したとしたら。精神に異常をきたしているのか。
わからない、わからない、わからない。
「俺は、俺は、やっていないんだ。信じてくれ」
その叫びは届かなかった。
***
精神鑑定の結果、精神に異常をきたしており、責任能力なしとの判断が下された。
今は病院にいる。
すべて偽りの記憶だったというのか。本当に精神異常者なのか。
結果がそうだったじゃないか。認めろ。証拠もあるじゃないか。
本当に僕が彼女を殺したのだろうか。まだ信じられない。
「水無瀬さん、気分はいかがですか」
気分だって。いいわけないじゃないか。看護師の言葉にイライラしてしまう。自分で自分がわからない。病気だから、わからないのかもしれない。
そう思ってしまえば楽なのだろうか。
何もかもが嫌だ。いっそのこと死刑宣告されてあの世逝きになったほうがよかったのかもしれない。
「どうかしましたか。難しい顔をしていますよ。何も考えずにゆっくり休んでくださいね」
うるさい。考え事をしているから、黙っていてくれ。
看護師に言い放ちたいけど、やめておく。僕は正常だ。自制心だってある。僕以外の全員が間違っている。僕は本当は正常で間違いなど犯していない。ここは僕の居場所じゃない。全員が敵だ。
押し黙っている僕に看護師は何事もないかのように話しかけてくる。無視されることなんて慣れているのかもしれない。
「それじゃ、お薬を飲みましょうね」
看護師は用意してきた薬を手に取り差し出してくる。僕は、睨み付けて看護師の手を払った。
「あら、お薬はきちんと飲まないと治りませんよ」
看護師は怒ることなく冷静に対処してくる。そんな態度が余計にイラつかせる。イラつくのも病気のせいなのだろうか。まったくうるさい看護師だ。病人扱いするんじゃない。そんな薬は必要ない。そうであってほしい。正直、半信半疑だ。正常だと思うことは間違っているのだろうか。ずっと、ベッドにいるせいで余計なことばかり考えてしまう。
誰か、助けてくれ。正常だと言ってくれ。
「仕方がありませんね。これはかなり深刻な状態のようですから、手足を縛らなきゃいけないですね」
えっ、縛るだって。
「そんなことは――」
やめろと叫ぼうとして口を塞がれてしまった。そのとき、看護師の顔を見てゾッとした。さっきまで優しい笑みを浮かべていたものが鋭く刺すような眼差しに変わっていた。
あれ、この眼差しはどこかで見た気がする。どこだったろうか。
あっ、そうだ。しつこく言い寄ってきた女性だ。何度も付き合えないと話しても、「進くんには私が必要なの」と押しかけてきた女性だ。
そのとき、看護師が薬を手に近づいて来て「もう逃げられないわよ。進くんは私のもの。覚えているわよね、私のこと。あんな女と付き合うから悪いのよ。すべては私が仕組んだことなの。それにしても、この薬の幻覚作用は素敵よねぇ。愛する人まで殺しちゃうんだから」と耳元で囁き、不敵な笑みを浮かべた。
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