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17号室 ブックウィルス(1)
しおりを挟むなんとなくパソコンを立ち上げてネットを見ていたら『ブックウィルス』という本の紹介文に目が留まる。
『読み始めれば、あなたはこの物語の舞台から抜け出せなくなるだろう』
そんな言葉が記されていた。本当かなと疑問を持ちつつも興味を惹かれることは事実だ。
宣伝の動画まである。どんなものなのかまずは観ることにしよう。
再生してすぐに眩い光が飛び込んで来て手を翳して眇め見る。
光の中から文字が浮き出てくる。
『あなたは男性ですか? 女性ですか?』
そんな問い掛けに『男性』をクリックする。
文字は消えて桜の花が映し出された。薄いピンク色の花びらが風に揺れている。小鳥の囀りもしてきた。なんとも心地よい。不思議と春の暖かな風が頬を撫でていった気がした。
なんでもない景色が映し出されているだけなのに、映像の中に吸い込まれていくような不思議な感覚に陥っていく。
おや、蝉が鳴き始めた。気づけば桜の花は消えて青葉が風に揺れていた。木漏れ日がキラリと光る。カサカサと葉の擦れ合う音が鼓膜を擽った。夏真っ盛りという印象が脳に焼き付けられていく。そうかと思うと、場面が変わり真っ赤に染まった紅葉が映し出される。黄色い銀杏の葉がゆらりゆらりと舞い落ちていく場面も映し出される。落ち葉を踏みしめる誰かの足音が微かにした。秋もいいな。
瞬きをした次の瞬間、寂し気な枯れ木とともに綿毛のような雪が舞い落ちる映像が始まっていた。遠くに見える雪山が映し出されて、ゆっくりと左から右へと映像が動き出す。
ぽちゃん。
水音だろうか。景色が霧に包まれる。いや、湯気だ。どうやら温泉のようだ。温泉には誰かが入っている。湯気ではっきりとしないがなんとも心惹かれる映像だ。勝手に若い女性が温泉に入っているのだろうと想像してしまう俺がいた。
春夏秋冬か。日本の四季がそこにあった。
これはいったい何を意味しているのだろう。おそらく物語と関係しているのだろうけど、どんな話なのかまったくわからなかった。宣伝の映像ではなかったのだろうか。
そんな映像が終わると真っ黒な画面になり『ブックウィルス』のタイトルが浮き上がり女性の声が聞えてくる。微かに聞こえてくるのは雨音だろうか。いや、川の流れる音かもしれない。そう感じた瞬間にひとりの少女が奥から歩いてきた。
白いシャツにタータンチェックのスカート姿の黒髪の少女が微笑みを浮かべて「私、あなたに会いたい。待っているからね、ここで」との言葉を残して消えていく。思わず、「待ってくれ」と叫んでしまった。真っ黒な画面には少女と入れ替わるように一冊の本が浮かび上がってくる。
『ブックウィルス』の本が画面いっぱいに映し出された。
「あなたはすでに心を奪われていることでしょう。ほら、あなたもこの物語の一ページを開きたくてしかたがないはずです」
そんな言葉で締めくくられていた。
『ブックウィルスの予約はこちらをクリック』という文字が淡く光っている。
発売日は一週間後。俺は、気が付くとマウスを動かして購入ボタンをクリックしていた。
***
一週間後、待ちに待った『ブックウィルス』の本が届いた。
すぐに一ページ目を開く。一気に『ブックウィルス』の本の世界に引き込まれていった。読めば読むほど心地よくて心が躍るようだった。本に心が奪われてしまっている俺がいた。
読みながら、少し首筋が痛んだ。喉の渇きも感じた。気づくと鼻水も垂れていてティッシュで拭う。風邪を引いてしまったのだろうか。けど、そんなことよりも話の続きが知りたくて本から目を離せなかった。
五百ページを超える長編にもかかわらず、あっという間にラストを迎えた。名残惜しい気持ちになりながら最後の一文を読み終えてホッと息を吐く。
最後のページを開いたまま余韻に浸っていると突然、後頭部に鈍痛が走った。徐々に身体に異変が生じていく。
頭が割れそうだ。身体が熱い。吐き気もする。節々に痛みもある。
俺の身体はどうなってしまったのだろう。風邪か。いや、インフルエンザかもしれない。
頭が朦朧としてきて読み終わった『ブックウィルス』の本を落としてしまう。
おかしい。この倦怠感はなんだ。力が入らない。何もしたくない。やる気が失せていく。
何もかも意味がないように思えてきた。ずっと寝ていてもいいのではないか。仕事なんてやらなくたっていい。そうさ、俺は誰にも縛らずにただこの部屋でボーッとしていればいい。風邪なんてどうでもいい。風邪じゃないかもしれないけど、そんなこと大したことではないさ。いっそのこと死んでしまおうか。そのほうが楽かもしれない。
いやいや、ちょっと待て。死ぬのは嫌だ。
俺はかぶりを振り、どうにか自分を取り戻そうとした。いったい何を考えている。どうしてこんなことを考えてしまったのだろう。急に、自分が自分じゃなくなってしまったようでブルッと身体を震わせた。
けど、今の身体の異変を考えると……。俺はこのまま死ぬのか。本当に、死ぬのか。いや、風邪で死ぬはずがない。死ぬとしたら風邪じゃない。それならば、なんの病気だ。突然発症する即効性のある病気。そんなもの知らない。医学の知識なんかないのだから当然だ。
ああ、気持ちが悪い。
この病気は寝ていれば治るのか。そんな気がしない。
身体が重い。何かに押しつぶされてでもいるようだ。
症状としては風邪かインフルエンザか、そんなところだろう。死ぬ病気ではない。それなのにどこかで死の臭いがする。予感がする。いやいや、違う。気のせいだ。かぶりを振って嫌な考えを否定する。
なぜ、急にこんなことになってしまった。床に落ちている一冊の本が目に留まる。
『ブックウィルス』というタイトルが鈍く光った気がした。
ふいにネットの映像に出てきた少女が目の前に立っている気がした。笑い声もした気がした。幻覚か、幻聴か。
俺は再び落ちている本を見遣る。本の帯に書かれた言葉に目を見開き、ブルッと身体を震わせた。寒気がする。まさか……。そんな馬鹿なことがあるはずがない。
俺は胸ポケットに入れていたスマホを取り出して震える指をどうにかスマホの画面に当てて一一九番に電話をした。単なる風邪だったら申し訳ないが、どうも全身の力が抜けていき変な病気にかかったのではとの疑念から電話してしまった。
***
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