ちょっと奇妙な小部屋 ホラー短編集

景綱

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17号室 ブックウィルス(2)

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「風見省吾さん、わかりますか」

 頭がぼんやりとする。ここはどこだ。重い瞼をどうにか開けて覗き込む女性に目を向けた。天使か。俺は天国に来てしまったのか。こんな可愛らしい天使がいるのなら、それも悪くはないのかもしれない。ふと、この天使にどこかで会ったことがあるように思えた。

「風見さん、風見省吾さん。わかりますか」

 ああ、わかる。俺は風見省吾だ。間違いない。返事をしようとしたが、何か喉の奥に異物が詰まっているような違和感があり話しづらい。それでも口を開いて声を出す。

「ここは、天国ですか」

 か細い声で問い掛けると女性は「違いますよ。ここは病院ですよ。しっかりしてください」との返答があった。
 そうか、病院か。
 そういえば救急車を呼んだ記憶がある。
 よかった。何の病気かはわからないけどこれで大丈夫だろう。そう思うと急に眠気が襲ってきた。瞼をゆっくりと下ろすと夢の国へと誘われていく。

 遠くで俺の名前を呼ぶ声がするがもう起きる気力はなかった。俺が目にした人は天使ではなく看護師だろう。寝ていればいずれ回復するはずだ。あとは医者に任せよう。

「風見さん、起きてください」
 なんで起こすんだ。眠いのに。
「風見さん、あなたは入院しなくてもいいんですよ。寝ないでください。ただの風邪なんですから」
「えっ、風邪、ですか」
「そうです。インフルエンザの検査も陰性でしたからね。他に異常もみられません。ですから、お帰りになっても大丈夫ですよ」
 そうか、風邪か。


***


 一週間後。
 俺は病院のベッドにいた。
 風邪だと診断されたはずなのに、再び救急車を呼ぶはめになった。救急車で病院に着くころにはまったく動けなくなっていた。どういうことだ。起き上がることさえ出来ないなんて。医者は何をしている。藪医者なのか。くそったれ、最悪だ。そんな診断をした病院にまた運ばれてしまった。
 俺はそうして今、病室のベッドに寝ている。いや、起きている。ただ身体が動かせないだけだ。瞼も上げることさえ出来ない。
 医師と看護師の会話はきちんと聞こえていた。

「どこも異常は見られないのだが、いったいどうなっているのだろうか。原因がつかめないとは。こんな症例ははじめてだ。念のため考えられる副作用のない薬を処方したのだが、どの治療薬も効き目がない。今はとりあえず様子をみていてくれ」
「はい、わかりました」

 医師が立ち去ったあと、看護師たちの会話も耳に入ってきた。
 ここは最先端の医療を誇る評判のいい病院だった。そんな病院なのに俺の病気が治らないというのか。原因不明という言葉を耳にした。治療薬がないとも耳にした。俺の身体はまるで他人のものみたいにまったく動かせない。
 何か新型のウィルスに感染した恐れがあるらしい。
 頭の片隅に『死』の言葉が浮かび、必死に俺はその言葉を消した。

 なぜ、看護師たちはそんな大事な話を俺がいる病室で話しているのだろう。との疑問はすぐに判明した。俺は意識不明の植物状態だと思われているようだ。確かに、身体は動かない。けど、意識はある。ぼんやりとしているものの話は聞くことは出来る。看護師たちは気づいていないようだ。なぜ、どうして。
 本当にここは評判通りの名医がいる病院なのだろうか。

「可愛そうにね。まだ若いのに」
「そうね。いったい何の病気なのかしらね」
「怖い病気よね。ニュースでもやっていたもの。全国各地で同じような病気にかかっている人がいるって。しかも、死者がひとり出たみたいよ」

 死者が出ただと。やめろ、そんな話。

「もう、縁起でもないこと言わないの。誰かに聞かれたらどうするのよ」
「大丈夫よ。ここには私たち以外には風見さんしかいないんだから」
「でもさ、本当に私たちには感染しないのかな」
「それは大丈夫よ。最初は、感染するかもしれないって隔離病棟に入れたけど、どうやら感染源は本みたいだからね。その本を読むと感染するんだって。読まなければ大丈夫ってことよ。不思議な話よね」

 何⁉ 本が感染源だと。
 そんなことありえるのか。本を読むと感染するなんて嘘だ。死者が出たってのも嘘だろう。
 そんな悪い冗談はいいから、早く治してくれ。何かの感染症ならワクチンがあるだろう。本が感染源だなんて嘘だと言ってくれ。

「風見さんもあの本を持っていたみたいよ」
「そうみたいね。『ブックウィルス』だっけ。今、発売中止されているみたいね。在庫も処分しているとか。怖い本ね」
「そうそうその本。今、ネットもニュース番組もそのことばかり。この病気のことを『ブックウィルス感染症』なんて呼んでいるみたいね」

 あの本、『ブックウィルス』が原因なのか、やっぱり。実はそんな気がしていた。
 ラストに書かれていた一文が頭を過る。


『読者諸君、これで君もあっちの世界に近づけたようだ。ほら、君の身体はもう蝕まれているよ』


 嘘だ、嘘だ、嘘だ。あれはただの物語だ。

***

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