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18号室 運命の歯車(後半)
しおりを挟む二ヶ月経ち、三ヶ月経ち。精神的にも限界が近づいてくる。
一億円をすでに手にしている人がいるのではないだろうか。うちではないことは確かだ。みんなわかって、お願いだから。ここには何もない。だから、うちをターゲットから外してほしい。
何度か空き巣に入られたこともある。もちろん、金目のものなんてない。この子と二人でギリギリの生活をしているのに、みんな放っておいて。一億円なんかないんだから。
鏡を見ると、どんどんやつれて頬がこけてしまっている自分がそこにいる。嫌な顔。おばあさんみたいになってしまった。こんなおばあさんの家には一億円はきていないと理解してくれているだろうか。
試しに、電話線も繋げて携帯電話の電源も入れてみる。電話は静かに所定の位置に鎮座している。携帯電話も問題なさそうだ。たまに迷惑メールはくるものの、一億円とは関係がない。大丈夫そうだ。
しばらく様子をみていたが、不審な電話もメールも完全になくなったことを理解する。
周りの目もなんとなく心配そうな目に映る。私の気持ちの持ちようなのかもしれないけど、このやつれ具合を見て心配してくれているのかもしれない。もとの生活に戻れる。そう感じた。
大丈夫、そうよ、大丈夫。この子とふたりでのんびり楽しく生活していられたら何もいらない。今のギリギリの生活だって幸せだって感じられる。この子の笑顔がなによりのご馳走だ。大丈夫、大丈夫。
五ヶ月、六ヶ月と経ち。あの神を語る文面はただの悪戯だったのではという話が強くなり、ニュースでもネットでもほとんど話題にあがらなくなっていった。
これでいい。よかった。ホッと胸を撫で下ろし、来ていた封書に目が留まる。ああ、そうか一歳半の健診に行かなきゃ。この子の健康管理もしっかりしないといけないもの。私もだけど。
身体測定、全身のチェック、発育、発達のチェック。
我が子はどこにも異常はみられずホッとした。ただ、ひとつだけ気になることがあった。
それは、体重だった。
『10.5kg』と表示された。
嫌な記憶が一気に蘇り、胸の奥に澱が沈む気がした。まさか……。ない、ない。あれは単なる悪戯。そう、半年も経っているじゃない。もし仮に本当に一億円が貰えるなんてことがあったとしても、すでに誰かが貰って口を噤んでいるはず。もう、嫌だ。あんな経験が再び起こるなんてこと。
そう思っていたのに……。我が家に、一億円がやってきた。夢でも幻でもない、これは現実だ。六畳とキッチンしかない狭い部屋のテーブルに、札束がどさりと乗っている。目を疑った。一瞬動きを止めてポカンと口を開けてしまった。だがすぐに周りの目を気にして様子を窺う。
大丈夫、誰もいない。けど、再び電話が鳴り始めるのではないかメールが止まらなくなるのではないかという不安が頭を過る。心臓の鼓動が早まり、このまま死んでしまうのではないかと錯覚してしまう。どうにか深呼吸をして落ち着こうと努めてみるが、なかなか脈はもとには戻らない。
『どうしよう』という言葉ばかりが浮かんできてしまう。抱っこしている我が子の笑みが心の拠り所になり、少しだけ冷静さを取り戻すことができたが問題が解決されたわけじゃない。
ふと今なら、大丈夫かもしれないと思えてきた。みんな、悪戯だと思っている今なら。もう一億円の話は都市伝説的なものに成り果てているはず。
大丈夫、そう今なら……。この貧乏生活からの脱却ができる。そう思ったら、機敏な行動ができた。
母の入院で実家に戻るとの嘘をつき、パート勤務をやめることを伝え了承してもらう。私の両親はすでに他界しており、いない。これくらいの嘘なら誰も傷つくこともないだろう。問題なんてない。アパートも契約解除し、即アメリカへと旅立つために空港へ。
私は新たな生活を手に入れる。これで、すべて解決。そうなるはず。私とこの子は幸せになる。
安堵の息を零して、飛行機の座席に座ったそのとき、メールが着信した。なぜ、電源はオフにしていたはずなのに。なんとなく嫌な予感がして、恐る恐る表示画面に目を向けた。
『一億円、確かに渡したぞ。だが、おまえは条件を無視しようとしている。その酬いは受けてもらうぞ。いいな。
神より』
条件って!?
酬いって何!?
その日、乗っていた飛行機は海へと墜落した。
そうだった日本在住でなくてはいけなかった。
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