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22号室 神様だって地下鉄に乗る(1)
しおりを挟む振り返るとすぐそこに波が押し寄せていた。
津波だ。逃げろ。そんな思いを嘲笑うかのように波は俺を呑み込んでいった。
うっ、い、息が。だ、誰か。
空気が泡となって吐き出されていく。海の闇に浮かぶ白い気泡がユラユラと上昇していくのが見えるだけだった。手を伸ばしたところで誰もその手を掴んでくれる者はいない。
俺は、死ぬのか。
津波という魔物に足を引っ張られて俺は海の深い闇へ沈んでいった。
「父さん、母さん、兄貴。助けて」
突然、ガクンと身体が揺れてハッと目を覚ます。
あれ、俺は……。
あたりに目を向けて夢を見ていたのかと気づく。俺は扉の横に寄りかかるようにして地下鉄に乗っていた。こんなところで寝てしまうなんて。相当疲れが溜まっていたのだろうか。
そうだ、俺は今日、仕事を辞めてきた。たった三ヶ月で辞めてしまった。これで何度目だろう。そんな憂鬱な気分が嫌な夢を見させたのかもしれない。けど、今の夢って。妙に何かが引っ掛かる。
まあいい。夢なんかどうでもいい。今だ、今どうすればいいのか考えなくてはダメだ。
もっと頑張れ、働かなきゃ生活出来ないぞ。誰も助けてくれる者はいない。仕事を辞めてどうすると自分に言い聞かせたところで嫌になったものは続けられない。仕方がないことだと自分を正当化してしまう。やっぱりダメ男だ、俺は。どうせ、俺は何をやってもダメだ。わかっているさ。
そうは言っても、何か仕事をしなくてはいけない。この世の中、金がなければ生きてはいけない。美味しいものも食べられなくなってしまう。孤独死という言葉が浮かびかぶりを振ってすぐに掻き消した。
んっ、あれ。俺はきちんとメシを食べていただろうか。朝飯は、昼飯は……。どうにもおかしい。食べた記憶がない。けど腹は減っていない。なら、食べたのだろう。それに今何時だろう。スマホで時間を確かめようとしたが持っていなかった。家に忘れてきてしまっただろうか。
ああ、もういい。何やってもダメだ、俺は。
とにかく仕事だ。仕事を探さなきゃ。
大きく息を吐き、次はどんな仕事を探そうかと考える。
俺の天職って何だろう。そう思ったら、嫌な記憶が蘇ってきてしまった。
「加須くん、この書類また間違っているよ。どうして君は……」
「すぐ直します」
「いや、もういいよ」
上司の溜め息が耳につく。
そんなやり取りを思い出して項垂れる。
地下鉄に揺られつつドア横に凭れかかり外に広がる闇をじっとみつめた。窓に映る情けない顔がそこにあった。また新たに仕事を探さなくてはいけない。こんな俺を採用してくれる会社があるのだろうか。俺の居場所はこの世の中にあるのだろうか。
すべて俺が悪い。やる気のなさが一番の原因だ。だから、仕事でミスもする。わかっている。けど、どうにもできない。
ふと視線を感じてチラッと横を見遣る。一番端の席にいる女性は本を読んでいた。中途半端な昼日中のせいかあまり乗客はいない。座る場所があるのに、席に着かずにドア横にいる俺を不審がっているのだろうか。いや、そんなことはない。気のせいだろう。だって女性は読書中だ。他には遠くの席に座っている営業マンらしき男性だけだ。いや、お爺さんもいた。どこか仙人めいている気がした。もしかしたら営業マンか仙人みたいなお爺さんのどっちかが俺を見ていたのかもしれない。
どうでもいいことだが、いくら昼間だとしても乗っている人が少ない気がする。まあ、そういうときもあるか。
それにしてもなかなか駅に着かないな。いつまでこの暗闇を見続けなきゃいけないのだろう。この闇のせいか、嫌なことばかり頭に浮かんできてしまう。この闇が俺に変な夢まで見せたのだろう。
再び俺は自分の境遇を呪うように自分の世界に入り込んでいく。
なぜ、俺は生き残ったのだろう。
窓に映る自分の目をじっと見遣り、あの忌まわしい出来事を思い出す。
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