本の御魂が舞い降りる

景綱

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第一話 謎の鍵が示す先

【五】新たな我が家

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 懐かしい。それなのに胸の奥に冷たい風が吹いている。
 深い溜め息を吐き、源じぃの家をみつめた。

 もう、ここにはいない。『遼哉』と呼ぶ声が届くことはない。
 からっぽの家だ。まるで家全体が項垂れて消沈しているみたいだ。家に心があればそんな気分だろう。そんなことはありえないけど。
 きっと自分の心が見る目を変えてしまっているのだろう。

 四年前まではここで一緒に暮らしていた。あのときと同じはずなのに、どことなく違う場所のようでもある。源じぃがいないだけなのに。

「源じぃ」

 気づくと名前を呼んでいた。
 いつからその呼び名で呼び始めたのだろうか。子供の頃だということは間違いないが、記憶は曖昧あいまいだ。

 そういえば、一時期源じぃのもとを離れていたときがあった。何度、引っ越しを繰り返しただろうか。三回か。確か、最初に引っ越しをしたのは小学三年だった。
 ずいぶん昔のことに感じる。十年前だから昔か。

 東京にいたのはどれくらいだったろうか。短かった気がする。二、三ヶ月くらいだろうか。すぐに源じぃのもとに戻った記憶がある。
 なぜ、ひとりだけここに戻ってきたのか。理由はよく覚えていない。

 んっ。この記憶は。
 ふとした瞬間、ひとりぼっちの自分の姿が見えた。
 誰もいないリビングでカップラーメンを食べている自分。兄がいたはずなのに、ひとりでいたのだろうか。兄の帰りは遅かったのだろうか。そうかもしれない。何かの部活をしていたんだっけ。忘れてしまった。

 現実だったのか、心が作りあげた記憶なのか。正直わからない。嫌な記憶だ。鍵をかけてどこかへ仕舞い込んでいたのだろう。
 ひとりぼっちの記憶が正しいとすれば、東京の暮らしはつまらないものだったかもしれない。
 たった十年くらい前の話なのに、もっと遠い記憶に感じる。

 源じぃ。

 本当にもういないんだよね。
 実は、うそでしたなんてどこからか登場してくるのではないか。期待してしまう。何を考えているのだろう。登場するわけがない。遼哉は小さく息を吐き、平屋の一軒家をもう一度ながめた。

 ずっとここにいればよかった。なんで、中学卒業と同時にここから再び東京の両親のもとへ行ってしまったのだろう。源じぃとの暮らしは楽しかったはずだ。
 それなのに源じぃをひとり残して東京に行ってしまった。

 東京。それはなんとも魅力ある言葉の響きだろう。気持ちはわかる。
 源じぃの暮らしよりも東京への憧れが勝ってしまった。それだけのことだ。馬鹿なことをした。
 そんなもの幻想だ。わかっていたはずだ。東京が悪いわけではない。馴染めなかっただけだ。
 それでも東京で暮らしていた。

 自分は田舎暮らしが性に合っている。今頃、気がつくなんて。遅い、遅すぎる。いや、もしかしたら子供の頃もそう感じて戻ったって可能性も。そうだとしたら、大馬鹿者だ。学習能力がなさすぎるだろう。それくらい覚えておけと、当時の自分に文句を言ってやりたい。

 きっと、源じぃは寂しかっただろう。あのとき、何も言わずに笑顔で見送ってくれたけど。
 目頭が熱くなる。

「源じぃ。戻ってきたよ。今更だけど。ごめん」

 どこかで聞いてくれていたらいいな。
 ずっと源じぃと暮らしていたら状況は変わっていただろうか。
 ひとりで食べる食事は美味しくない。ひとりでいるとどうでもいいような嫌な考えが浮かんでしまうこともある。気持ちがしぼむと病を引き起こすこともあるだろう。自分がここにいたら、源じぃの寿命も延びていた可能性もある。

 馬鹿だった。ただただ東京へ行きたかっただけだ。高校生くらいのときは、都会に憧れがちだ。自分も例外ではなかっただけのこと。
 源じぃを見捨てたようなものだ。もし源じぃがいたら、そんなことはないと微笑みかけてくれるだろうか。自分を責めるんじゃないとなぐさめてくれるだろうか。

 嘆息を漏らして玄関へと向かう。まったく溜め息ばかりしやがって。
 いつまでも突っ立っていたって仕方がない。源じぃにこの家を託されたのだから、ここで頑張らなくちゃ。源じぃのためにも自分のためにも、ここで新たなスタートを切る。きっと源じぃも安心してくれるだろう。

 とにかく、鍵だ。
 招き猫の下だと話していた。もちろん、その場所は知っている。ただ、その鍵を使う場所が思いつかない。鍵のかかる部屋なんてあっただろうか。金庫もなかったはずだ。
 記憶違いってこともあるはずだ。

 源じぃが秘密にしていた場所があったのかもしれない。そうだろうか。隠し事はしない人だった。そうだとしたら、この家ではない別の場所だろうか。小首を傾げて目の前の玄関扉に目を向ける。
 玄関の鍵ではないことは明白だ。引っ越したあとでもこの家の鍵は持っていた。いつ帰ってもいいようにと源じぃが持っていけと渡してくれたものだ。

 あのとき、もしかしたらすぐにまた帰ってくると思っていたのだろうか。だから、十五歳の自分にこの家の鍵を渡したのだろうか。
 あれから四年か。長くも短くも感じる。

 源じぃ、ごめん。
 遼哉は頭を振った。後ろ向きになるのはよそう。とにかく今日からこの家が我が家だ。

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