本の御魂が舞い降りる

景綱

文字の大きさ
7 / 161
第一話 謎の鍵が示す先

【七】再会

しおりを挟む

「あっ、いたいた。遼哉、本当に戻って来たんだね。でも、何しているの」
「えっ」
「ずっと玄関のドアノブ掴んじゃって変なの。もしかして鍵、忘れたとか。そういえば遼哉はぬけているところあったもんね。相変わらずね」

 唐突になんだ、こいつは。
 ドアノブがなんだって。ぬけている。自分が。
 何、笑っているんだ。で、誰だっけ。

 あれ。そういえば、森は? 湖は? 焚き火は?

 空を見上げると青空が広がっていた。夜はどこへ行った。
 掴んだドアノブをみつめて頭を整理する。
 ここは源じぃの家だ。それなら今まで見ていたのは、幻か。白昼夢だったのか。それにしてもおかしい。疲れているんだろうか。

「ちょっと、話を聞いているの。ねぇ」

 まったく騒がしい奴だ。近づいて来た顔にあれと思う。どこかで会ったことあるような。
 見覚えがある。誰だっけ。

 頭の中にある記憶を呼び起こして、いろんな人の顔をスライドさせていくとひとりの人物でピタリと止まった。
 あっ、こいつはもしかして。
 不貞腐ふてくされたこの顔は昔よく見た。

 角橋小海かどはしこうみか。
 中学の時の小海と、目の前にいる制服姿の女の子が重なり合った。

「ちょっと何ジロジロ見てるのよ」

 そうだ、この声。間違いない。小海だ。そうか今は高校生か。確か、ひとつ下だから高校三年になるのか。

「もしかして、小海か」
「おっ、正解。よくわかったね」
「ああ、その人を小馬鹿にする言い方する奴はおまえしかない」
「なによ、私、そんな言い方しないでしょ。というか、本当のこと言っただけじゃない。でも、ごめん。それと、覚えていてくれて嬉しい」

 そこで謝られたら言い返せないじゃないか。こいつ、そういうところは抜け目がない。
 ああ、その照れ笑い。やめろ。ドキドキしちまうじゃないか。
 心臓が破裂してしまう。

 小海のやつ、少し大人っぽくなって色気が出てきたか。いやいや、そんなことはない。小海は変わっていない。
 違う。やっぱり、会っていなかった数年で可愛くなっている。まずい、まずい。にやけた顔をしてないだろうか。遼哉は顔を引き締めて取りつくろうとした。

 自分はどうしちまったのだろう。小海はただの幼馴染みだろう。
 小海に対して背を向き、頭を振って息を吐く。

 そうか、ここに戻って来たってことはこいつともまた付き合わなきゃいけないってことか。嬉しいけど。ただ問題もある。ときどき口にするキツイ言葉。心が傷だらけになりそうなことをズケズケと口にする。それなのに、なぜか嫌な気がしないのも事実だ。

 不思議な存在だ。例えるなら、猫みたいな感じだろうか。ちょっと違うか。
 小海のキツイ言葉は優しさがあるせいだろう。きっと。そういうことにしておこう。
 今日だって、たぶんこいつなりに心配して来てくれたのだろう。さっきの言葉だって悪気はないはずだ。そう思う。

 源じぃに、小海と自分はお似合いだなんて微笑みかけられたことをふいに思い出す。何を思い出しているのやら。

「ねぇ、どうしたの。私、急いで来たのに。いっぱい話したいことあるのに」

 遼哉は財布に入れていた鍵を取り出して、扉を開けて無言で閉める。
 訳のわからない感情がどんどん膨れ上がっていく。ダメだ、ここは一度リセットしなくては。

 あっ、しまった。何も言わずに扉を閉めてしまった。小海がいるのに。
 最悪だ。今更、後悔しても遅い。
 どうやら混乱しているようだ。突然、現れたりするからだ。って、小海は何も悪くはない。
 どうする。すごく嫌な奴になっている。

 小海と話したいだろう。嬉しいんだろう。それなのになぜ心と体が真逆の反応をしてしまうのだろう。
 テンパり過ぎだろう。

 小海のやつ、可愛くなりやがって。

 ふいに小海の幼い頃の顔が頭に浮かぶ。
 初めて小海と会ったのは幼稚園だったろうか。もちろん、その頃のことはよく覚えてはいない。ただ、記憶の端っこにあったのはじゃじゃ馬な女の子だ。それが今はどうだ。高校生ともなるとこうも女性らしくなるものなのか。

 まいった。どうしたらいい。とにかく落ち着け。ただの幼馴染だ。そうだ、何も変わらない。小海は情けない幼馴染が戻って来たくらいにしか思っていないさ。

「ああ、もう何よ。東京に行って、冷酷人間になっちゃったの。なんで閉めちゃうのよ。寒いでしょ。それに遼哉、引っ越し祝いしようよ」

 扉をドンドン叩く小海。
 寒い。そうだ、確かに寒い。

 何をしているんだか。早く中に入れてやらなきゃ。いや、帰らせるべきか。変な想像をしてしまい頭を振る。
 嘆息を漏らすと、白い息が立ち昇った。
 やっぱり帰ってもらおう。

 扉を開け放ち「引っ越し祝いなんてしなくていい。忙しいから帰ってくれ」とつっけんどんな態度をとってしまった。自分でも意味がわからない。そこまで強く言わなくたってよかったはずだ。
 どうにも自分の心が不安定になっているようだ。
 もっと優しく言わなきゃダメだろう。まったく。

「何よ、そんな言い方しなくてもいいじゃない。もう、馬鹿遼哉。鈍感なんだから」

 小海は口を尖らせて文句を言いつつ、靴を脱ぎ勝手に家の中へと入って行く。鈍感ってなんだよと言い返そうとしたが、小海はいなかった。
 どこへいった。居間か。キッチンか。それとも、以前自分が使っていた奥の部屋か。

「おい、『帰ってくれ』って言ったんだぞ。耳ついているのか」

 小海は入ってすぐの部屋から顔を出して「ついていますよぉーだ」と耳を引っ張り見せつけてくる。久しぶりに見たその顔がおかしくて思わず吹き出してしまった。

「な、なによ。失礼ね」
「だって、おまえ。小さいときも同じようなことしていたじゃないか」
「えっ、そうだっけ」

 小海は顔を赤らめてはにかんだ。懐かしい光景だ。姿は大人びていても変わっていないってことか。少しだけ小海を冷静に見ることができた気がした。

「小海、悪いんだけど本当に遊んでいる暇はないんだ。頼まれている仕事もあるからさ。ごめんな。というかおまえ学校はどうしたんだよ」
「えっ、あはは。今日は休み」
「嘘つくな」

 頭を掻いて「バレたか」とおどけてみせる。
 小海はやっぱり変わっていない。きっと、心配して来てくれたのだろう。源じぃを亡くして悲しんでいると思って。
 葬儀のとき小海を見かけた。あのとき話しかけてくれたらよかったのに。落ち込む自分に声をかけづらかっただろうか。そうかもしれない。
 どっちにしても小海はいい奴だ。

「いいから、今からでも学校へ行けよ」
「うん、やっぱりサボりはダメよね。遼哉の顔を見ること出来たし、じゃ行こうかな。また、来るからね」

 小海は手を振り「じゃあね」と出ていった。

 人の心配ばかりしていないで、自分のこと考えればいいのに。高校三年だろう。進路はどうするつもりなのだろう。進学するにしろ、就職するにしろ、サボりがばれたら大変だろうに。まったく『じゃあね』じゃないだろう。
 小海の笑みを思い出し、またしても心臓が跳ね上がってしまった。

しおりを挟む
感想 65

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密

藤原遊
ファンタジー
魔法が支配する世界で、魔力を持たない少女アリア・マーウェラ。彼女は、かつて街を守るために命を落とした英雄的冒険者の両親を持ちながら、その体質ゆえに魔法を使えず、魔道具すら扱えない。しかし、彼女は圧倒的な身体能力と戦闘センスを武器に、ギルドでソロ冒険者として活動していた。街の人々やギルド仲間からは「英雄の娘」として大切にされつつも、「魔力を捨てて進化した次世代型脳筋剣士」と妙な評価を受けている。 そんなある日、アリアは山中で倒れていた謎の魔法使いイアンを助ける。彼は並外れた魔法の才能を持ちながら、孤独な影を背負っていた。やがて二人は冒険の中で信頼を深め、街を脅かす魔王復活を阻止するため、「カギ」を探す旅に出る。 しかしイアンには秘密があった。彼は魔族と人間の混血であり、魔王軍四天王の血を引いていたのだ。その事実が明らかになったとき、アリアは「どんな過去があっても、イアンはイアンだよ」と笑顔で受け入れる。 過去に囚われたイアンと、前を向いて進むアリア。二人の絆が、世界を揺るがす冒険の行方を決める――。シリアスとギャグが織り交ざる、剣と魔法の冒険譚!

田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛

タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】 田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...