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第一話 謎の鍵が示す先
【七】再会
しおりを挟む「あっ、いたいた。遼哉、本当に戻って来たんだね。でも、何しているの」
「えっ」
「ずっと玄関のドアノブ掴んじゃって変なの。もしかして鍵、忘れたとか。そういえば遼哉はぬけているところあったもんね。相変わらずね」
唐突になんだ、こいつは。
ドアノブがなんだって。ぬけている。自分が。
何、笑っているんだ。で、誰だっけ。
あれ。そういえば、森は? 湖は? 焚き火は?
空を見上げると青空が広がっていた。夜はどこへ行った。
掴んだドアノブをみつめて頭を整理する。
ここは源じぃの家だ。それなら今まで見ていたのは、幻か。白昼夢だったのか。それにしてもおかしい。疲れているんだろうか。
「ちょっと、話を聞いているの。ねぇ」
まったく騒がしい奴だ。近づいて来た顔にあれと思う。どこかで会ったことあるような。
見覚えがある。誰だっけ。
頭の中にある記憶を呼び起こして、いろんな人の顔をスライドさせていくとひとりの人物でピタリと止まった。
あっ、こいつはもしかして。
不貞腐れたこの顔は昔よく見た。
角橋小海か。
中学の時の小海と、目の前にいる制服姿の女の子が重なり合った。
「ちょっと何ジロジロ見てるのよ」
そうだ、この声。間違いない。小海だ。そうか今は高校生か。確か、ひとつ下だから高校三年になるのか。
「もしかして、小海か」
「おっ、正解。よくわかったね」
「ああ、その人を小馬鹿にする言い方する奴はおまえしかない」
「なによ、私、そんな言い方しないでしょ。というか、本当のこと言っただけじゃない。でも、ごめん。それと、覚えていてくれて嬉しい」
そこで謝られたら言い返せないじゃないか。こいつ、そういうところは抜け目がない。
ああ、その照れ笑い。やめろ。ドキドキしちまうじゃないか。
心臓が破裂してしまう。
小海のやつ、少し大人っぽくなって色気が出てきたか。いやいや、そんなことはない。小海は変わっていない。
違う。やっぱり、会っていなかった数年で可愛くなっている。まずい、まずい。にやけた顔をしてないだろうか。遼哉は顔を引き締めて取り繕うとした。
自分はどうしちまったのだろう。小海はただの幼馴染みだろう。
小海に対して背を向き、頭を振って息を吐く。
そうか、ここに戻って来たってことはこいつともまた付き合わなきゃいけないってことか。嬉しいけど。ただ問題もある。ときどき口にするキツイ言葉。心が傷だらけになりそうなことをズケズケと口にする。それなのに、なぜか嫌な気がしないのも事実だ。
不思議な存在だ。例えるなら、猫みたいな感じだろうか。ちょっと違うか。
小海のキツイ言葉は優しさがあるせいだろう。きっと。そういうことにしておこう。
今日だって、たぶんこいつなりに心配して来てくれたのだろう。さっきの言葉だって悪気はないはずだ。そう思う。
源じぃに、小海と自分はお似合いだなんて微笑みかけられたことをふいに思い出す。何を思い出しているのやら。
「ねぇ、どうしたの。私、急いで来たのに。いっぱい話したいことあるのに」
遼哉は財布に入れていた鍵を取り出して、扉を開けて無言で閉める。
訳のわからない感情がどんどん膨れ上がっていく。ダメだ、ここは一度リセットしなくては。
あっ、しまった。何も言わずに扉を閉めてしまった。小海がいるのに。
最悪だ。今更、後悔しても遅い。
どうやら混乱しているようだ。突然、現れたりするからだ。って、小海は何も悪くはない。
どうする。すごく嫌な奴になっている。
小海と話したいだろう。嬉しいんだろう。それなのになぜ心と体が真逆の反応をしてしまうのだろう。
テンパり過ぎだろう。
小海のやつ、可愛くなりやがって。
ふいに小海の幼い頃の顔が頭に浮かぶ。
初めて小海と会ったのは幼稚園だったろうか。もちろん、その頃のことはよく覚えてはいない。ただ、記憶の端っこにあったのはじゃじゃ馬な女の子だ。それが今はどうだ。高校生ともなるとこうも女性らしくなるものなのか。
まいった。どうしたらいい。とにかく落ち着け。ただの幼馴染だ。そうだ、何も変わらない。小海は情けない幼馴染が戻って来たくらいにしか思っていないさ。
「ああ、もう何よ。東京に行って、冷酷人間になっちゃったの。なんで閉めちゃうのよ。寒いでしょ。それに遼哉、引っ越し祝いしようよ」
扉をドンドン叩く小海。
寒い。そうだ、確かに寒い。
何をしているんだか。早く中に入れてやらなきゃ。いや、帰らせるべきか。変な想像をしてしまい頭を振る。
嘆息を漏らすと、白い息が立ち昇った。
やっぱり帰ってもらおう。
扉を開け放ち「引っ越し祝いなんてしなくていい。忙しいから帰ってくれ」とつっけんどんな態度をとってしまった。自分でも意味がわからない。そこまで強く言わなくたってよかったはずだ。
どうにも自分の心が不安定になっているようだ。
もっと優しく言わなきゃダメだろう。まったく。
「何よ、そんな言い方しなくてもいいじゃない。もう、馬鹿遼哉。鈍感なんだから」
小海は口を尖らせて文句を言いつつ、靴を脱ぎ勝手に家の中へと入って行く。鈍感ってなんだよと言い返そうとしたが、小海はいなかった。
どこへいった。居間か。キッチンか。それとも、以前自分が使っていた奥の部屋か。
「おい、『帰ってくれ』って言ったんだぞ。耳ついているのか」
小海は入ってすぐの部屋から顔を出して「ついていますよぉーだ」と耳を引っ張り見せつけてくる。久しぶりに見たその顔がおかしくて思わず吹き出してしまった。
「な、なによ。失礼ね」
「だって、おまえ。小さいときも同じようなことしていたじゃないか」
「えっ、そうだっけ」
小海は顔を赤らめてはにかんだ。懐かしい光景だ。姿は大人びていても変わっていないってことか。少しだけ小海を冷静に見ることができた気がした。
「小海、悪いんだけど本当に遊んでいる暇はないんだ。頼まれている仕事もあるからさ。ごめんな。というかおまえ学校はどうしたんだよ」
「えっ、あはは。今日は休み」
「嘘つくな」
頭を掻いて「バレたか」とおどけてみせる。
小海はやっぱり変わっていない。きっと、心配して来てくれたのだろう。源じぃを亡くして悲しんでいると思って。
葬儀のとき小海を見かけた。あのとき話しかけてくれたらよかったのに。落ち込む自分に声をかけづらかっただろうか。そうかもしれない。
どっちにしても小海はいい奴だ。
「いいから、今からでも学校へ行けよ」
「うん、やっぱりサボりはダメよね。遼哉の顔を見ること出来たし、じゃ行こうかな。また、来るからね」
小海は手を振り「じゃあね」と出ていった。
人の心配ばかりしていないで、自分のこと考えればいいのに。高校三年だろう。進路はどうするつもりなのだろう。進学するにしろ、就職するにしろ、サボりがばれたら大変だろうに。まったく『じゃあね』じゃないだろう。
小海の笑みを思い出し、またしても心臓が跳ね上がってしまった。
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