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第一話 謎の鍵が示す先
【十】冬空の下、小海ふたたび
しおりを挟むカツン、カツン。
んっ、なんの音だ。
「起きろー。ナマケモノ」
誰だ。うるさいな。ゆっくり瞼を開けて、ぼんやりと天井を眺めて再び瞼を下ろす。
「こらー、寝るな。ナマケモノの遼哉、起きろー」
何だと。誰がナマケモノだ。瞼を擦り大欠伸をひとつ。
窓のほうへと顔を向けて、小海の姿を確認した。
まったく何をしているんだか。
遼哉はもうひとつ欠伸をして、起き上がり窓へと進む。小海に玄関へ行くように指示して苦笑いを浮かべた。
ナマケモノか。そう思われても仕方がないのかも。
頭を掻き、部屋の扉を開けて身体をブルッと震わせる。だいぶ冷え込んできたようだ。
「うぅ、寒い」
肩をすぼめて玄関へと急ぐ。
小海は寒かっただろう。いつから外にいたのだろう。悪いことをした。
玄関扉を開けたとたん、「もう、寒いんだから早く開けてよね」と小海は文句を吐きつつ手を擦って勝手に居間のほうへ行ってしまった。そう思ったら、すぐに出て来て自分の部屋へと入って行くのが見えた。
「ああ、あったかくて生き返る」なんて声が微かに聞こえてくる。
遼哉も部屋に入り、「珈琲でも飲むか。あっ、小海はココアのほうがよかったっけ」と声をかける。
「へぇ、遼哉のくせに気が利くじゃない」
「なんだよ。『くせに』ってのは余計だ。で、どうするんだ」
「じゃ、ココア」
ニコリとしてみつめてくる小海に心臓がドクンと揺れた。
胸に手を当てて少し口角を上げ、キッチンに向かった。やっぱり、小海は可愛さが増した。
さてと、早いところココアを入れて持っていてあげよう。
インスタントのココアパウダーをマグカップに入れてポットのお湯を注ぐ。溶けゆくココアパウダーを見つつ、あれっと思う。
何年も会っていなかったのに、よく小海の好みを覚えていたものだ。しかも、ちゃんとココアも用意していた。小海が来ることを期待していたのか。そうなのか。
源じぃと小海と三人で他愛のない話をしながらココアを飲んでいたことを思い出し、頬を緩めた。
東京の家から珈琲とココアを持ってきてよかった。
「小海、ほらココア」
「ありがとう」
マグカップで手をあたためて微笑む小海に、自然と笑みが零れる。
「それにしても、私の好みをよく覚えていたわね」
「まあな」
小海はマグカップに手を添えて幸せそうな顔をしている。なんだかいいなこの雰囲気。普通に会話してはいるけど、内心はドキドキしている。それがまた心地よくもある。
「やっぱりココアよね。あったまるわ。あれ、遼哉は何も飲まないの」
「ああ、俺はいい。それはそうと、学校はどうしたんだ」
「もう、まだ寝ぼけているの。今、何時だと思っているの」
「えっ、何時って」
時計を見遣ると、十七時三十三分だった。時計を見るまでもない。外はもう夕焼け空になりつつある。どうやら、だいぶ寝込んでいたようだ。意外と疲れが溜まっていたのかもしれない。
「ところで、仕事は済んだの」
仕事って。
「あっ、しまった」
「やっぱりね。だから、ダメだって言うのよ。私が来なかったらどうなっていたんでしょうね」
「うるさい。今日中にやればいい。問題ないさ」
「ならいいけど」
小海は嫌味っぽい口調で話して、にやけた顔をしていた。
なんだよ、せっかく気分よかったのに。まあ、悪いのは自分だけど。
「悪い、今日は帰ってくれ。集中して仕事したいからさ」
「そうね、これからはいつでも会えるもんね。仕事、頑張んなさいよ。あっ、そうそう、うちのお祖母ちゃんからお裾分けを持ってきたんだった。あとで食べてね。美味しいんだから。それと、源蔵爺ちゃんにお線香あげていくね」
「ああ」
「もう、それだけ。『ありがとう』とかないわけ。だから、遼哉はダメなのよ」
「わかった、わかった」
小海は少し膨れっ面でブルッと肩を震わせて、仏壇のある居間へと小走りに向かっていく。開けた扉から部屋の中にも冷気が入り込み身体を包み込む。こうも寒暖の差があると風邪ひきそうだ。
居間のほうも暖房つけておかなきゃダメだな、これは。けど誰もいない部屋に暖房を入れるのは考えものだ。電気代かかる。どうしたものか。
遼哉は自分の部屋の扉をしめて身を縮めて居間へ足を向けると、小海の声が届く。
「源蔵爺ちゃん、遼哉ったら私を無下に扱うのよ。酷いでしょ」
なんで源じぃにそんなこと言うかな。というか、自分に聞かせるために言っているんだろう。
小海はチラッとこっちへ目を向けてまたしてもにやけた顔をする。
どうやら、自分の考えは正解のようだ。
まったく小海には敵わない。
「小海、俺は別に無下に扱っているわけじゃないぞ。今は、いろいろとやることがあるだけだ。ごめんな。あとで埋め合わせするからさ」
「本当よね。約束だからね。あとで忘れていたなんてこと言わないでよ」
「ああ」
「また、それ。『ああ』じゃないでしょ」
まったくうるさいんだから。小姑じゃあるまいし。小海じゃなかったら、叩き出しているところだ。
ほら、あの笑み。あの笑みですべてを許してしまう。昔っからそうだ。
久しぶりに見られて心が弾む。
「忘れないよ。楽しみにして待っていろよ。それと、ありがとうな」
小海はニコリと笑みを浮かべて「じゃあね」と玄関へ向かいかけて立ち止まる。
どうした急に。そう思ったら、踵を返して「それ、なに」と問い掛けてきた。
それって……。
「ああ、これか『まずい棒』だってさ。なんでも鉄道会社の経営状況がまずいらしくて『まずい棒』ってお菓子を作ったんだってさ。名前は『まずい棒』だけど、うまいぞ。ほら、やるよ」
「もう、違うわよ。そっちよ」
小海が指差す先にあったのは、居間のテーブルの上にある緑青色に錆びた鍵だった。
「ああ、これか。源じぃが俺に任せたって言っていたんだけど。どこの鍵かわからないんだよな。調べていて、仕事やるの忘れちまったってわけだ」
「ふーん、そうなんだ。魔法の鍵かと思った」
「魔法の鍵って、何か知っているのか」
「ううん、知らない。なんとなくそう思っただけ」
小海もそんな風に考えるのか。本当に魔法の鍵って可能性はあるけど。遼哉は鍵を手にしたときのことを思い出した。あれはなんだったのだろう。まあいいか。どこかに異世界に通じる扉があったら面白いとは思うけど、そんなことはありえないだろう。
「そうだ、うちのお祖母ちゃんにも聞いてみようか」
「えっ、なんで」
「なんでって、源蔵爺ちゃんと一緒に小説を書いたことあるって聞いたことあるからさ。若い頃の話みたいだけどね。その鍵も古そうだし、もしかしたら何か知っているかもって思ったの」
初耳だ。源じぃはずっとひとりで小説を書いていたわけじゃないのか。もしかしたら、ひょっとするのかも。ああ、それにしても冷える。なんとなくトイレに行きたくなってきた。
小海はスマホで鍵の写真を撮ると、「仕事、しっかりね。それと、これもらっておく」とまずい棒を手に取り、マフラーをしっかりと巻いて手を振って出ていった。
「またな、小海」
小海は振り返らずに、手だけ振って肩を縮こませていた。
「ああ、もう寒すぎでしょ」との言葉が微かに聞こえた。
家まで送ったほうがよかっただろうか。追いかけようか。いや、やめておこう。小海だったら、『いいから、仕事して』って言うはずだ。
俺よりひとつ年下なのに、なんだか小海の方が年上みたいな気がしてくる。この関係はずっと続くのだろうか。小学三年のときにきっとこの関係性が確立してしまったのだろう。
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