本の御魂が舞い降りる

景綱

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第一話 謎の鍵が示す先

【十五】謎めいた猫(二)

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 コンビニ弁当のいい匂いがエコバッグしてくる。いますぐ食べてしまいたいけど、歩きながらは無理だ。菓子パンくらいなら食べ歩きしてもいいか。エコバッグを覗き、苦笑いを浮かべた。やめておこう。
 今は、早くカツ丼が食べたい。

 朝からカツ丼。どんだけ食欲旺盛しょくよくおうせいなんだか。
 足早に家に向かうと、どこかで猫が鳴いた。

 そういえば、灰色猫はどうしただろう。飼い主の家に戻ったのだろうか。あいつはおそらく野良猫じゃない。そんな気がする。きっと、大丈夫だ。そう思っても、胸の奥がなんだかもやもやする。
 もしも、玄関前でまだ待っていたらどうする。まさか、それはないか。

 もうすぐ家だ。いるのか、いないのか。
 門柱の手前で一旦足を止めて、チラッと覗き込む。取り越し苦労だったようだ。どこにもいない。
 なぜだろう。いないとなると余計に気になってきた。どこかで寒さに震えているんじゃないだろうか。

 気づくとあたりを探している自分がいた。
 なにやっているんだか。大丈夫だ、きっと。そう納得させて玄関へと向かう。

 それにしても足がむず痒い。なんで寒いときってこうなるんだろう。これは病気じゃないよな。理由を聞いたことがある気がするけど忘れた。

 まあいいや、早く朝飯にしよう。
 遼哉は自分の部屋へと急ぎ、息を吐く。
 暖かさに身体の力が抜けてとろけてしまいそうだ。やっぱりつけっぱなしにして正解だった。

 楽園だ。
 よし、朝飯だ。
 弁当のふたを開けるなり、いい匂いが立ち込める。同時に腹が鳴り、口の中に唾液が溜まっていく。
 カツ丼が輝いて見える。って、自分は馬鹿かと笑ってしまった。

 遼哉はカツ丼を一気に掻き込んでいく。きっと胃もびっくりしていることだろう。
 食べ終わると一息ついて、ストレートティーを飲み干した。

 大満足だ。

 腹を擦ってそのまま後ろに倒れ込み、床に大の字になった。昼飯は菓子パンとサンドイッチとおにぎりを買ってあるから大丈夫だ。
 問題は夕飯だ。午後にでもスーパーでも行くとしよう。

 人って食べていれば幸せなのかもしれない。ふとそんなことを考えてしまった。
 一番の問題は小海のメールにあった地下室か。念のため、もう一度地下室への扉を探してみよう。父からはしばらくゆっくりしろとの連絡を受けている。向こうも順調に進んでいるらしい。
 時間は充分にある。

 そういえば、鍵はどこ置いただろうか。えっと、居間のテーブルの上だっけか。鍵を取りに行こうかと立ち上がろうとして、ハッとする。目の端に何か動くものが映り込んだ。

 嘘だろう。何かの冗談か。
 誰もいないはずだ。泥棒とかじゃないよな。いたら、今頃襲われているか。逃げたって可能性もあるのか。違う、そんなことあるか。窓の外で何かが動いたのかも。きっと、そうだ。

 うわっ。
 すねに何かが擦り寄りぞわりとして思わず飛び退いた。その瞬間、足が滑って尻を床に打ちつける。
 んっ、なんだ。何かが飛び跳ねた。

 目に映ったのは、猫だった。しかも、立ち上がりこっちに目を合せたまま二足歩行で後ろへ動く。
 猫が後ろ歩きをするか。
 二本足で歩くことさえ不自然なのに、後ろ歩きだなんて。そんな馬鹿な。ありえない。

 疲れているのかもしれない。見間違いだ。そうじゃなきゃ、どう説明する。夢で見たダンス猫なのか。やっぱりあいつなのか。遼哉はすぐに頭を振った。

 あれは夢だ。現実じゃない。
 本当にそうなのか。まさかここは夢と現実の狭間はざまにある家とか。
 何を考えている。そんなわけあるか。

 後ろ歩きという特技があるただの猫だ。そういう猫がいたっていいじゃないか。そうだ、そんな猫の映像をテレビで観たことがある。今、目にした猫もそんな特技の持ち主だ。
 ひとり頷き、気持ちを落ち着かせていく。

 視線を感じて見遣ると、押入れの少し開いたふすまから顔だけ出してこっちの様子をうかがう灰色猫がいた。

「おまえ、猫だよな」

 思わずそう訊いてしまい遼哉は頭を振った。何を馬鹿なことを猫に訊いている。どうやら、自分は頭のネジが一本はずれているらしい。
 そんなことよりも、なぜここにいる。外にいたはず。

 まさか、どこかに猫用の出入り口があるのか。そうだとしたら、源じぃが飼っていた猫ってことか。それとも、また一緒に玄関から入ってきたとでもいうのか。
 灰色猫に目を向ける。

 余程驚いたのだろう。どこか警戒している素振りを見せている。いつの間にかベッドの下に移動して香箱座りをして真ん丸な目を向けてくる。

「ごめんな」

 灰色猫の顔を見たら、謝っていた。言葉が通じるとは思っていない。それでも気持ちは通じるかもしれないとは思った。まだベッドの下でじっとみつめてくる。可愛いやつだ。

「大丈夫だよ、何もしないから」

 なんだかいいな、この感じ。猫だけどひとりじゃない気がした。もしかしたら、源じぃもそうだったのかも。そうだったらいいな。頬を緩ませ、目尻を下げる。

 ベッドの下の灰色猫はというと、警戒を解いてくれたのか毛繕けづくろいをしていた。この猫に名前はあるのだろうか。そうだ、こいつ腹が減っているんじゃないのか。何かないだろうか。
 この家に猫用のペットフードはなかった気がする。だとしたら、この家で飼っていたわけじゃないのか。それにしては、この家にずいぶん馴染なじんでいるような。

 どっちでもいいか。飼い猫でいいじゃないか。ひとりでこの家にいるよりは猫と過ごす生活のほうがいい。猫は嫌いじゃない。というか、好きだ。
 灰色猫もこの家が気に入っているのだろう。だから、ここにいるはずだ。猫は家につくなんて言うからな。

「なぁ、おまえはお腹空いていないのか」

 そう声をかけたら、毛繕いをピタッとやめて顔をこちらに向けた。その顔は空腹の顔か。それとも、空腹じゃないけど何かくれるのなら食うぞの顔か。

 考えてみたら、空腹だったらもっと強請ねだってくるだろう。コンビニ弁当食べているときもどこかにいたはずだ。きっと、ごはんをくれる猫好きのご近所さんがいるのだろう。
 そんなことを考えていたら、灰色猫は丸くなってまぶたを閉じていた。

 見ているだけで飽きない。こいつの名前を考えてやらなきゃ。すでに名前はあるかもしれないけど、新たな名前をつけてやろう。

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