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第一話 謎の鍵が示す先
【二十六】何かが気にかかる
しおりを挟む「ねぇ、そろそろ上に戻らない。ちょっと身体が冷え切っちゃったし」
小海の言う通りだ。ここは外とあまり気温が変わらない。いつの間にか指先も冷たくなって痛みも感じはじめている。
「じゃ、行こうか」
遼哉は手を擦り合わせながら、階段の方に向かい「あれ」と足を止めた。
「どうしたの?」
「いや、階段の上が塞がれちまっているんだよ」
「嘘でしょ」
小海は駆け寄ってきて呆然と上を眺めている。
「おや、おかしいねぇ」
ハルも上に目を向けて首を傾げている。
何がどうなっている。
「ねぇ、この階段。なんかおかしくない。何か違う」
「違うって、何が」
小海が指を差している。
あれ、階段って木製だったっけ。よく見れば腐りかけているところがある。確かに違う。こんな古い階段じゃなかった。コンクリート製だった。
何がどうなっている。そうだ、扉もないじゃないか。
くるりと回れ右をして、遼哉はその先に目を向ける。一つの扉をみつけた。
なるほど、そういうことか。
「きっと、これはハルさんが話していた昔の階段じゃないのかな。記憶間違いじゃなかったんだよ。源じぃは封印したんだよ。そして、新たな階段を作ったんだ、向こう側に」
「なるほどねぇ。源蔵さんも面倒なことを。けど、源蔵さんらしい」
「ねぇ、そんなことよりお祖母ちゃんも遼哉も早く上に行きましょうよ。私、もう限界。ほら、グレンたら先に行っちゃったわよ」
少し開いた隙間に爪を引っ掻けて器用に扉を開けていた。
グレンも限界だったのだろうか。可愛らしいお尻をふりふりさせて、階段を上がっていく。そのあとを小海が続く。遼哉もハルの手を引き暖かい部屋へと歩みを進めた。
「生き返るねぇ」
ハルの言葉に口元が緩む。小海も同じように笑っていた。グレンはというと、ベッドの上で丸くなっている。ベッドの上が一番暖かいのかもしれない。
丸くなるグレンを見ていたら、ふいに頭の中に肉まんが浮かんできた。
「あっ、肉まん食べてない」
「えっ、なによ突然」
「ごめん、コンビニで肉まんを買おうとしていたのを思い出しちゃってさ」
「それ、いつの話?」
「えっと、今朝の話」
「もう、遼哉のバーカ」
「これこれ、そんなことを言ってはいけないよ」
小海はハルに窘められて申し訳なさそうに頭を下げている。
そんな小海がこっちを睨みつけてきた。その顔を見たハルが「まったく、いけないねぇ」と小海に説教をしはじめる。と言っても、本気で叱っているわけではなさそうだ。笑みを浮かべて、面白がっているみたいだ。
ふと視線を感じてそっちを見遣ると、グレンが薄目を開けて尻尾をパタパタさせていた。もしかしたら『人間って馬鹿だな』なんて思っているのかも。それとも、『うるさくて寝られやしない』と文句を言っているのだろうか。
「さてと、ちょっと長居をしてしまったから、そろそろおいとましましょうかね」
「あっ、そうですか。すみません、なんだかドタバタしてしまって」
「いいんだよ。楽しかったものねぇ」
「それなら、よかったです」
ハルは何とも言えない良い笑顔をしている。可愛らしいお婆ちゃんだ。
「それと、伴治さんのことなんだけどねぇ。またあとできちんと話しましょうかねぇ」
「はい、よろしくお願いします」
ハルはお辞儀をして帰ろうかと小海を促した。
小海はハルの言葉に頷き「遼哉、じゃまたね」と手を振った。
「ああ、今日は悪かったな」
「そう思うんだったら、もうちょっとしっかりしてよね」
遼哉は頷き、一緒に玄関までついて行く。
いつの間にか、足元にグレンも来ていた。きちんとお見送りするなんて賢い猫だ。
「あら、銀ちゃんも来てくれたの。今日はありがとうねぇ。楽しかったよ。また来るからねぇ。あっ、銀ちゃんじゃなかった。グレンちゃんだったねぇ」
「もう、お祖母ちゃんたら」
「昔のことを思い出したら記憶が混ざってしまったよ。それじゃ、行きましょうかねぇ」
ハルと小海が手を振って門を出ていく。
なぜか、また肉まんのことを思い出して慌てて二人を追った。
「そこまで送っていくよ。どうしても肉まんが食べたいからコンビニ行くついでにさ」
「まったく、しょうがないんだから」
自分もそう思う。けど我慢出来ないときがある。
ハルは口に手を当てて笑いを堪えていた。
んっ、いま誰か呼んだかと振り返ると、グレンが門柱のところに置物のように座っていた。空耳か。グレンが呼ぶはずがない。
それにしても可愛い奴だ。そう思ったとき、門柱の陰に隠れる人の姿が見えた気がした。泥棒か。戻って確認したほうがいいいだろうか。いやいや、目の錯覚だ。きっと。もし、見知らぬ人がいたら、グレンがあんなに落ち着いていないだろう。
「遼哉、どうかした」
「んっ、なんでもないよ」
「そう。それじゃ私たちはあっちだから。コンビニは向こうでしょ」
「ああ、それじゃまた」
小海とハルは右に、自分は左だ。
「本当に今日は楽しませてもらったよ」
「いえいえ、こちらこそ。寒いですからお身体に気をつけてくださいね」
「お気遣い、どうも。それじゃねぇ」
遼哉はハルにお辞儀をして小海にもう一度「またな」と手を振った。
それにしても寒い。手を擦りダウンジャケットのポケットに入れる。何気なく振り返り二人の背中をみつめた。声は聞こえないが、仲良さそうな雰囲気が伝わってきた。いったい、何を話しているのだろう。
地下室でのことだろうか。それとも、懐かしい源じぃたちとの思い出話だろうか。
源じぃ、天国で楽しんでいるかな。源じぃの頼み、ちゃんと叶えるからなと空を見上げて誓った。
そういえば、あの手紙。どこか引っ掛かるんだよな。ハルと小海は気づかなかったのだろうか。何も言っていなかったから気づいていないってことか。
いったい、何に引っ掛かっているのか。
いくら考えても答えは出てきそうにない。家に帰ったらもう一度手紙を読み返してみよう。
待てよ、気になるのは手紙なのか。
あの人形。
そういえば御魂三人衆が復活するとか手紙に書いてあったけど、あれはどういう意味だろう。本当に動くのか。ハルの言葉を信じるなら、そういうことか。
ダメだ、考え過ぎて頭が痛くなってくる。これは寒さのせいか。
とにかく今は肉まんだ。今度こそ買い忘れないようにしないと。余計なものは買うなよ。
北風が首筋を通り過ぎブルッと身体を震わせた。
あっ、そうだ。
スーパーで何か買わないといけない。どうしようか。肉まんを諦めてスーパー行くか。ダメだ。肉まんは食べたい。それならコンビニで肉まんと夕飯の弁当を買おうか。
明日の朝はどうする。コンビニで朝の分も買えばいいじゃないか。
ちょっと待て。何をさっきから迷っている。馬鹿じゃないのか。
スーパーで肉まん買えばいいじゃないか。蒸かしていないやつがあるだろう。家に確か蒸し器あったはずだ。電子レンジでもあたためられるか。
あれ確か何個か入っているし、そのほうがお得だろう。そのほうがいい。なんか主婦みたいなこと言っていないか。
あっ、主婦じゃなくて主夫か。またどうでもいいこと考えている。
ああ、寒い。
さっさとスーパーで買い出しして帰ろう。それで決まり。
遼哉はダウンジャケットの襟を立てて小走りでスーパーに向かった。
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