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第二話 悲しき本の声
【十四】嫌な空気
しおりを挟む「火乃花、あの者が朋美で間違いないのですね」
火乃花は深く頷き、突然後ろへ振り返る。
「鬼が来た」
「火乃花、静かにするのです」
流瀧は口に人差指を当てて廊下の奥へと目を向けた。
「ああ、パン食いたかったなぁ」
「静かに」
樹実渡を睨みつけて、再び人差し指を口に当てる。
「ご、ごめん」
流瀧はごくりと生唾を呑み込む。
向こうからやってくる者が火乃花の話す鬼なのか。
見極めなくてはいけない。本当に鬼なのか。廊下の奥へと全神経を集中させていく。美里と言ったか。
深呼吸をして、ゆっくり瞼を下ろす。どうだ、何か感じるか。
「ほら来た。流瀧にはどう見える」
耳元で囁いてくる火乃花。
「おいらには」
「樹実渡には訊いていないでしょ」
火乃花は樹実渡の頭を小突き、言葉を断ち切った。
「痛いよ、なんだよもう」
「静かにしてください」
流瀧は目を見開き、ふたりを睨み付けた。
「ほら、怒られちゃったじゃない」
「火乃花、人のせいにしてはいけませんよ」
しょんぼりする火乃花の肩に手を置き「頼りにしていますよ」とだけ流瀧は言葉をつけたした。火乃花の瞳が輝くのを確認すると、朋美と美里に目を向けた。
「おいらだっているのに、なんだよ。腹を空かせているから怒りっぽくなるんだよ」
ぶつぶつ呟く樹実渡に流瀧は「そうかもしれませんね。うまくいったら美味しいものでも食べることとしましょう。それでいいですよね、樹実渡」と囁いた。
「うん、それでいい」
まったく仕方がない奴だ。確かに小腹が空いているのも事実。
樹実渡の言葉も一理ある。そう思ったところで、流瀧は頭を軽く振り余計な考えは禁物だと自分に言い聞かせた。今は朋美と美里に集中だ。
あの二人の間にある気が震えている。何か起きそうな予感がする。
美里が鬼かはまだわからない。もっと集中しなくてはいけない。その前に、ここにいてはみつかってしまう。
「ふたりとも隠れますよ」
「どこに」
流瀧は火乃花の言葉に指差した。
「あそこです」
「えっ、ゴミ箱」
嫌そうな顔をする火乃花に頷き、引っ張っていく。樹実渡も気乗りしていない様子だがついてきた。
「昼飯、先に食べておけばよかったな。食欲なくしちまうよ」
樹実渡の呟きは無視してゴミ箱へ急ぐ。
ここでみつかるわけにはいかない。
「いいですか。ここは我慢ですよ。それに、あそこなら二人の会話が聞けそうですから」
「行けばいいんでしょ。鬼退治のためなら、仕方がないか」
「火乃花、止まってください」
流瀧は手で制止てみんなをほんの少しの出っ張りに身を隠させた。危なかった。今、美里がこっちに顔を向けた。大丈夫。気づかれなかったはず。
「まだですよ。タイミングを合わせてください」
チラッと様子を確認して頷く。
美里は朋美に向き直っている。流瀧は再び深呼吸をすると、様子を窺い行くタイミングを計る。
火乃花も樹実渡も真剣な顔つきで口を閉ざしている。やっと、状況をわかってくれたのだろう。あとはあのゴミ箱に隠れるだけ。あそこなら会話が届く。
朋美と美里から一メートルも離れていない。
よし、朋美が背中を向ける格好になった。
「今です」
流瀧は火乃花の手を取り駆け出した。樹実渡も後ろからついてくる。
流瀧は走りながら、上を指差して跳ぶという合図をした。二人とも頷き、一、二の三でゴミ箱へダイブする。
「今、何か音がしなかった」
そんな声がしたが、気のせいだと判断したのか話は変わった。
おそらく美里の声だろう。
ゴミ箱の中は紙くずがほとんどであまり臭いもなく安堵する。もちろん、ゴミ箱か脱出するための策も万全だ。飛び込んだ時に、ゴミ箱の縁に鉤爪つきの紐を引っ掻けてある。
「さすが、流瀧。用意周到ね」
そんな火乃花の言葉に流瀧は笑みを返しつつ「静かにですよ」と囁き会話を聞こうと促した。
火乃花と樹実渡が頷くのを確認して、流瀧は聞き耳を立てた。
「ねぇ、朋美。私から逃げようったってそうはいかないんだからね。わかっているでしょ。私さ、欲しいものがあるんだよね。朋美は優しいから買ってくれるわよね」
「でも私、お金あまり持っていないから」
「あれ、断るんだ。友達でしょ。お金がないんなら万引きでもしてちょうだいよ」
「無理よ」
「そう、そんなこと言うんだ。なら、この写真をネットにばら撒いちゃおうかな」
写真とはなんだろう。
「それは……。やめて、お願い」
「だったら、買ってよ。ドライヤー壊れちゃったのよね」
「でも……」
「別にいいのよ。無理なら、朋美の下着姿の写真を公開するだけだから。『私と遊ぼう』なんて書いてネットにアップしたら凄いことになると思わない。男子からの誘いが増えるでしょうね。それとも嫌われちゃうかな。それが嫌なら、どうすればいいかわかるわよね。放課後まで返事待ってあげるわ。じゃあね」
なんて酷いことを。犯罪ではないか。
完全な脅迫だ。それにしても、下着の写真ってなぜそんなものを……。
「なんで、どうして、そんなに変わっちゃったの。美里、おかしいよ」
そんな朋美の呟きが聞こえたかと思うと、遠ざかっていく足音を耳にした。
隣にいる火乃花の身体が震えていた。怒り度マックスに達しようとしている。今にも炎が噴き上がりそうだ。これはまずい。
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