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第二話 悲しき本の声
【十七】グレンの邪魔にもなんのその
しおりを挟む「痛っ」
遼哉は身体がビクンとなり目が覚めた。
ここは自分の部屋か。
しまった。つい居眠りをしてしまった。
源じぃの原稿の校正が進んでいない。居眠りするなんて、まったく何をしているんだか。
「いててて」
グレンが膝の上で爪を立てている。
「グレン、起してくれたのはありがたいがやめてくれ。痛いって。ギュってするな。もう居眠りなんてしないから」
グレンの頭を撫でながら、再び校正に取り掛かろうとした。
あれ、どこまでやったっけ。
「痛っ」
またしてもグレンの爪が太ももに食い込んでいた。
「痛いって。どうしたんだよ。何か言いたいことでもあるのか」
じっと上目遣いでみつめてくるグレンに問い掛ける。もちろん返事はない。
「朋美さんのことが心配なのか」
そう問い掛けてみた。
グレンには関係ないことだし、そんなことはないだろう。源じぃならそう思うかもしれないか。グレンの瞳を覗き込み「源じぃ、いるのか」と呟いた。
いるわけないか。
グレンは遼哉の身体を登ろうと胸のあたりにもギュッと爪を突き立ててきた。
こりゃ、傷だらけになりそうだ。その前にグレンの爪を切ってやったほうがいいのかも。痛くて堪らない。
そんなことは知らないよとばかりに、なぜかグレンは左肩の上で落ち着いていた。
重い。
いったい何がしたいのか。猫の行動はよくわからない。それでも可愛いと思うのは変わらない。
チラッとグレンを見遣り、息を吐く。
「なぁ、グレン。おりてくれないか」
「フニャ」
なんだ変な鳴き方して。文句は受け付けないってか。そう思ったら文机の上にトンと飛び降りてパソコンに横になる。
「ああ、ダメだグレン。校正しているんだから、お願いだからどいてくれ」
グレンに通じたのか床の上に飛び降りた。
「ニャニャ」
遊びたいのだろうか。
「グレン、今は忙しいんだ。ごめんな」
遼哉は羅列している意味不明の文字列を削除して、なんとかもとの文章に戻していく。
しばらくの間、パソコンとにらめっこして確認をする。これで元通り、大丈夫だと息を吐き保存して電源を落とす。
「グレン、少しだけ遊ぼうか」
遼哉は振り返り『寝てるんかい』と心の中で突っ込んだ。まったくグレンの奴は。そう思いつつもグレンの頭をそっと撫でて「可愛い奴だな」と呟いた。
グレンはチラッとだけ目を開けて再び閉じてしまった。
まあいいや、少しだけ休憩して校正を再開しよう。珈琲でも飲むか。部屋の扉を開けたとたん冷気にブルッと身体を震わせた。
「さむっ」
身体を縮こませて小走りでキッチンへと向かう。さっさと珈琲入れて部屋に戻ろう。
そうだ、キッチンにいる必要はない。ポットとマグカップとインスタント珈琲の瓶を持って部屋に急いで戻る。
生き返る。
最初から部屋に置いておけばよかった。
どうせなら、ここに小さな冷蔵庫でも買って設置しようか。電子レンジとかも置いて。いやいや、それはやめておこう。怠惰な生活になってダメ人間になりそうだ。
すでに怠け者になりかけているかもしれない。いやいや、そんなことはない。真面目に仕事はしている。
苦笑いを浮かべてインスタント珈琲の粉末をマグカップに入れてお湯を注ぐ。あたたまったマグカップを手に取り、一口飲みホッと息を吐く。
やっぱり休憩は必要だ。無理しても効率が悪くなるだけだ。さっきみたいに居眠りしてしまう。
壁に寄りかかり天井を眺めて、小海のことを考える。
朋美の件、うまくやっているだろうか。本の御魂三人衆も気がかりだ。火乃花は問題を起していないだろうか。流瀧がいるから大丈夫だろうか。
樹実渡はどうだろう。
腹減ったとか言ってそうだ。
「なぁ、グレン。おまえも学校へ行って見てきてくれないか」
なんて言ったところでグレンが言うことを訊くわけがないか。見てきてくれたとしても、返事は「ニャン」ってなものだろう。どっちにしろ、様子はわからない。
源じぃが再び憑依してくれたら別だろうけど。もう天国から降りてきてはくれないのだろう。
また源じぃのことを考えてしまった。
遼哉は溜め息を漏らして、校正途中の原稿の赤文字に目を向けた。直すべきところはしっかりパソコンで修正かけて完成させなきゃ。
今は仕事だ。
朋美の件は小海と本の御魂三人衆に任せたのだから、考えないようにしよう。
「うぅ、痛い」
気づくとまたグレンが爪を立てて肩へと上ってきた。
またか。肩が重い。
遼哉は肩からグレンを下ろして抱きかかえると、ベッドの上に乗せた。
「そこでおとなしく寝ていてくれな。おまえは賢いからわかるだろう」
遼哉はグレンの頭をポンポンと軽く叩く。
どことなく不満そうなグレンの顔を見遣り、笑みを浮かべた。
この感じは、やっぱり遊びたいってことか。寝ていたはずなのに。仕事をしようとするとなぜ起きる。
仕方がない奴だ。
「ちょっとだけだぞ」
遼哉は部屋の隅っこにあった猫じゃらしを取り、ベッドの下から少しだけ出してフリフリ揺らす。
グレンは低い体勢になって狙いを定めて猫じゃらしをみつめている。
来るのか、来ないのか。
ほら、ほら、逃げちゃうぞと本棚の陰に猫じゃらしを持っていき隠す。そのとたん、グレンがダッシュして本棚の陰に突っ込んだ。
捕まらないよと猫じゃらしをぴょんと跳ね上げた。グレンも負けてはいない。跳躍力を見せて飛び掛かる。
うわっ、捕まった。
そんなことを何度か繰り返して、遼哉は猫じゃらしを抽斗にしまう。
「グレン、もういいだろう。終わりにしよう」
そう声をかけて、パソコンを立ち上げ校正の仕事に取り掛かる。
文字の羅列を見続けていると、不意に小海の声が聞こえてきた気がして後ろへ振り返った。
まだ学校だ。いるわけがないか。
空耳だろう。そう思いつつも妙に気にかかった。
何か問題が起きているのだろうか。まさか、それはないよな。大丈夫、きっと大丈夫だ。頭を振り、パソコン画面を見遣る。
自分の仕事をしよう。小海も御魂三人衆も頑張ってくれているはず。
何かあれば連絡があるだろう。
なんとなくグレンに目を向けると、ベッドに乗って後ろ足をピンと上に持ち上げて毛繕いをしていた。遊びに満足してくれたのか、飽きてしまったところだったのか自分には目を向けない。
もう邪魔はしてこなそうだ。
よし、これで仕事に集中できる。
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