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第二話 悲しき本の声
【二十】優しい心
しおりを挟む「あれ、私……。何をしていたんだろう」
美里はキョトンとした顔をして朋美に目を向けている。朋美はそんな美里を涙目でみつめ、微笑んでいた。
何がどうなっているの。流瀧は何をしたというの。
小海は流瀧をじっとみつめた。
流瀧はゆっくりとこっちに歩いてくると口元を緩めた。肩で息をしている。相当な体力を使ったってことだろうか。
「とりあえず、火乃花のした事実はあの二人から消え去ってくれたはずです」
「本当に」
「はい、本当です」
「よかった。流瀧、すごい。それに、火乃花も。あんな力があるなんて」
「僕はそれほどでもないですよ。火乃花は怒りが力を増したのでしょう。ただ火乃花を責めてはいけませんよ。火乃花のおかげであの者の中にいた鬼は消し去ったようですからね」
「えっ、そうなの」
流瀧は頷きつつも眉間に皺を寄せて「ただ問題が解決したわけではありません」と付け加えた。
「どういうこと。また美里は朋美をいじめるってこと」
「いいえ、そうではありません。今僕が唱えた呪文と火乃花の炎効果で闇は完全になくなっています。いじめはなくなるでしょう。けど、美里の心に悲しみがまだ見えます。そのままにしておくと、また闇に囚われてしまう恐れが」
流瀧は話の途中で考え込んでしまった。
闇に囚われるってどういうことだろう。
小海は朋美と美里をじっとみつめた。。
肩を抱き寄せて仲が良さそうに見える。酷い言葉を投げつけていた美里の姿はない。あれ、美里の目にキラリと光るものが。
「ごめん、朋美」
そんな言葉まで。いじめていた記憶は残っているみたい。
「気にしないで。もういいの」
朋美はなんて優しいのだろう。酷いことされたっていうのに。恨むことをしないなんて。見倣わないといけない。ただ良い人過ぎるっていうのも考えものだけど。騙そうとする人がこの世の中にはたくさんいるから。
守ってあげないといけない。
美里がまた朋美を守る存在になってあげてほしい。
「小海、例の本を貸してください」
例の本って。
流瀧は手元を指差していた。ああ、この本か。
小海は『虹鳥』を手渡して「どうするの」と尋ねた。
「ちょっと見ていてください。きっと不思議なことが起こりますから」
不思議なこと。今度はいったい何をするっていうのだろう。
朋美と美里の目の前に行き、本を差し出す流瀧。
美里は一瞬ギョッとした顔をしたが、朋美に「大丈夫よ」と言われて朋美と流瀧の顔を交互に見ていた。朋美は流瀧の差し出した本を手に取り「ありがとう」と微笑んだ。
何、あれ。
二人の周りが淡いオレンジ色に染まった。
風だ。
優しい風だ。心地いい。あたたかな風が髪を撫でていく。
小鳥の囀り、葉の揺れる音、どこかで鳴いている犬の声、いろんな音がクリアに耳に届く。気のせいだろうか、風が通り過ぎたとき笑い声までしてきた。
何、これ。
暖かな日差しも感じる。水の音もする。花の香りまでしてきた。まさか春の訪れ。ふとそんな言葉が頭に過る。
なんだか不思議。これは現実なの。
あっ、あの本からだ。
薄い光のベールを纏っている。よく見ないと気づかないくらいの淡い光に本が包まれている。その中に、少しだけ暗い影のようなものもあった。
あれは何だろう。本は何かを伝えようとしている。ここからだとよくわからない。
朋美は何か感じ取っているのだろうか。陽だまりのような柔らかな笑みを浮かべている。
「美里、この本を覚えているよね」
「もちろん。私があげた本だもん」
「そう。この本が私をいつも勇気づけてくれていたのよ。美里のおかげ。だから、今度は私が美里を勇気づける番」
「えっ」
「何かあったんでしょ。そうじゃなきゃ、あんなことしないでしょ」
「朋美……」
美里の頬を涙が零れ落ちていく。拭っても、拭っても涙が溢れてきている。
「友を信じるということは大事なことですよ。話してみてはいかがですか」
流瀧が笑みを浮かべて頷いている。
「そうよ、この子の言う通りよ」
小海は近づき声をかけた。
なんだろう。この空気感。朋美と美里の周りをぬくもりが優しく包み込んでいる。オレンジ色が増していく。
「朋美、ごめんね」
「謝らないで。友達でしょ。悩んでいることがあるなら言って、力になるから」
「あの、私も力になるからさ」
二人をみつめ、小海は頷く。
「ありがとう。小海」
「僕もいますからね」
「あ、そうそうこの藍色の服の男の子は流瀧って言うのよ」
「おい、待て。おいらもいるぞ。樹実渡だ、よろしく」
樹実渡ったら。
「何よ、私だっているんだからね。仲間はずれは嫌よ。さっきはごめんなさいだけど」
ペコリと頭を下げている火乃花が愛らしい。
「この子は火乃花」
火乃花はもう自分を取り戻したの。早過ぎるでしょ。もしかしたら樹実渡が慰めてくれたのだろうか。
樹実渡と目が合うと、ちょっとだけ口角をあげて頭を掻いた。
流瀧に樹実渡。それに火乃花。
三人を見遣り目尻が下がった。この三人の関係性がなんだか羨ましい。
ありえない状況を目の当たりにしたせいか美里の涙は止まっていた。
「なんだか信号機みたい」
朋美は微笑んでいる。確かに、服の色はそうかもしれない。
火乃花は「失礼しちゃう」なんて口を尖らせている。流瀧は頭を振って火乃花を嗜めるめている。そんな流瀧の顔はどこか優し気だった。樹実渡はそんな二人を見守っているって感じだ。
美里もいつの間にかそんな雰囲気に口元を緩ませていた。
大丈夫、きっとうまくいく。本の御魂三人衆がいてくれてよかった。
どこかでカラスが鳴いて、小海は空を見上げた。
もう日が暮れようとしていた。朱色に染まる空と紫がかった空が混ざり合った幻想的な景色がそこにある。早く帰れとでもカラスが言っているのかもしれない。
同じことを思ったのか火乃花が「カラスが鳴くからかーえろう」なんて歌っている。
「そうね、今日はもう家に帰ったほうがいいかもね。話はまたあとでということで」
小海の言葉に朋美も美里も頷き、笑みを浮かべていた。
「なあ、おいら腹ペコだ。小海、ご馳走してくれよ」
「樹実渡はそればっかりね。空気を読みなさいよ」
「それを言うのなら、火乃花もですよ。鬼退治だなんて先走ったりしないでください」
流瀧の真面目顔が火乃花に向けられた。
「ごめんなさい」
火乃花はシュンとする顔がなんだか可愛い。
「まあ、まあ、いいじゃないか。流瀧も火乃花も仲良くしよう。みんな、みんな仲良しになろう。お腹いっぱい美味しいもの食べて嫌なことは忘れよう」
樹実渡はそう話しながら踊り出す。
樹実渡の言動に小海は吹き出してしまった。朋美も美里もだ。
よかった。
本の御魂三人衆ってすごい。頼りになる。
そうだ、遼哉にも報告しなくちゃ。
「これで解決ね」
「小海、まだですよ」
「えっ、まだなの」
「忘れたのですか。美里には悩みがあるのです」
そうだった。
やっぱり流瀧はすごい。いや、自分がダメダメなのか。
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