本の御魂が舞い降りる

景綱

文字の大きさ
62 / 161
第二話 悲しき本の声

【二十】優しい心

しおりを挟む

「あれ、私……。何をしていたんだろう」

 美里はキョトンとした顔をして朋美に目を向けている。朋美はそんな美里を涙目でみつめ、微笑んでいた。

 何がどうなっているの。流瀧は何をしたというの。
 小海は流瀧をじっとみつめた。

 流瀧はゆっくりとこっちに歩いてくると口元を緩めた。肩で息をしている。相当な体力を使ったってことだろうか。

「とりあえず、火乃花のした事実はあの二人から消え去ってくれたはずです」
「本当に」
「はい、本当です」
「よかった。流瀧、すごい。それに、火乃花も。あんな力があるなんて」
「僕はそれほどでもないですよ。火乃花は怒りが力を増したのでしょう。ただ火乃花を責めてはいけませんよ。火乃花のおかげであの者の中にいた鬼は消し去ったようですからね」
「えっ、そうなの」

 流瀧は頷きつつも眉間みけんしわを寄せて「ただ問題が解決したわけではありません」と付け加えた。

「どういうこと。また美里は朋美をいじめるってこと」
「いいえ、そうではありません。今僕が唱えた呪文と火乃花の炎効果で闇は完全になくなっています。いじめはなくなるでしょう。けど、美里の心に悲しみがまだ見えます。そのままにしておくと、また闇に囚われてしまう恐れが」

 流瀧は話の途中で考え込んでしまった。
 闇に囚われるってどういうことだろう。
 小海は朋美と美里をじっとみつめた。。

 肩を抱き寄せて仲が良さそうに見える。酷い言葉を投げつけていた美里の姿はない。あれ、美里の目にキラリと光るものが。

「ごめん、朋美」

 そんな言葉まで。いじめていた記憶は残っているみたい。

「気にしないで。もういいの」

 朋美はなんて優しいのだろう。酷いことされたっていうのに。恨むことをしないなんて。見倣みならわないといけない。ただ良い人過ぎるっていうのも考えものだけど。騙そうとする人がこの世の中にはたくさんいるから。

 守ってあげないといけない。
 美里がまた朋美を守る存在になってあげてほしい。

「小海、例の本を貸してください」

 例の本って。
 流瀧は手元を指差していた。ああ、この本か。
 小海は『虹鳥』を手渡して「どうするの」と尋ねた。

「ちょっと見ていてください。きっと不思議なことが起こりますから」

 不思議なこと。今度はいったい何をするっていうのだろう。
 朋美と美里の目の前に行き、本を差し出す流瀧。

 美里は一瞬ギョッとした顔をしたが、朋美に「大丈夫よ」と言われて朋美と流瀧の顔を交互に見ていた。朋美は流瀧の差し出した本を手に取り「ありがとう」と微笑んだ。

 何、あれ。
 二人の周りが淡いオレンジ色に染まった。

 風だ。
 優しい風だ。心地いい。あたたかな風が髪を撫でていく。

 小鳥のさえずり、葉の揺れる音、どこかで鳴いている犬の声、いろんな音がクリアに耳に届く。気のせいだろうか、風が通り過ぎたとき笑い声までしてきた。

 何、これ。
 暖かな日差しも感じる。水の音もする。花の香りまでしてきた。まさか春の訪れ。ふとそんな言葉が頭に過る。

 なんだか不思議。これは現実なの。
 あっ、あの本からだ。

 薄い光のベールをまとっている。よく見ないと気づかないくらいの淡い光に本が包まれている。その中に、少しだけ暗い影のようなものもあった。
 あれは何だろう。本は何かを伝えようとしている。ここからだとよくわからない。
 朋美は何か感じ取っているのだろうか。陽だまりのような柔らかな笑みを浮かべている。

「美里、この本を覚えているよね」
「もちろん。私があげた本だもん」
「そう。この本が私をいつも勇気づけてくれていたのよ。美里のおかげ。だから、今度は私が美里を勇気づける番」
「えっ」
「何かあったんでしょ。そうじゃなきゃ、あんなことしないでしょ」
「朋美……」

 美里の頬を涙が零れ落ちていく。拭っても、拭っても涙が溢れてきている。

「友を信じるということは大事なことですよ。話してみてはいかがですか」

 流瀧が笑みを浮かべて頷いている。

「そうよ、この子の言う通りよ」

 小海は近づき声をかけた。
 なんだろう。この空気感。朋美と美里の周りをぬくもりが優しく包み込んでいる。オレンジ色が増していく。

「朋美、ごめんね」
「謝らないで。友達でしょ。悩んでいることがあるなら言って、力になるから」
「あの、私も力になるからさ」

 二人をみつめ、小海は頷く。

「ありがとう。小海」
「僕もいますからね」
「あ、そうそうこの藍色の服の男の子は流瀧って言うのよ」
「おい、待て。おいらもいるぞ。樹実渡だ、よろしく」

 樹実渡ったら。

「何よ、私だっているんだからね。仲間はずれは嫌よ。さっきはごめんなさいだけど」

 ペコリと頭を下げている火乃花が愛らしい。

「この子は火乃花」

 火乃花はもう自分を取り戻したの。早過ぎるでしょ。もしかしたら樹実渡が慰めてくれたのだろうか。
 樹実渡と目が合うと、ちょっとだけ口角をあげて頭を掻いた。

 流瀧に樹実渡。それに火乃花。
 三人を見遣り目尻が下がった。この三人の関係性がなんだかうらやましい。
 ありえない状況をの当たりにしたせいか美里の涙は止まっていた。

「なんだか信号機みたい」

 朋美は微笑んでいる。確かに、服の色はそうかもしれない。
 火乃花は「失礼しちゃう」なんて口を尖らせている。流瀧は頭を振って火乃花を嗜めるたしなめている。そんな流瀧の顔はどこか優し気だった。樹実渡はそんな二人を見守っているって感じだ。

 美里もいつの間にかそんな雰囲気に口元を緩ませていた。
 大丈夫、きっとうまくいく。本の御魂三人衆がいてくれてよかった。

 どこかでカラスが鳴いて、小海は空を見上げた。
 もう日が暮れようとしていた。朱色に染まる空と紫がかった空が混ざり合った幻想的な景色がそこにある。早く帰れとでもカラスが言っているのかもしれない。
 同じことを思ったのか火乃花が「カラスが鳴くからかーえろう」なんて歌っている。

「そうね、今日はもう家に帰ったほうがいいかもね。話はまたあとでということで」

 小海の言葉に朋美も美里も頷き、笑みを浮かべていた。

「なあ、おいら腹ペコだ。小海、ご馳走してくれよ」
「樹実渡はそればっかりね。空気を読みなさいよ」
「それを言うのなら、火乃花もですよ。鬼退治だなんて先走ったりしないでください」

 流瀧の真面目顔が火乃花に向けられた。

「ごめんなさい」

 火乃花はシュンとする顔がなんだか可愛い。

「まあ、まあ、いいじゃないか。流瀧も火乃花も仲良くしよう。みんな、みんな仲良しになろう。お腹いっぱい美味しいもの食べて嫌なことは忘れよう」

 樹実渡はそう話しながら踊り出す。
 樹実渡の言動に小海は吹き出してしまった。朋美も美里もだ。

 よかった。
 本の御魂三人衆ってすごい。頼りになる。
 そうだ、遼哉にも報告しなくちゃ。

「これで解決ね」
「小海、まだですよ」
「えっ、まだなの」
「忘れたのですか。美里には悩みがあるのです」

 そうだった。
 やっぱり流瀧はすごい。いや、自分がダメダメなのか。

しおりを挟む
感想 65

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

処理中です...