本の御魂が舞い降りる

景綱

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第二話 悲しき本の声

【二十一】美里の抱えた寂しさ

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 なんだろう。この緊迫した空気感。
 遼哉は、ごくりと生唾を呑み込み小さく息を吐く。

 美里が相談したいと、伴治の家に集まったはいいがどうなることやら。
 俯く美里を見遣り、もう一度生唾を呑み込む。なんて声をかければいいのだろう。どんな相談なのだろう。自分に答えがみつけられるのだろうか。

 遼哉は美里の正面に座り、あれやこれやと考えを巡らせた。
 みんな同じ気持ちなのかまだ誰も口を利いていない。
 右隣に小海、テーブルの右側にハル、左隣に朋美がいる。

 何か話さなくては。美里も話しづらいだろう。
 本の御魂三人衆もいるが、珍しくおとなしくしている。

 グレンはというと、ハルの膝上に丸まって寝息をたてていた。今のグレンが場を和ませてくれることはなさそうだ。
 それなら自分がと口を開きかけたとき、伴治が笑顔でお茶と饅頭まんじゅうを持って来てテーブルに置いていく。

「肩の力を抜いて、大丈夫だ」

 伴治の鬼のような怖い顔が和らいで見えた。その言葉に後押しされたのか美里はひとつ深呼吸をして口を開く。

「私の親、離婚するの」

 離婚。
 思ってもみない言葉に回っていない頭が完全に停止してしまった。
 その場に冷たい風が吹いたようにも思えた。

 饅頭を取ろうとしていた樹実渡が動きを止めて、美里をみつめていた。食いしん坊の樹実渡でさえそうなのだから、みんなも相当なショックを受けているだろう。
 一番心を痛めているのは美里か。

「美里の悲しみの心の声はそういうことだったのですね」

 流瀧の呟きが耳に残る。

「そうか、その心があの本に伝染したってわけだな」

 樹実渡は腕組みをして頷いている。
 悲しみの心の声。本に伝染。二人はいったい何を言っているのだろう。

「私、あんな家に帰りたくない。父さんも母さんも喧嘩けんかばかりして」

 美里の呟きがあたりの空気を更に凍らせていく。このままではいけない。何か話さないと。

「母さんは、父さんに着いて行ってなんて言うし。父さんは母さんの方へ行けって言うし。もう私はどうすればいいの」
「なるほど、身勝手な親がいるものですね」

 流瀧は何度も頷き、何か考えているようだ。

「身勝手過ぎる。それこそ、鬼だ」

 火乃花の憤慨ふんがいする姿に美里は一瞬怯んだように見えた。もしかしたら、消されたはずの記憶が頭の片隅に残っているのかもしれない。

 炎で焼き尽くされそうになったんだろう。小海からその話を聞いたときは想像しただけで恐ろしくなった。
 火乃花も流瀧も人智を超えた力の持ち主だったとは。樹実渡もおそらくまだ見ぬ力を持ち合わせているのだろう。

「馬鹿どもが」

 伴治が自分の膝をパシンと叩き怒声をあげた。
 遼哉は自分が怒られたかのとビクッとしてしまった。

 火乃花が樹実渡に「やっぱり伴治は鬼なんじゃないの」とヒソヒソ話している声が耳に届く。火乃花はなぜそこまで鬼にこだわるのだろう。
 やっぱり御伽草子おとぎぞうしの御魂だってことが関係しているのだろうか。鬼退治がしたいと深層心理に埋め込まれてしまっているのかもしれない。

「まあまあ、伴治さん。落ち着いてくださいよ」
「あっ、すまない。つい」

 ハルに頭を下げて、伴治は頭を掻いていた。
 これは難しい問題だ。どうすればいいのだろう。離婚をさせないというわけにもいかないだろう。美里をチラッと見遣り、視線を落とす。

 美里の中の鬱屈うっくつした気持ちがやり場をなくして、朋美のいじめへと矛先が向いてしまったのだろうか。八つ当たりってことか。
 なんとなくそれだけじゃない気がする。そうじゃなきゃ鬼が心に宿るなんてことにならないだろう。
 同じことを考えていたのか小海が「でもさ、なんで朋美に冷たく当たったりしたの」と問い掛けた。

「それは……」

 美里はチラリと朋美に目を向けて少しの間、沈黙してしまった。

「誰も責めやしないよ。話してみな」

 ハルは美里の肩に優しく手を置き、笑みを浮かべていた。

「はい。私、見てしまったの。朋美と仲良くするお父さんとお母さんを。そしたら、なんだか朋美が憎らしく思えてしまって……。ごめんなさい。朋美は全然悪くないのに、私、酷いことしてしまった」

 美里は朋美に向きを変えて正座をして頭を深く下げた。

「美里、そんなことしないで。私こそ、ごめんなさい。そんな大変なことになっているって気づけなくて」
「難しい問題だねぇ。まあ、朋美も美里もわかり合えたことはいいことなんだけどねぇ。どうしたものか」

 ハルはまゆを八の字にして、グレンの頭を撫でて小さく息を吐く。

 意外と単純なことで人は憎しみを抱いてしまうものなんだな。単純ではないか。美里にとっては憎しみを抱くには十分なことだったのだろう。
 それにしても離婚だなんて。おそらくもうそれは決定事項なのだろう。もとに戻ることはないはずだ。

 こればっかりはどうにもできない。
 他人が口を挟むことではない。子供のために離婚はしないでくれなんて言えるはずもない。離婚せずにギスギスとした関係を続けていたら、かえって居心地の悪い場所になってしまう。そう考えると美里の心が鬼に囚われてしまったのも理解出来る。ならば美里はどうすればいいのか。

 やっぱり自分には答えがみつかりそうにない。


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