本の御魂が舞い降りる

景綱

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第三話 溜め息を漏らす本たち

【三】書店をまわる

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 今日は源じぃの本の発売だ。
 梁田やなだ書店の店先に立ち、小さく息を吐く。

 ここは昔から付き合いがある書店だ。源じぃがよくつれてきてくれた。遼哉は空を仰ぎ見て、源じぃを思う。隣でつられるように小海も空を見上げていた。

「小海、行こうか」
「うん」

 梁田書店に遼哉が顔を出すと、梁田店主が「どうも」とお辞儀をした。梁田が指差す先に『御魂とともに』と新装改訂版『本の御魂』が並んで置かれていた。三冊ずつ平積みで目立つ場所にあった。

「ありがとうございます。こんな特等席に置いていただけるなんて」
「源蔵さんとは個人的にもお世話になっていたからね。当たり前のことだよ」

 本当にありがたい。源じぃの人柄の良さと顔の広さがこの状況を生んでいるのだろう。初版三千部ずつ刷ったが、果たして源じぃの本は売れるだろうか。
 父の出版社は、書店と直接取引をしている。書店から注文を受けて出荷する注文出荷制だ。トランスビュー方式と言うらしい。

 梁田書店も注文をしてくれた書店のひとつだ。
 書店回りして営業したものの注文してくれるかはわからない。
 まあ出だしは順調と言えるだろう。

 今日は注文してくれた書店を小海とともにお礼を兼ねて回っている。
 本当だったら、全国の書店に並んでほしい本だが部数の少ない源じぃの本はそうもいかない。三千部だからどうしたって全書店には行き渡らない。

 厳しい現実がそこにはある。それでも楽しい。やりがいがある仕事だ。
 小海と一緒にいられることも楽しい要因のひとつになっているだろうけど。そこは父に感謝だ。

「梁田さん、今後ともよろしくお願いします」
「やだな、そんな他人行儀な。遼哉くんが小さいときから私は知っているんだよ」
「まあ、そうですけど」

 遼哉は頭を掻いて微笑んだ。

「小海ちゃんも知っているじゃないか。まさか、二人で来るとは思わなかったけどね」
「梁田さん、これからは私も度々お邪魔しますからね」
「はい、よろしくね」
「それじゃ、そろそろ行きますね。他の書店も行かなきゃいけないですから」
「そうかい、夫婦力を合わせて頑張ってね」

 梁田は笑みを浮かべて手を振る。

「ちょっと夫婦じゃないですよ。変なこと言わないでくださいよ」

 遼哉は慌てて梁田に言い寄った。それでも顔はにやけていたかもしれない。

「あれ、そうなのかい。親父さんがよろしくなんて言っていたから、てっきりそうなのかと。おや、小海ちゃん」

 梁田の言葉に小海の方を振り返ると、不機嫌そうな顔をして「次、行くわよ」とぶっきらぼうに話して行ってしまった。遼哉は梁田にお辞儀をして小海を追いかけた。

「小海、どうした。怒っているのか。父さんがなんか変なこと言ったみたいでごめん」
「怒ってなんてないわよ。それに問題はそこじゃないわよ。遼哉は私のことどう思っているの」
「えっ、どうって」

 問題はそこじゃないって、じゃ、どこに怒っているのだろう。えっと……。

「どうせ、遼哉は私のことなんてどうでもいいんでしょ。あんなにはっきり否定しなくたって……」

 もしかして、梁田に夫婦じゃないと否定したことを怒っているのだろうか。けど事実だ。でも、もっといい返しがあったかもしれない。

「小海、どうでもいいなんてことはないさ。小海は大切な人だよ。わかっているだろう。さっきはつい照れくさくて否定しちゃって」
「そうなの。ふーん、それならいいわよ。本気で怒っていないから。とにかく書店回りするわよ」
「そうだな。次は、えっと、どこだっけかな」

 遼哉は小海の顔色を窺いつつ、予定の書店の確認をした。
 本当にもう怒っていないのだろうか。気になってしまう。いやいや、今は仕事だ。しっかり仕事をしなくちゃ。

 小海が覗き込んで来て「宝文堂だね」と口にした。もう機嫌は直っているみたいだ。いや、心の内はわからないか。口は災いの元って言うから気をつけなくちゃ。
 今日はあと五カ所行く予定だ。源じぃの本が売れて重版かかるといいけど。

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